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9話


 ひと月ぶりに見る二人が部屋の中に上がり込んできた。

 シャックスは義足でトゲのある足音を響かせ、フィオは腕組みで威圧感をにじませている。

 二人とも笑顔だ。

 それゆえに、恐ろしさにも拍車が掛かっている。


 俺はとっさに作りかけの魔道具を手に取った。


「シャックス、フィオ。お前たち、エルドの差し金で俺を連れ戻しに来たんだな」


「いや、ちょっと待ってくれ」


「違うわ。あたしたちの話を聞いて、サグ」


 二人は釈明を試みたが、聞いてやる気にはならない。

 俺は魔道具を二人に突きつけた。


「いいか? これは、超・高性能爆弾だ。この町を吹き飛ばす威力がある。こう、ここのボタンをポチっと押すとだな……」


 俺はボタンを押した。


「ドカーンといくからな! それ以上近づくと木っ端微塵だぞ! わかったか!」


「いや、サグ……。今押したわよね。なのに何も起きなかったじゃないの」


「だな。爆弾というのは嘘で、ただの作りかけの魔道具か何かだろ?」


「なぜ、バレた!?」


「押すからだよ。押すなよ」


「出会い頭にボケ散らかすんじゃないわよ。落ち着いて話せないじゃないの」


 二人は俺を見てあきれ顔を並べている。

 落ち着いて話せない?


