72話
シュビーの誘いもあり、セレモニーとやらに行くことにした。
「お兄ちゃん、お祭りなら子供たちでも楽しめるよね。一緒に行っていい?」
「為政者が民衆を集めてやる式典なぞ面白いものではあるまい」
マイヌはプールに飛び込みたい犬みたいに尻尾を振り、一方、ピノアは幼女らしからぬ冷ややかな目をしている。
「いいんじゃないのか」
俺はテキトーに返事をしてシュビーと手を繋いだ。
指を絡めて恋人繋ぎだ。
「な、なな、何を……!? さ、サグマ殿!?」
当然ボケなのだが、シュビーは顔を真っ赤にしてオロオロするばかりでツッコミを入れてくれない。
どうやら、こいつは羞恥心を感じるとツッコミ役として機能しないらしい。
「いや、悪い悪い。今度はもっと上手にボケるから」
「悪いと思うなら手を離しぇー!」
会場はベルトンヒルの中央広場だった。
普段は獅子の像が翼を広げている以外にはなにもない場所だが、領主主催のセレモニーということもあり様変わりしていた。
屋台がいっぱいだ。
肉を焼くジューシーな香りが広場を満たしている。
しかし、最も衆目を集めているのは食い物ではなかった。
首だ。
蒸し殺されたガウグロプスの巨大な頭部が3つ並んでいる。
その隣にあるさらに大きな蛇の頭は『緋毒九頭大蛇』だ。
遠征隊が仕留めたのか。
と思ったのは一瞬で、頭にあいた穴を見るに俺が仕留めたものだろう。
首だけ持ち帰って、ちゃっかり手柄にしているらしい。
それは、まあいいとして、だ。
あっちのはなんだ?
明らかに人間の首らしきものが数個並んでいる。
パッと見、スイカ売り場みたいなのに近くで見るとグロテスクだ。
死刑でも執行したのだろうか?
ひとつだけ布がかけられている。
サプライズで何か出すのか?
どうせ首だろうから、あまり楽しみではない。
「子供が来て楽しい場所じゃないな」
マイヌたちはさぞや嫌な思いをしているだろうと思ったが、まったくそんなことはなかった。
どうやら、屋台で焼かれている肉はガウグロプスのものらしい。
それも、無料で振舞われているようだ。
幻の肉の大盤振る舞いで子供たちは大はしゃぎだった。
マイヌも口元をタレでベトベトにして戻ってきた。
「楽しんでいるようだな。踊るか? 肉のダンスを」
「うん! 踊ろっ、お兄ちゃん!」
うんと言われるとは思わなかった。
俺は大変不本意ながら、さらし首の前で踊る異常者として大衆の白い目にさらされることになった。
……そもそも、肉のダンスってなんだ。
小雨が降る中、領主ドンガリーユが登壇した。
ライオンが吠えるような声で凱旋演説が始まる。
最初の数分は、我々がいかにして宝の山を手にしたかという武勇伝だったので、俺は肉を食うことにばかり意識が向いていた。
しかし、演説の後半になって食欲が一気に吹き飛ぶ事態が起きた。
シュビーも口をあんぐりと開けて言葉にならない様子だった。
ドンガリーユが布を引いた。
そこには、やはりというべきか、首があった。
兜をかぶった白骨化した首が。
それが誰のものであるのか、考えるまでもなくわかった。
ドンガリーユはさらしたのだ。
お父君の首級を。
大衆の面前に。
そして、胴間声を轟かせた。
「見よ! この者らは領主たるわしに謀反を持ちかけた大罪人どもよ! 偉大なる国王陛下の忠臣たるこのわしに翻意を迫る檄文を送りつけてきおったのだ! 赦せぬ! 赦してはならぬ! 断じて看過できぬ大逆よ!」
「そうだそうだ! 罪人を赦すな!」
「忠誠の獅子、ドンガリーユ万歳!」
仕込んでいたみたいに聴衆の一部が呼応した。
見たところ、『北傑獅子団』の団員たちらしい。
「よって、わしはこの者らの首を速やかに刎ね、ここにさらした次第である! この北限の地にも陛下を称える崇高なる忠誠心があることを己が手で示したのだ!」
獅子団が吠えると、熱狂は聴衆に伝播していった。
さらされた首に石を投げる者まで現れる。
お父君の兜がカンと音を立てても、ドンガリーユは顔色一つ変えなかった。
それどころか、民衆を焚きつけるように熱量を上げた。
「ベルトンヒルが領主、ドンガリーユ・レベリラ・ベルトンヒュルトの名をもって、あらためて、変わらぬ忠誠をここに誓う!! 国王陛下、万歳あああああいい――――ッ!!」
見計らったように花火が上がり、民衆の万歳三唱が町じゅうに響き渡った。
熱狂のるつぼと化した広場の真ん中でドンガリーユは満足そうに大手を振っている。
俺はなんとも言えない気分で胸に詰まった息を吐いた。
とんだ茶番だなと思う一方、素晴らしいパフォーマンスを目にした満足感もある。
国王の信頼は賄賂だけでは買えない。
それゆえに、ドンガリーユは実の父の首を罪人とともに並べ、禊とした。
とんでもない親不孝ものだが、それゆえに効果は絶大だ。
シュビーなんて完全に度肝を抜かれている。
これだけの姿勢を見せられたのだ。
もはや忠誠を疑うことなどできないだろう。
ドンガリーユは策士だな。
「よかったんですか?」
セレモニーが終わった後、俺はドンガリーユの丸まった背中に声をかけた。
視線の先には雨に濡れた頭蓋骨がある。
「お父君のこと、尊敬していたんでしょう?」
「ふん。為政者とは人にあらずだ。亡骸に石を打たれる覚悟がなくば務まらん。領地を守ってこそ領主だ。父上には元・領主として泥をかぶっていただいたまでのこと」
ドンガリーユは平静を装っているようだったが、への字に曲がった口元に内面がよく表れていた。
親不孝の極みだが、領地と領民の平穏な未来を守るためには最良の一手だったと思う。
綺麗事だけでは指導者は務まらない。
一見、煌びやかに見えても、貴族というのは薄暗い世界で生きているのだ。
「何を考えておる? サグマよ」
デカイ顔が高いところから覗き込んできた。
「いや、平民に生まれてよかったなぁ、と」
馬鹿みたいな顔で、のほほーんとスローライフを送れるのだから平民様バンザイだ。
「平民に生まれて、か。フフハハハ! よもやお前の口からそのような言葉を聞けるとはな」
なぜ笑われたのか俺にはわからなかった。
どういう意味だろう。
「さて、楽しみであるな。あの騎士めが国王陛下にどのような報告を上げるのか」
俺たちがその答えを知るのはもう少し先の話だろう。
とりあえず、今は、
「肉食いに行きません?」
「そうするとしよう! フフハハハ!」
気づけば、雨は止んでいた。
雲間から細く伸びた陽光がベルトンヒルに射し込んでいる。
戦争とか暗殺とか物騒なことになりませんように。
そう願いつつ、俺はうまそうな匂いを鼻で追いかけるのだった。




