2025/08/08[結衣と物々交換と終わり]⑥
昨日は寝落ちしてすみませんでした(っ_ _)っ
2025/08/08
再び来たラッコラットは数日前と何も変わらず線の細い眼鏡の店長さんが気怠げにしていた。
「こんにちは、今日はどうしたの」
わたしは交換でもらった5000円の図書カード二枚の扱いに困っていた。
お兄ちゃんに取られそうになるし……、かといって現金にはしたくないなあ……、なんとなくすぐ使ってしまいそうで。
「この図書カードなんですけど、なにかと交換できますか?」
わたしは店長さんの瞳をまっすぐと見ながら言った。少しグレーがかった瞳がとても綺麗だと、今初めて気づいた。
「図書カードかあ、ほとんどお金になっちゃったんだねえ……、やっぱり物々交換って難しいよね」
店長さんはぶつぶつとつぶやきながら、店の奥に歩いていく。あーとか、うーん……、みたいなささやき声が聞こえる。それから数分後、ひとつの小さな箱を持って店長さんは戻ってきた。
「ねえねえ、この箱を渡す前に聞きたいんだけどね、この物々交換の旅、どうだったか聞いてもいい?」
わたしは初日のことを思い出した。
お兄ちゃんから3DSとソフトを貰ってこの店に訪れたこと、それがウォークマンと文庫本になったこと。その本がとても面白くて嬉しかったこと。
「ああ、よかった。なんとなく、君ならあの文庫本の良さをわかってくれるかなあって思ったから」
わたしはこくんと頷きながら、二日目のことを思い出す。
ウォークマンがiPhoneSEになったこと、ペルソナ3をやってみたくなったこと。
「ウォークマン、iPhoneSEになったんだ。なかなか凄いねえ」
三日目。昨日だ。
Twitterで出会った少年、ゆたと会ったこと。iPhoneSEが図書カードになったこと。大人の目をかいくぐってなんとか生きようとしていること、友達になったこと。
「凄いね。物々交換で友達が出来たなんて。なによりも凄いことだ」
そして今日。今朝。
お兄ちゃんに図書カードを取られそうになったこと。わたしは何がほしいのかわからなくなったこと。もっと色んなことを考えていたくなったこと、それから、また物々交換の旅をしてみたいと思ったこと。
「うん、大事なことだね。また物々交換を始めてみたくなったのはとてもいいね。まあ、もちろん気を付けてという言葉を付けざるを得ないけど。今回の君はとても運が良かった」
「そう思います。みんな優しくて、だれも騙そうとしたりしてこなかった」
店長さんは小箱を開けた。中には布張りの箱が入っていた。ビロードの生地だと教えてもらった。
それをさらに開けると……。
「これは金のブレスレット。中央は小さいけれどダイヤモンド。まあ売れば中々になると思うよ。金はどんどん値段が上がっているから」
「えっ……、これ一万円で……?」
そう聞くと店長さんは首を振った。
「これは一万円では用意できないね。でも君の旅の結果がこの宝石に変わったと、思ってほしい、そしてこれはお守りだと」
「お守りですか? なにかあるんですか?」
「なにもない、ただの綺麗な宝石だよ。でもこれ等は売れば高くつく。何かあったときは売ってお金にすればいい。そういう意味の、実利的なお守りだね」
実利……。
現実的ということだろうか。わたしがいるこの、現実。
「いいんですか?」
「いいんだよ、図書カードで足りない分は、君のお土産話しがお金になったと思って」
わたしはビロードの箱を近くで見た。金の細い鎖に、中央に小指の爪の先ほどのダイヤモンドがついている。
店長さんに言われて、台座を取ってみた。中から紙が出てきて、鑑定書だと言われた。大事にするように、と。
とても、綺麗だ。
「ありがとう、ございます……」
店長さんは笑いながら言った。
「また来て話を聞かせてね。物々交換でも、読んで面白かった本の話でも」
その言葉を最後に、わたしは店を出た。
表通りに出ると日差しが肌を刺した。わたしは家へ帰ってこの小箱をどこにしまおうかと考えながら駅へと急いだ。
また、物々交換できますように、と。