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6話


「うらああああ! オロロロ! ラアア金オラアアアせえ!」


「借ラアアア! シャラアアア! 返エエエオオオオ!」


 ドアを開けた途端、チンピラみたいな男二人組が怒涛の勢いでオラつき始めた。

 見たところ、どうやら借金取りらしい。

 貸した金を返せと言っている気がする。

 たぶん。


「すごい剣幕だったな。頭を押さえていなかったらズラを飛ばされていたところだ」


「お兄ちゃん、ズラだったの?」


 マイヌは俺の脇の下で雨に濡れた犬みたいに震えている。


「借金があるのか?」


「うん。かなりいっぱい。仕方がなかったの。ダンジョンが見つかって村がどんどん大きくなっていって、家賃も上がる一方だし、子供も増えたから大変で」


 そんなとき、普通は近隣住民で支え合うものだが、この町はよそ者の集まりだ。

 横の繋がりが希薄なのだろう。


「大人たちは何をしているんだ?」


 この孤児院を切り盛りしているシスターたちがいるはずだが、どこにも見当たらない。


「それが、冒険者をやるほうが儲かるからってみんな辞めちゃったの」


 信仰心の欠片もないな。

 ある意味、正直者だが。


「今は私が一人でみんなの面倒を見ているの」


 マイヌは修道服ともメイド服とも言えない衣服をまとっている。

 あれだけの人数を養うとなると大変だろう。


「でも、もう一人くらいならいけるよな。俺、夜泣きとかしないぞ?」


「うん、私が泣きそうだから絶対にやめて」


「オラアアア! シャアラアア! ボケエエエ!」


 痺れを切らした男たちが爆発した。


「マイヌ、返せる金はないんだよな」


「うん。実入りがないからどうしようもないの」


「だそうだ。それじゃ、そういうことで」


 ドアを閉めようとすると、いかめしい顔がつっかえ棒のようにガッと挟まった。

 これがフェイス・イン・ザ・ドアか。


「金が無いなラアアアア! 例のブツ出ラシャアアア!」


「例のブツってなんだ?」


「あの人たち、お兄ちゃんが作った魔道具を狙っているの」


 テッテッテと風呂場のほうに向かったマイヌが大きなオタマジャクシみたいなものを持って戻ってくる。

 腹に無数の小さな穴があいているから、出来の悪いシャワーヘッドにも見える。


「これ、お湯を出す魔道具だな。まだ使ってくれていたのか」


 こんなものもあったなと思い出す。

 俺が10歳の頃に作ったものだから、子供の図画工作みたいな出来栄えだ。

 未熟な自分と向き合わされているような気恥ずかしさがある。


「渡してしまえ、こんなもの」


 俺はシャワーヘッドを借金取りに押し付けた。


「だめ! だって、これはお兄ちゃんが私たちのために作ってくれた大切なものだもん!」


 そう言ってくれるのは嬉しい。

 だが、金を借りた以上は返さなければならない。

 返せるうちに返さないと返済額はどんどん膨れ上がっていく。

 いずれは孤児院を売りに出さなくてはならなくなる。

 そうなれば、子供たちは冬を越えられまい。


「返して! 私たちの宝物なんだから!」


「ごたごたうるせアアアア!」


 マイヌの顔めがけて借金取りが拳を振るった。

 これはちょっと看過しがたい。

 俺は素早く間に割って入った。

 胸の辺りに軽い衝撃を感じて、メキッと何かが折れる音がした。

 ああああああああああ、と悲鳴が上がる。


「お、お兄ちゃん!?」


 マイヌが俺を気遣うが、悲鳴の主は俺ではない。


「あ、兄貴ィィ……!?」


「うあああああ!? 腕がああああ! オレの腕えええええ……!」


 借金取りの腕は関節じゃないところで曲がっていた。


「な、なんだ!? 恐ろしく硬てえもんを殴ったぞ。オレは今何を殴ったんだ!?」


 おびえた目が俺を見上げる。

 俺は上着の下に魔動肌着『怪力乱神の衣ハーキュリーズ・ウェア』を着ている。

 筋力と防御力を飛躍的に上昇させる魔道具だから、石壁を殴った気分だったと思う。


 俺はいたわしげな目を借金取りに向けた。


「たぶん疲労骨折だろう。借金取りも大変だな。借りたくせに返さない奴が多くてさ」


「お、おう。毎日ヒーヒー言ってるぜ」


「ちょっとは体を休めてくれ」


「そうするぜ。邪魔したな」


 借金取りたちはシャワーヘッドを大事に抱えて帰路についた。


「ヒョー! すげえ魔道具が手に入ったぜ!」


「これを売っ払ったら目ん玉ひっくり返るような額になりますぜ、兄貴」


「しばらく食うに困んねえな! ……ぁ痛だだだ」


 実際、魔道具には目もくらむような高値がつく。

 あの借金取りたちが馬鹿で助かった。

 少しでも頭の回る奴なら「お兄ちゃんが作った魔道具」という言葉で目の色を変えていただろう。

 そうなれば、俺はまた魔道具製造機としてこき使われていたかもしれない。


「どうして渡しちゃったの!? あれはお兄ちゃんが作ってくれた大切なものなのに。この孤児院の宝なのに」


 マイヌが涙目で訴えかけてくる。

 逆立った尻尾に本気の怒りが見て取れた。

 大切にしてくれていたらしい。


「まあ、落ち着け。あれは俺がまだ未熟だった頃に作ったやつだ。魔力を込めてもお湯が出るのに10分くらいかかって、そのくせ、急に熱湯が出てくるポンコツだったろ? お前も腹が立ったりしたんじゃないか?」


 図星だったらしくマイヌは頬をポリポリしながら苦笑した。


「うんまあ。たまに叩き壊したくなることがあったかも」


 そこまで言わんでもよろしい。


「だから、王都で苦行を積んでパワーアップして帰ってきたお兄ちゃんがもっとすごいものを作ってやろう、ってそういうわけだ」


「ほんと!? 私、嬉しい! ……でも、修行じゃなくて苦行を積んだの?」


「ああ、苦行だった。聞く? 俺の苦労話」


「長くなりそうだから今度にするね」


「じゃあ、今度な。約束だぞ? 終わりが見えないくらいクドクドとくだを巻くつもりでいるからな、俺。ちゃんと聞けよ?」


「……」


 無言で笑顔になるマイヌであった。


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