54話
長テーブルを挟んで3つのギルドが向かい合う。
雰囲気が殺伐としているのは気のせいだと思いたい。
簡単な自己紹介の後、主催のドンガリーユが胴間声を轟かせた。
「それでは、こたびの迷宮遠征について詳細を発表する。心して聴け」
遠征か。
ということは、相応の時間をかけて深層域へアプローチするのだろう。
一攫千金を狙うならば、行き先はもちろん高難度ダンジョンになる。
「遠征先は始まりの迷宮『神授の金黎窟』である」
「きんれーくつ?」
俺は素っ頓狂な声を出してキスの距離でシャックスを見つめた。
「ベルトンヒルで最初に見つかったダンジョンのことだ。まさに、始まりの迷宮だな。難度指定はSで、4年も経ってんのにまだ最深部にはたどり着けていないんだとよ」
「なあなあ、シャックス。きんれーくつってなんだ?」
「いやいや今、説明しただろうが。あと、顔近けぇんだよ。ダルいから黙ってろバカが」
そうしよう。
俺もそうそうたるメンバーにバカの烙印を押されたくはない。
「『金黎窟』か。その名は王都にも轟いていた。ベルトンヒルの象徴とも呼ぶべきダンジョンだな。挑む機会に恵まれるとは、名誉なことだ」
鼻を高くしたシュビーだったが、俺と目が合うと落ち着かない様子で顔を伏せた。
「そ、それにしても、ベルトンヒュルト卿。ただでさえ危険な高難度ダンジョンに、雨季の今、あえて潜るというのはいかなる理由があってのことでしょう? 私は騎士たちの命を預かる身です。勝算のない戦に興じることはできませんが」
シュビーは疑心に満ちた目でドンガリーユを見やり、挑発するような表情を浮かべた。
「意外に思われるかもしれませんが、私はマメな性格でして。友人との文通は欠かさないようにしているのですよ」
多分に含みのある言い回しだった。
言わんとしていることは、こうだろう。
私は王都と頻繁に連絡を取り合っています。
もし、連絡が途絶えるようなことがあれば、……わかりますよね?
どうやら、シュビーはダンジョンの奥で謀反人から襲撃されることを危惧しているらしい。
ありそうなので、ちょっと怖い。
「フフハハハ! 好きなだけ文を書けばよい! 地下迷宮から莫大な金銀財宝を持ち帰った後でな!」
ドンガリーユは大人の態度で笑った。
「金銀財宝、ですか?」
「うむ。無論、わしとて勝算なく死地に赴くような愚は冒さぬ。あるのだ、心当たりがな。わしは古代文明が遺した巨大な宝物殿の位置に目星をつけているのだ」
古代文明の巨大宝物殿――。
突拍子もない発言で客間は沈黙に包まれた。
荒唐無稽な夢物語を聞き、あきれて言葉にならない。
……という静寂とは少し違う。
シャックスが鼻の穴を膨らませていることからも、それがわかる。
「ただなぁ、楽な道のりではないのだ」
ドンガリーユは太い腕を組んで忌々しげにため息を吐き出した。
「宝物殿があると推測されているのは、『金黎窟』でも最も危険とされている一帯でな。なんと、あの『狂魔牛鬼』どもの縄張りの真っ只中なのだ」
「がうがうぷー?」
俺はシャックスに説明を求めた。
「脅威度Sの魔物だ。領主様の倍はデカイ牛のバケモンだ。1頭だけで小さな町が瓦礫に変わる。それがウヨウヨいるって考えてみろ。やべえだろ?」
「なあ、シャックス。がうがうぷーってなん――」
「二度も言わせんなよ? ボケるな。絶対やめろ」
チッ、ノリの悪い奴だ。
隙を見てもう一発かましてやる。
覚悟しとけよ。
目でそういうメッセージを送ると、すさまじく嫌な顔をされた。
冗談だ。
「ガウグロプスか。王都ではSランクの魔物など見る機会もなかったな。私もどれほどのものか想像がつかん」
シュビーが顔を曇らせる。
「ケケッ、王都のSはこっちじゃBだからな。おいシャックス、説明してやれよ。お前がどんな目に遭ったかをな、ヒャヒャヒャ!」
「よーし、サグマ。好きなだけボケていいぞ。オレも根気よく突っ込むから。だから、その話を蒸し返すな。マジでやめてくれ。頼むってマジで!」
胸ぐらを掴まれて涙目で揺さぶられる。
俺も大の男が泣くところは見たくない。
やめてやるとしよう。
「ガウグロプスといえば、あたしたち、表層域で二度も遭遇したわよね」
フィオがそんなことを言うと、ドンガリーユは感心したように唸った。
「ほう、あの狂牛に出くわして一度ならず二度までも生き延びたか。さすがは、サグマのギルドに身を置くだけのことはある。ガウグロプスは通常、深層域を縄張りとするが、雨季の前後では水を避けて表層域まで上がってくることがあるのだ。いずれは、町に被害が出よう。ゆえに、こたびの遠征にて彼奴らを殲滅せしめることは領民の暮らしを守ることにも繋がるのだ」