「何も話さなくていい。何も言うな。出口を向いて回れ右しろ。今すぐ出てけ」


「出口向いて回れ右したら、サグマ、お前が正面に見えちまうぞ」


「なら、左に回れ」


「どっちも同じよ。だから、ボケてんじゃないわよ」


 二人は気だるげにツッコミを入れた後、ホッとした様子で俺に歩み寄ってきた。

 肩やら頬やら頭やらをベタベタ触ってうんうんと頷いている。


「やめろ。乳首ばっか触るな」


「乳首は触ってないだろ」


「でも、ホントよかったわ。サグ、あんた正気に戻ったのね」


「工房を飛び出していったときは、だいぶイッちまってたからな。心配してたんだ」


「と案ずる振りをして俺を油断させ、尻を殴って気絶させてからエルドのところに連れ帰るつもりなんだろう。俺は騙されないぞ」


「尻殴られて気絶する奴がどこにいんのよ。いないわよ、そんな奴。世界のどこにもね」


 気のおけない仲間との久しぶりのやり取りで懐かしさがこみ上げてきた。

 だが、油断してはダメだ。

 今にもエルドが「やあっ!」とか言いながら、とびっきりの笑顔でやってくるかもしれないのだから。


「まあ、そう警戒するな。実はオレたちな、エルドのところを抜けてきたんだ」


「そ。ギルメン全員で辞めてやったの。だって、あいつ腹立つんだもの」


「と見せかけて俺の尻を……」


「誰も狙ってねえよ。お前のケツなんてな」


 まあ、そういうことなら少しくらい話を聞いてやらんでもない。


「皆さん、お茶どうぞ。子供たちが作ったクッキーもあります。お兄ちゃんのお友達ですから大歓迎です!」


 折よく、マイヌがティーセットを持ってやってきた。

 俺の狭い部屋で話すのもなんなので、食堂に場所を移す。


「お兄ちゃんってすごいね。シャックスエルクさんもフィオレットさんもお兄ちゃんに会いたくてベルトンヒルまで来てくれたんだよ。すっごく慕われているんだね」


「むふふん。まあな」


 俺はやり手経営者みたいな顔でソファーにふんぞり返った。

 ソファーなどないから、エアソファーではあるが。


「それで? お前たち、何しに来たんだ?」


 俺はクッキーを紅茶に浸しつつ尋ねた。


「王都から馬車で2週間もかかるこんな何もないド田舎まで遥々やってきたんだ。何か裏があるんだろう?」


「裏なんかねえよ。つか、何もないってことないだろ。今じゃベルトンヒルは大陸イチ注目されている町だしな」


 シャックスは興奮した様子で言う。


「あたしたち、おかしくなっちゃったサグを支えたくて来たのよ。でも、正気を取り戻したみたいね。ちょっとボケが多い気がするけど」


 フィオは俺の顔をしげしげと覗き込み、目が合うと少しそわそわした。


「あれは、狂言だったんだ。エルドを欺くためのな」


「演技だったってのか? お前、シラフでよくあそこまで狂えたな……」


「そ、そうよ。は、裸になっちゃうし……」


「あのときの俺は羞恥心なんてどうでもよくなるくらい疲れきっていたんだ」


 そうボヤくと、二人は顔を曇らせた。


「ねえ、サグ。あたし、あんたに聞いてほしいことがあるの」


 フィオは立ち上がって俺に頭を下げた。


「ごめんなさい。あたしたち、あんたの負担も考えずに無理ばかりさせちゃった。仲間なのに、頼るばかりで支えようとしなかったわ。最低だった」


「いや、素直に驚いたよ。あのプライドの高いフィオが俺に土下座するなんて」


「土下座はしてないわ。でも、本当に悪いことをしたなって後悔しているの」


 涙ぐんだ目には強い後悔の念が見て取れた。


「オレもすまねえと思ってる」


 シャックスも立ち上がって額をテーブルに打ち付けた。


「お前が辛い目に遭っているのにオレは何もしなかった。舞い上がっていたんだ。オレたちは王都有数のギルドになってチヤホヤされていたから。誰のおかげで今の自分があるのかも考えようとせず、お前の善意にあぐらをかいちまっていた。本当にすまねえ」


「シャックスの気持ちは伝わったよ。でも、なにも切腹することないだろ」


「してねえよ。ちょくちょくボケを挟むな。面倒くせえな」


 シャックスはノリノリでツッコんだ後、遠い目でニヤけ始めた。


「ま、そういうわけだから、エルドの野郎、今頃ひとりぼっちのギルド本部で呆然としているだろうよ」


「あたしたち、あいつの金を持ち逃げしてやったのよ。ジョルコジの思いつきでね。痛快だったわ」


 エルドは三度の飯より金が好きな奴だった。

 かき集めた金と金のなる木、そして、部下を一度に失った形だ。

 築き上げたものすべてが土台から崩壊したに等しい。

 カラになった大金庫の前で金髪をむしりながら半狂乱で失禁するエルドを想像して、俺もニヤニヤしてしまった。


 まあ、あんな奴はもうどうだっていい。

 今の俺の居場所はこのベルトンヒルにあるのだから。


「しかし、サグマ。なんでお前、修理屋なんてやってんだ?」


「修理なんてチンケなことしなくても、サグならイチから作れるでしょ?」


「ここでは、俺が魔道具を作れることは内緒なんだ。厄介事は願い下げだからな。この秘密をバラそうとする奴は逆にバラして川に沈める気でいる」


「おいおい、怖いこと言うなよ」


「でも、それが正解よね。サグって人の形をした金山みたいなものだもの。あたしたち、サグが魔道具を作れるってこと、秘密にしておくわ」


 そうしてくれ。

 でないと、本当に川を汚さなくてはならなくなる。

 血で真っ赤にな。


「なんだか拍子抜けね」


 フィオは頬杖をついて俺を見た。


「あたしたち、あんたを支えたい一心でここまで来たってのに。なによ、王都にいたときより断然元気じゃないの」


「絶好調だ。支えならいらない。お前たちは王都に帰ってもいいんだぞ?」


「末っ子とはいえ、いちおう貴族様の金庫から大金を盗んじまったからな。オレたちに帰れる場所はねえよ。それよりサグマ。オレら、ベルトンヒルで一旗あげる気でいるんだ」


「サグ、あんたも一緒に来なさいよ。あんたがいれば怖いものなしよ」


 俺はこき使われそうなニオイを敏感に感じ取って顔をしかめた。


「俺はもう働きたくないんだよ。一生ダラダラして妹に面倒見てもらうんだ。そして、緩やかに死んでいく。それが俺のスローライフなんだ」


「そんな惨めなスローライフ、初めて聞いたぞ」


「なんかサグ、正気に戻ってるけどダメ人間になってない?」


「頑張りすぎた反動だな。いいじゃないか、目の下を真っ黒にしてブツブツ独り言を言っているよりは」


「そうね」


 紅茶をぐっと飲み干すと、二人は席を立った。


「無理に誘っちゃ悪いわね。サグはせっかく自分らしくいられる場所を見つけたんだし」


「でも、たまにメンテを依頼するくらいはいいだろ? 格安で頼むぜ」


 まあ、そのくらいなら付き合ってやらなくもない。

 ただし、金は遠慮なくむしり取ってやる。


 去っていく二人の背中を俺は見送った。

 面倒事は持ち込むなよ、と切実な想いを抱きながら。


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