7話
マイヌの好意で孤児院に泊めてもらうことになった。
適温の湯が秒で出るシャワーヘッドを3つほど作ってやると、3食に加えて個室ももらえた。
昔、シスターたちが使っていた部屋だ。
窓を開けると、雪をかぶったギザギザの稜線と雪解け水が作り出した大河を一度に見ることができる。
ベッドに横たわって雲が流れていくのを見ていると、こんな都会でもスローライフを送れるのではと希望が湧いてきた。
反対側の窓も開けてみた。
庭を走り回る子供と3歳児をあやしながら洗濯物を干す妹の姿が見えた。
マイヌは俺に気づくとまばゆい笑顔を振りまいて、庭掃除に移っていった。
それが終わると、庭の菜園から野菜を収穫し、厨房に駆けていってトントンと包丁の音を響かせる。
「お兄ちゃん、お昼ご飯だよー!」
ほどなくして、マイヌが俺の部屋にやってきた。
寝ほうける俺の背を食堂まで押して行って椅子に座らせ、一息つく間もなく、小さい子がこぼした粥をふきんで拭き取る。
その後は喧嘩を始めた年長の仲裁をして、使い終えた食器を洗って、使い古した教本を手に子供たちに読み書きを教えて……。
マイヌはとにかく甲斐甲斐しく子供たちの世話を焼いていた。
そんな様を目の当たりにして俺は一言言ってやりたくなったね。
「なあ、マイヌ。子供たちの面倒を見るのはやめてくれないか」
「どうして?」
「朝から晩まであくせく働く妹を見ていると、のんびりダラダラしている自分が恥ずかしくなるんだ。お前は俺に恥をかかせているんだ。少しくらい自覚を持てよ。人に嫌な思いをさせるなとシスターに教わっただろ」
俺はド正論をぶつけた。
どうだ?
ぐうの音も出まい。
しかし、マイヌは半目で睨み返してきた。
「シスターからはお兄ちゃんみたいな人になるなとも教わったよ?」
「嘘をつくな。シスターはな、だらしない人になるなと言ったんだ」
「それ、つまり今のお兄ちゃんそのものでしょ?」
「そんなはずあるか。その節穴かっぽじって、よーく俺を見てみろ。頑張る妹を尻目にのんきにゴロゴロしているだけだろ?」
「うん、そういうとこだよ?」
「ぐは……」
俺は打ちひしがれて血を吐いた。
「どうしよう。俺、自分が恥ずかしい……」
尿が赤くなるまで働かされて、ようやく地獄から解放されたというのに、今度は働かないことに苦痛を感じている。
「人間ってなんでこんなに苦しむんだろうな。この世界に救いはないのか? 働いても働かなくても地獄じゃないか。おかしいだろ、こんな世界。なんで誰も変だと思わないんだよ……」
あーだこーだと妹相手に不平不満を並べ立ててみたが、黙って受け止めてくれるマイヌを見ていると惨めな思いが増幅された。
チッ、仕方ねえな。
「マイヌよ」
「なぁに、お兄ちゃん?」
「今一度、俺は仕事をしてやる。少しだけな。見てろ」
ということで、孤児院を魔改造してみた。
風呂には保温機能付きの風呂釜と自動湯沸し魔道具を設置した。
ボタンひとつで体も芯までポッカポカだ。
ロウソクを買う金もない孤児院では日が暮れるとトイレにすら行けなくなる。
なので、廊下や主だった部屋には照明魔道具をぶら下げてみた。
そのほかにも、川から水を引き入れて自動で衣服を洗う洗濯魔道具。
雨の日の室内干しに対応した除湿魔道具。
火を起こさずとも煮立つ鍋。
しつこい油汚れをスルリと落とすタワシ。
微細な砂埃も残さず吸い取る自動吸塵機。
などなど……。
あり合わせの廃材でとにかくなんでも作ってみた。
子供たちには『インクが10分で消えるペン』がとりわけ好評だった。
好き放題落書きできるオモチャでありながら、壁や床を黒板に変える勉強道具でもある。
子供たちは競って勉強するようになった。
我ながら秀逸な発明だ。
作業は飛ぶように進んだ。
なんだかんだ俺は魔道具を作るのが好きらしい。
