64話
大蛇は激しくのたうち回ると、力なくこうべを垂れた。
全長40メートルくらいありそう。
牙なんて俺の背丈よりも長い。
それでも、低出力の『掌中焼灼』1発で終わってしまった。
頭を撃ち抜いたら一撃だった。
『愚かですね。コポポ……。猊下の前に立ち塞がるとは。死んで当然です』
ゲシゲシと死体蹴りするシャノンさん。
いい素材だな、とか思いつつ訊く。
『ナンダッタンダ、コイツハ?』
『お待ちください、今調べますので』
シャノンはエアポケットまで浮上して、ポーチの中からハンドブックを取り出した。
で、すぐに戻ってきて言う。
『この辺りの階層主だったようですね。ポコポコ……。名前は「緋毒九頭大蛇」。特殊な毒で水を操り、九つの頭を作り出して攻撃するのだとか』
『エ、見タカッタンデスケド、ソレ……。ズコォォ……』
『私は残念そうにされている猊下の可愛いお姿を見られたので満足です』
ああそう。
それはどうも。
『脅威度SSの特別指定魔物だそうです。あまりの危険さゆえに討伐を行わないよう組合から注意喚起が出されていますね。片手間で災害クラスの魔物を倒してしまわれるなんて、猊下はやはり神です。どうして、この世界にはあなた様を称える宗教がないのでしょう? 怒りでおかしくなりそうです』
もう君はだいぶおかしいから、それ以上おかしくならないでくれ。
『トコロデ階層主ッテナニ? シュコォォ……』
迷宮主なら知っている。
ダンジョンの主。
ボスキャラだ。
『階層主はダンジョンの一角を統べる強力な魔物です。迷宮主を国王とするなら、領主でしょうか。私も見るのは初めてです。王都のダンジョンにはそもそも階層と呼べるようなものはありませんでしたから』
強力な魔物ねえ。
そういえば、俺が以前倒した牛男もSランク魔物という話だった。
SにせよSSにせよ、俺の魔道具なら苦もなく倒せてしまうわけだ。
ま、先制攻撃できる場合の話だ。
ガチバトルになれば、こちらも手傷を負いかねない。
調子には乗らないようにしないと。
『先ヲ急グカラナ、素材ノ回収ハホドホドニシナイト……』
立派な毒牙やら、分厚い鱗やら、鋭い尾針やら、ズババババと解体する。
どこをどう切れば綺麗に素材を入手できるか、俺にはなんとなくわかる。
それも、『魔道具作家』だからだろう。
手際よく解体作業を終えて、さあ、出発だ。
ダンジョンに潜って丸1日が経とうとしている。
壁をぶち抜きながら進んできたから、そろそろ遠征隊に追いついてもいい頃だ。
ここら辺であの機能を使ってみようか。
俺はヘルムの側面を軽く叩いた。
コォォ――――ォン。
体の芯に響くような音がヘルムを中心に広がっていく。
コ、コ、コォォ――――ン。
ほどなくして、下のほうから複数の反応が返ってきた。
俺の視界に小さな点がいくつか表示された。
『猊下、今のは?』
『万ガ一、誰カガ流サレテモ居場所ガワカルヨウニ、全員ノ「気泡煙管」ニ送信機ヲツケテオイタンダ』
『それは、私の魔道具にもついているのでしょうか?』
『ウン。監視サレテイルミタイデ嫌カナ?』
『そんなことはありませんニャ。むしろ、逆ですニャ。どこにいても、あなた様と繋がっていられるなんてこの上なき幸せですニャ!』
驚異の3連発「ニャ」でシャノンの狂気も3倍増だ。
俺はとんだ呪物を作ってしまったらしい。
『反応ハコノ下カ……。シュコォォ……』
ひとくちに下と言っても、ダンジョンの構造は迷路のように複雑だ。
さすがに、下に行く道まではわからない。
『底をぶち抜きますか? 猊下』
『ソンナコトシテ、シャックスタチニ当タッタラドウスル? シュコォォ……』
『私はあなた様さえ無事ならほかはどうなっても構いませんので。コポポ……』
ロクでもない奴だな、まったく。
『イイモノガアル。……コォォ』
俺はポケットから取り出した4本のくさびを水底に打ち込んだ。
くさびに囲まれた空間が四角形に切り取られて、黒い穴が現れる。
水が勢いよく流れ込んでいく。
『俺ノ新作魔道具ダ。掴マレ、ノンノン』
『はい。もう二度と離しません』
ガシッとしがみつき、猫の鼻を俺の脇に押し付けるシャノン。
こいつ、一回怒ったほうがいいな、とか思いながら俺は空間の切れ目に飛び込んだ。
『チャント転移ルトイイノダガ。……ムッ?』
コォ――ン。
ヘルムが微弱な信号をキャッチした。
遠征隊から少し離れたところに反応が出ている。
マーカーの数は遠征隊の16人にシャノンを加えた17個のはず。
18個目の反応があるのはなぜだろう?
誤作動だろうか。
それとも、ただのノイズ?
過酷な環境下だから故障という線もありうる。
まあ、後で調べておくか。
今は足元に広がる純黒の空間に目を向けることにした。




