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63話 シュビリエ


「この先だな、フハハ! 地図を見るまでもなくわかるぞ。血が騒ぐゆえな。フフハハハ!」


 ぐわんぐわんと反響する豪快な笑い声でシュビリエは目を覚ました。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 周りでは、部下たちが苦しげな寝顔をさらしている。


(全員で寝ほうけるとは……)


 危険なダンジョンの中であり、さらには、謀反の疑いがある者たちと狭い空間をともにしていることを思えば、愚かしいと言わざるを得ない。

 しかし、疲労はとうに限界を超えていた。

 王都のダンジョンがぬるま湯であることはなんとなく察していたが、本場の最難関ダンジョンがこれほど過酷なものだとは思いもしなかった。


 ほかの冒険者たちは領主ドンガリーユを中心に車座を組み、どうやら作戦会議をしているらしい。


(弱い姿は見せられぬ、か……)


 体を起こすどころか目を開けておくことすら億劫だったが、騎士のプライドが眠ったままでいることを許さなかった。

 シュビリエは剣を杖にして立ち上がった。


「貴殿らは何を見ておられるのだ?」


「サグマさんが作った地図ですよ。ほら、この先に目的地の『牛鬼陵』があるみたいですね!」


 キャスナットの小さな2本の指が黒い板をなぞった。

 すると、板に浮かんでいた光る図が不思議なことに拡大された。

 それは、地図だった。

 現在位置と思われるところには赤い丸が点滅している。

 その周りに散らばる十数個の点は遠征メンバーの位置を示しているらしい。

 サグマ・カウッドが作った魔道具であることは尋ねるまでもなかった。


「便利だよな、これ。紙と違って濡れてもダメにならねえし、――ほらよ。落書きだってできるんだぜ?」


 シャックスエルクは手にした黒いペンで、地図上に乳房とおぼしき絵を描いた。


「アホなもん描いてんじゃないわよ、馬鹿シャックス」


 フィオレットがペンの裏側でこすると落書きは綺麗に消えてしまった。

 拡大・縮小できて、自由に書き込みもできる地図というわけだ。


(サグマ殿の魔道具にはつくづく驚かされるな)


 好奇心がくすぐられたおかげか、眠気のほうは幾分かマシになった。


「私も作戦会議に参加させてもらいたい」


 地図を覗き込むと、『牛鬼陵』の位置にいくつかのバツ印が刻まれていることに気づいた。


牛蒸装置モウムリを設置する候補地だな?」


「そうよ。設置して起動するまでがあたしたちの役目なの」


「オレたちの腕の見せどころってわけだ。いっちょ派手にやってやるぜ!」


「シャックスさん、ゴキブリ作戦って決めたじゃないですか。コソコソっと行ってカサカサっと仕掛けて帰ってくるんですよ」


「誰がそんなダセエ作戦名にしたんだよ。普通に隠密作戦でいいだろうが」


時はゆっくり(ダラーブラット)』の3人は持ち前の仲のよさを見せている。

 大仕事を前にしても気負うところがないのは、彼らなりにこの地で修羅場を乗り越えてきたからだろう。


「私も同行していいだろうか?」


 3人の仲に割って入るようで気が引けたが、それでもシュビリエは名乗りを上げた。

王国の護盾(レグナ・ガーダ)』はここまでの道中、いいとこなしだった。

 ついていくだけで精一杯。

 これでは、食料を食い潰すだけのお荷物だ。

 騎士の汚名は国王の恥となる。

 ドンガリーユから目を離すことになるが、それよりも今は手柄が欲しかった。


「オレたちは構わねえぜ? でも、隊長様に判断を仰がねえとな」


 シャックスエルクは視線でおうかがいを立てた。

 熊のような体で腕組みしていたドンガリーユが思案げにこちらを見て、大きな笑顔を浮かべる。


「うむ、わしも構わんぞ。首尾よく運べば30秒ですむ作戦だ。さっさと行ってさっさと戻ってくるがよい」


「感謝申し上げます、ベルトンヒュルト卿」


 出発の準備が整ったところで、キャスナットが背嚢から大きな板を取り出した。


「今度はなんの板だ?」


「サーブボードよ。本当は水上を走るためのスローライフ・グッズだったんだけど、サグが短く切り詰めて水中でも使えるようにしてくれたの。しがみつくだけで、すごいスピードが出るわよ」


 フィオレットがそう答える。


(水上を走るスローライフ・グッズってなんだろう?)