やはり、天職なんだなと実感する。
ただし、人に作れと言われて作るのと、自分から作りたいものを作るのは別物だ。
これは、甘いものは別腹みたいな概念だと思う。
決して働くのが好きとかそういうのではない。
俺はノリノリで手を動かし続けた。
「お兄ちゃんのおかげで家事が捗ったよ!」
寝間着姿のマイヌが魔動ランタンを持ってやってきた。
いつの間にか、日が暮れていたらしい。
「お兄ちゃんってやっぱりすごいね。割れた屋根瓦もただの板切れも、お兄ちゃんの手にかかれば便利な魔道具に生まれ変わるんだもの」
「そんなに容姿を褒めるなよ。俺は言うほどイケメンじゃないぞ?」
「容姿は全然褒めてないよ?」
マイヌはくすくす笑って、俺の隣に腰を下ろした。
「魔道具ってどうやって作るの?」
その質問は王都でも嫌というほどされた。
宮廷お抱えの職人から弟子入りを申し込まれたこともあった。
土下座でだ。
俺も想いに応えようと必死にレクチャーした。
だが、誰も魔道具を作ることはできなかった。
それには理由がある。
「マイヌ、この光の筋が見えるか?」
俺は川辺で拾った木片をランタンの灯りにかざした。
木目に沿って指を這わせる。
「どれ?」
マイヌが頭を寄せてくる。
「これだ、これ」
「光の筋? 木目しか見えないけど」
「ここにも、ほら」
「っ? やっぱり見えないよ?」
「そっか。実は王都にいたときも誰も見えなかったんだ」
俺の目には木片の表面に鮮やかな色彩が見えている。
それは、光の粒を集めて作った葉脈のようなものだ。
木だけではなく、石やガラスにもこの模様は存在している。
マイヌの体や俺の手のひらにも血管に沿って光の流れができている。
おそらく、森羅万象すべてのものが固有の模様を持っているのだ。
「これは魔力の通り道なんだと思う。俺の目には魔力の流れが見えるんだ」
この光の筋をある法則にのっとって繋げていくことで魔道具はできあがる。
原理はたぶん魔法陣と同じだ。
線と線を繋ぎ合わせることで魔法を成立させているのだ。
「光の筋が見えないと魔道具を作ることはできないんだね」
「そういうこと」
「やっぱりお兄ちゃんはすごいよ。特別なんだと思うなぁ」
「天職ってだけだ。すごいわけじゃない」
「そうかなぁ?」
マイヌは木片をいじる俺を興味深そうに眺めている。
「思い出したよ。お前は昔もこうして俺の作業を見ていたな」
「何をやっているのか全然わからなかったけどね」
「そんなもの見て楽しいのか?」
「楽しくないよ? 私が見ていたのは魔道具じゃなくて、魔道具を作っているお兄ちゃんなの。お兄ちゃんが夢中で仕事しているのを見るのが好きだったの。かっこいいって思ったから」
「仕事する俺がかっこいい? お前はなんて邪悪な言葉を使うんだ……」
「え、なんかごめん」
作業に一段落がついたところでマイヌに忠告する。
「俺が魔道具を作れるってことは誰にも言っちゃダメだぞ? 大変なことになるからな。頭からピンクの煙とか出るからな。ケツも出すし」
「私、なんとなくお兄ちゃんが王都でどんな目に遭ったのか想像できる気がする。お兄ちゃんってたぶんお金が好きな人からするとおいしそうなケツに見えるんだろうなぁ」
「ケツとか言うな。まあでも、ケツってのは隠しておくものだ。見せびらかすものじゃない。内緒だからな?」
「うん。わかった」
ふんふんと頭を振るマイヌが可愛かったので顔をサンドイッチにすると、頬が熱したチーズのようにとろけ始めた。
指の間から溶け落ちそうだ。
「もう寝ろ」
「そうする。お兄ちゃんも早く寝るんだよ?」
言われるまでもない。
でも、明日から気兼ねなくゴロゴロするためにも今日はもう少しだけ作業を進めるとしよう。
「別に仕事が好きってわけじゃないからな!」
「もう、わかったって。おやすみ、お兄ちゃん」