70話
フジツボみたいに張り付いたシャノンを抱えたまま水中を泳ぎ、俺は『牛鬼陵』に戻ってきた。
とはいえ、カトネロをかばった手前、ドンガリーユの前に顔は出せない。
なので、宝物殿の外からこっそり耳を澄ませることにした。
『ウーン。……別段、争ウヨウナ声ハ聞コエテコナイナ』
「そうですニャー」
シャノンは猫耳をピクピクさせて同意した。
どうもキャスのバッグに財宝を詰め込んでいるらしい。
そんな音が聞こえてくる。
「ひゃー! さすがにちょっと重いかもですぅ。ボク、沈んじゃったらどうしよう……」
「心配いらねえって。お前には立派な浮き袋があるだろうが」
「しゃ、シャックスさん! どこ見て言っているんですか!」
「シャックス、あんた変態ね……」
「違ッげぇよ! ほっぺだよ! お前の頬、ありえないぐらい膨らむだろうが! だいたい、お前らのどこが立派な浮き袋なんだよ!」
「ちょっとシャックス。お前『ら』ってなによ? あたしに喧嘩売ってるわけ? ちょうどいい重さの金塊があるし、頭出しなさいよ」
「おい、その物騒なもん下ろせよ。うあああああああ!?」
なんだか楽しそうだな。
宝物殿から締め出された挙句、仲間の楽しそうな声を遠巻きに聞いている俺たちは一体なんなんだ?
胸が苦しいのだが。
流血沙汰にはなってないようだから、別にいいけどさ。
「そういえば、ベルトンヒュルト卿。さきほどの話が途中でしたな」
シュビーの堅物な声も聞こえてきた。
ドンガリーユの野太い声も一緒だ。
「はて、なんの話だったか」
「これだけの宝物があれば国を築けましょう、という話です。北傑の獅子王たるベルトンヒュルト卿のことです。大層な野心をお持ちなのでしょう? 爪も牙も持たぬなら獅子を名乗れません。それはもはや、ただの子猫です」
騎士の小娘風情にバッチバチにあおられた形だが、ドンガリーユは愉快な笑い声を響かせた。
グシャという音の後に、カンカラランと金属が転がるような音が続く。
「立派な王冠でしたのに、もったいない」
「わしは王位などまるっきり興味がないのでな。こんなものは不要だ」
どうやら、ドンガリーユは金の王冠を握り潰して投げ捨てたらしい。
「しかし、野心を捨てたわけではない。わしには2つの夢があるのだ」
「ほう。その夢とは?」
「ひとつは、我が領地、このベルトンヒルを大陸で最も栄えたる都市とすることだ」
「それは、国王陛下が鎮座まします王都よりも、という意味ですか?」
シュビーの意地悪な問いかけに、ドンガリーユはイエスともノーとも言わなかった。
「騎士シュビリエよ、問おう。国王陛下が住まわれるにふさわしい町とはいずこか?」
「王都です。王都こそが大陸で最も栄えし場所だからです」
即答だった。
しかし、今度はドンガリーユが意地悪な笑い声を立てる。
「すなわち、大陸で最も栄えし場所こそが王都にふさわしいということであるな?」
「それは……」
シュビーが顔をしかめたのは見なくてもわかった。
「わしはこのベルトンヒルを大陸随一の都市に育て上げる。そして、そうなった暁には国王陛下にはぜひご動座いただこうと考えておる」
「な、何を馬鹿な……」
俺もシュビーと同じ思いだ。
国王の動座――つまり、遷都だ。
この地に国王を招き、このベルトンヒルを新しい王都にしようとドンガリーユはそう言ったのだ。
「これぞ、わしの2つめの夢よ。フハハハハ!」
「それはまた、ずいぶんな大望を抱かれたものです。開いた口が塞がりません」
「大望などとお前こそ馬鹿を申す。これは当然のことであろう? わしは領主として領地を盛り立てる責務を負う。同時に、陛下の忠実なる家臣として陛下にすべてを捧げねばならぬ。ならば、このベルトンヒルをこそ新たなる王都とし、国王陛下をお迎えすれば一石二鳥であろうが。フフハハハハハ!」
それは、脳筋の発想であった。
呆れ果てて物も言えないシュビーの顔が容易に想像できる。
「すべては陛下のおんためである!」
そう言い張られては、もはや異論を挟む余地はないだろう。
ドンガリーユの高笑いが長々と響き渡った。
「さて、騎士諸君。君らにも働いてもらうぞ。その鎧の隙間に宝物を詰め込めるだけ詰め込むのだ。ここにある宝はひとつとて残さず持ち帰るぞ。わしはすべてを偉大なる国王陛下に捧げねばならぬのだからな」
「すべて、ですか?」
「無論だ。王国の大地に眠るすべての宝が陛下のものよ。なれば、陛下にすべてをお返しするのが道理であろうが」
あの黄金の山をすべて賄賂に使うのか。
積み上げた貢物の高さで忠誠心を示す作戦だ。
しかし、カネだけで信頼を買えるかといわれると微妙なラインだ。
国王は絶対の存在だ。
なんだかんだと難癖をつけて、この豊かな大地をまるごと取り上げることだってできる。
そして、それに異議を唱えることは反逆を意味している。
すべては国王の出方次第だ。
生殺与奪の権は非売品なのだ。
忠誠心を示すには賄賂だけでは足らない。
あともうひとつ何かが要る。
ま、それを考えるのは俺ではない。
俺が頭を悩ませる必要はないんだけどな。
とりあえず、今回の遠征は成功裏に終わりそうだ。
今はそれでいいか。
「しかし、あのサグマンという御仁は何者だったのでしょう。敵とも思えませんが」
「わからぬ。このダンジョンにあって、あの者はあまりにも異質だった。宝の山に目もくれず、名誉を欲している風でもなかった。おそらくは、敵でも味方でもあるまい。わしらとは根っこから異なる動機で動いておるように感じたわ」
それはその通りだ。
俺はスローライフをしたいだけだ。
それ以外はどうでもいいのだ。
ただのんびりしたいだけなのに、なんで俺はこんなところにいるのだろう。
誰か教えてくれ。
「苦悩している猊下も素敵です。ぞわぞわします」
シャノンはちょくちょく苦しむ俺を見て身悶えている。
1周回って敵だろ、お前……。
『帰ルゾ、ノンノン』
「はい。猊下と手を繋いで帰れるなんて嬉しいですニャ☆」
『手ヲ繋グ必要ナイダロ。シュコォォ……』
俺たちは地上を目指すのだった。




