60話
『シュコォォォ……。コシュゥゥ……』
大粒の雨がヘルムを叩いている。
孤児院の屋根に立ち、俺はベルトンヒルの夜景を眺めていた。
雨音にまじって小さな足音が迫ってくる。
「ゆかれるのですね、すべてを終わらせに」
声がするほうを振り返ると、そこにはシャノンが立っていた。
「私もお供いたします、サグマ様」
この姿を見ても俺だと疑わないのは、猫耳で俺の動向を逐一チェックしていたからだろう。
『行キ先ハ、カツテ、オ前が経験シタコトガナイホド危険ナ場所ダゾ?』
「私はどんなときもあなた様のそばにいて、あなた様がくれた目であなた様を見て、あなた様がくれた耳であなた様の声を聴いていたいのです」
よく意味はわからないが、腕利き冒険者が協力してくれるなら断る理由はない。
猫の手を借りることにした。
「ナラバ、コレヲ受ケ取ルガイイ」
俺はアタッシュケースを開いた。
そこには、猫を模したマスクと黒く長い尾、そして、一対の手袋が収められている。
シャノンの瞳がきらりと輝いた。
そう、お前専用の新装備だ。
こんなこともあろうかと持ってきていたのである。
俺、偉いな、と心の中で自画自賛しつつ、それぞれの魔道具について説明してやる。
まずは、戦闘用手袋『猫灼爪ver.2』。
従来の炎属性の魔爪に加えて、新たに雷と氷、2つの属性を選択できるようにしてみた。
今使っているver.1のほうは予備にでもしてくれ。
尻尾は『十徳黒尾』。
280個の関節を持ち、蛇のようななめらかさで自在に動いてくれる。
体のバランスを保ったり、第三の腕として使ったり、鞭のごとく叩きつけたり。
まあ、いろいろ便利な代物だ。
俺が欲しいくらい。
そして、最後が『猫化の黒面』。
口元を覆うタイプのマスクで、猫っぽい見た目をしている。
魔力酔いや毒ガスの対策のほかに、水中での呼吸を可能にする機能までついている。
ひげで空気の流れを感じ取ることもできるぞ。
慣れればひげだけで周囲の状況がわかるようになるはずだ。
あとは、単純に顔を隠す効果もある。
『我ラハ夜ノ闇ヨリ生マレシ影。……アー、ツマリ、アレダ』
正体を隠す必要があるのだ。
身バレしてトラブルになるのは嫌だしな。
「元より私は影です。忠実なるサグマ様の影ですニャ☆」
・・・と静寂が流れた。
シャノンの顔が赤くなるのがマスク越しでもわかる。
「し、失礼しました……。私、突然おかしなことを」
『イヤ、構ワナイ。20回ニ1回ノ確率デ語尾ガ猫ッポクナル仕様ナンダ』
「そうでしたか」
シャノンは無表情だ。
でも、内心では嫌がっているのが眉の形の微妙な変化で伝わってくる。
別に、面白半分でやったわけではないヨ?
「オ前ハ表情ガ硬クテ愛想ガナイト思ワレガチダカラナ、シュコォォォ……。俺ナリニ親シミヤスイ特徴ヲ作ッテミタンダ、ウン」
「サグマ様のお心遣い、とても嬉しいです」
シャノンのその言葉に偽りはないらしく、お尻の後ろで尻尾を機嫌よさげに振っていた。
嘘です。
本当は面白半分でした。
などと口が裂けても言えない。
「神の叡智たる神聖なる魔道具を下賜してくださったこと、衷心より感謝申し上げます、サグマ様」
『ノンノン。今ノ俺ハ闇ノ枢機卿『魔道具フルアームド・サグマン』ダ。コシュゥゥ……』
「サグマン卿。では、私は猊下の忠実なる下僕『シャノンン』と名乗りましょう」
言いにくいな、おい。
『お前は闇の猫シスター、ノンノンだ』
「いと偉大なる枢機卿猊下にいただいた御名、この魂にしかと刻みますニャ」
いちいち大袈裟な言葉遣いをする奴だ。
だが、可愛い語尾がいい感じに印象を和らげている。
俺はなかなかの名品を作ってしまったらしい。
ところで、枢機卿ってなんだろう?
具体的に何をする人だ?
なんとなくカッコイイことしかわからない。
カッコイイならそれでいいか。
『行クゾ、我ガ下僕ノンノンヨ。仲間タチガ待ツ水中迷宮ヘト。シュコォォォ……』
「は。猊下の仰せのままに」
というわけで、俺たちは雨降る夜の町に颯爽と飛び出したのだった。