「ガウグロプスを殲滅、だと!?」
シャックスが信じられないという声を上げた。
「Sランク魔物の群れだぞ!? そんなの不可能だろ。軍隊がいるぜ? それも千や二千じゃ足りねえ。オレたちだけでなんて絶対に不可能だ!」
「普通にやればな」
ドンガリーユは面白がるような面持ちで言う。
「なにも正面切って突撃をかけよ、などとは言わん。無勢で多勢を負かすなら、必要なのは奇策と地の利よ。いや、水の利と言ったほうがよいか。水没したダンジョンという特異な環境にわしは勝機を見出したのだ」
「ベルトンヒュルト卿、よもや爆薬で天井を落とそうなどとお考えではありますまいな? 愚かなことです。そのようなことをすれば、大洪水となりましょう。せっかくの宝物を流失するばかりか、地上にまで被害が及ぶやもしれません」
ギャハハこれだから脳筋は、と笑い飛ばそうとした俺をシャックスが水平チョップで止めた。
やるじゃないか。
「爆薬など使わぬ。毒ガスは使うつもりだがな」
ドンガリーユは筋肉キャラにあるまじきマッド・サイエンティスト面になった。
「雨季の間、ダンジョン内の魔物は水没しない場所で水が引くのを待つ。ガウグロプスとてそれは例外ではない。彼奴らが毎年、『牛鬼陵』と呼ばれる場所に身を寄せているのは再三の調査で把握済みだ」
俺は巨大なエアポケットを想像した。
陸の孤島ならぬ地下の孤島か。
「逃げ場のないその場所で毒ガスを使えばどうなるか。フハハ、論じるまでもなかろう?」
なるほど。
その作戦ならば一人の犠牲も出さずに殲滅することも可能かもしれない。
だが、ちょっと待て。
俺はテーブルをダンと叩いて立ち上がった。
「いやいや、おかしいだろ! こんなのはおかしい!」
「一体何がどうおかしいってんだよ、サグマ!?」
すかさずシャックスがそう問う。
「だって、そうだろ? あんな頭の中まで筋肉でできているようなデカブツがこんな賢い作戦を考えたんだぞ? おかしいだろ!」
「おおお、おいおいおいサグマ……! 相手は領主様だぞ!? 暴言吐いてんじゃねえよ!」
「俺は暴言なんて吐いていない! 世の中の理不尽を叫んでいるんだ! おかしい! こんなのは絶対おかしい! 俺へのあてつけだ! 筋肉ムキムキマッチョのくせに頭までキレるのかよ! 欠点ゼロじゃないか! 手脚ひょろひょろで頭も悪い俺を馬鹿にしている! 本当は俺のことを見下して心の中で笑っているんだ! この運動もできて勉強もできる万能領主め! 稀代の天才野郎!」
「お前たしかに暴言吐いてなかったな。めちゃめちゃ褒めちぎってるじゃねえか」
「うるさいわよ、あんたたち」
フィオに諭されて俺は着席した。
シュビーと騎士たちが、意味がわからないという顔で俺を見ている。
意味?
そんなもん、ないさ。
強いて言うならアレだ。
俺は作戦会議が硬くなりすぎないように、あえて道化を演じているのだ。
混ぜるな危険のメンツを集めて会議しているのだ。
ささいな行き違いでドカンなんてこともありうる。
張り詰めすぎないように調整役が必要なのだ。
「なんだかわかりませんが、さすがですサグマ様」
ほら、シャノンも拍手喝采を送ってくれている。
ま、こいつはいつも俺を全肯定してくれるのだが。
「わしは別段頭がキレるわけではない。サグマがいればこその思いつきだ。この作戦には毒ガス発生装置を作れる人材が不可欠だからな。すまぬが、もうひと仕事してもらうぞ? 作戦成功のキーマンはお前だ、サグマよ」
ドンガリーユが期待の眼差しを向けてくる。
シャックスなら泣いて喜んだだろう。
だが、俺はそんなに単純ではない。
言うべきことは言わせてもらおう。
「おおむね名案だと思います。しかし、毒ガスというのは穏やかではないですね。水没しているといっても、水中に拡散していく毒もありますし。それに、長期間に渡って汚染を招くような方法は採りたくありません。変わり果てたとはいえ、俺の故郷なので」
「わしとて苦肉の策のつもりだ。ほかにプランがあるならば聞くが?」
「作戦そのものには俺も賛成ですよ。賢いやり方ですからね。俺が反対しているのは毒ガスの使用だけです。もっとエコなものを使いましょう」
俺は湯気の立つティーカップにかざした手を、アチチッ、とオーバーリアクションしながら引っ込めた。
「高温のスチームで蒸し焼きにするというのはどうです?」
これなら、冷めるのを待てば無害化できる。
そして、幸運なことに、水はいくらでもある。
ドンガリーユはドガンとテーブルを叩いて立ち上がった。
豪快な笑顔で俺を見る。
「素晴らしい提案だ! その辺もサグマに一任するとしよう。さっそく取りかかってくれ!」
そういうことになった。