 強襲揚陸作戦に転用できる時点でスローでないことは明らかであった。


 シュビリエは水の中に足を踏み入れた。


「諸君らの健闘を祈っておるぞ! フフハハハ!」


 そんな言葉を受けて作戦は開始された。

 サーフボードは水中を信じがたい速度で進み、あらゆる水棲魔物を置き去りにして広い空間へと飛び出した。

 前を行くシャックスエルクが波音を立てぬように鼻から上を水面上に出す。

 シュビリエも後に続いて水面を割った。

 そこには、超大な空間が広がっていた。

 地図で見たより明らかに広い場所だ。

 噂に聞く空間特異点だとすぐに気づいた。


 湖の中心に亀の甲羅のごとき島が浮かんでいる。

 異質なほどの緑であふれかえり、鳥や種々の魔物が島の上を飛び交っている。

 山紫水明の地と呼ぶにふさわしい美しい場所だった。


「ここが『牛鬼陵』か……」


 これから高温の蒸気により一切が焼尽せしめることを思うと惜しいとさえ思えてくる。


「行くぜ!」


 水面下を高速で走り、島に乗り上げる。

 牛蒸装置『モウムリ』を浅瀬に浮かべ、アンカーで固定、時限装置を作動させれば、あとはトンボ返りするだけだ。

 ガウグロプスの姿は見えない。


「急ぐわよ」


「ああ」


 焦れる気持ちを抑えつつ、キャスナットの背嚢から巨大な構造物を引きずり出す。

『モウムリ』を水面に落とすと、大きな水しぶきを上げて浮力で何度か弾んだ。

 驚いた水鳥たちが一斉に母衣を打って飛び立つ。

 けたたましい鳴き声が閉鎖的な空間に嫌というほど反響した。


 4人同時に身を固め、耳に意識を向ける。

 たしかに足音のようなものが聞こえてくる。

 見れば、森の中から斧を持った単眼の牛鬼が迫って来るではないか。

 1体だけではない。

 まるで巨人の大軍勢のように後から後から湧き出してくる。


「キャス! アンカーを打て! オレたちで食い止める!」


「了解ですっ!」


 戦闘になったときの布陣は事前に決めていた。

 シャックスエルクとシュビリエが前に出て、フィオレットが弓で援護する。


 シュビリエは剣を抜き、大盾を構えた。

 そのときには、すでにシャックスエルクの義足がガウグロプスを捉えていた。

 つま先から伸びた光る爪が肉を断ち、5メートルはあろうかという巨体が横倒しになる。


 あっけに取られて見ていると、落雷のような轟音がしてガウグロプスの土手っ腹に大穴があいた。

 振り返ると、矢を放ち終えた姿で立つフィオレットの姿が見えた。


 信じがたいことに、二人は脅威度Sの魔物をことごとく駆逐していった。

 同じ王都のぬるま湯で腕を競い合っていた二人の姿がどこか遠い日の夢のように思えてきた。


(わ、私も……!)


 シュビリエは前に出た。

 そのときだった。

 ガウグロプスが驚くほど低い姿勢から猛然と飛び掛ってきた。

 とっさに構えようとした盾は水に絡め取られて思うように動かない。


(しまった……)


 功を焦るあまり、慎重さを欠いてしまったようだ。

 死を覚悟したその刹那、小さな影が前に躍り出た。

 鋭く透明な何かが幕のように広がる。

 それは、ガウグロプスの突進を受け止めたばかりか、その分厚い胸を易々と貫いた。


「大丈夫ですか!? シュビリエさん!」


 キャスナットのあどけない顔が見上げてくる。

 手首で輝く金の腕輪を見て、助けられたのだと悟った。


「アンカー固定完了です! 『モウムリ』を起動しました!」


「撤退するぞ、お前ら!」


「ピカピカフラッシュ――!!」


 強烈な閃光に紛れ、水中へと逃避する。

 底なしの体力で前を行く3人を追いながら、シュビリエは敗北感に打ちのめされていた。

 もう彼らは王都にいた頃とは違うのだ。

 いつの間にか水を開けられてしまったらしい。


 言いようのない悔しさを感じながらも、今はただ泳ぐしかなかった。


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