5話
「どこだよ、ここ……」
変わり果てた故郷の様子を見て、俺は膝から崩れ落ちた。
要塞じみた高い壁で覆われた町はうるさいぐらいに活気に満ちている。
大きな通りを冒険者や行商人が行き交い、こうしている今も職人の手で新しい建物が築かれている。
賑わいだけ見れば王都よりも上かもしれない。
変わらないものと言えば、町の向こうに見えている真っ白な大山脈くらいのものだ。
「いわゆるダンジョン特需ってやつだね。この町もだいぶ住みやすくなったよ」
どこかで見覚えのあるおばさんが人懐っこい笑みを浮かべている。
たしか昔、村で羊飼いをしていた人だ。
今はラム肉屋で太い腕を組んでニコニコしている。
この人も変わってしまったんだな。
俺は軽蔑の目で一瞥くれて、トボトボと歩き出した。
都会の喧騒が耳に痛い。
あてどなくフラフラしていると、邪魔だボケと怒鳴られて突き飛ばされた。
ねえ、俺のスローライフどこ?
こんなはずじゃなかったのだが。
自分を慰めるためになけなしの金でラム肉の串焼きを買った。
「うまいだろう?」
「うん、うまい。いい腕してるね、おばさん」
「そうだろうさ! なんせ私ゃ昔この辺りで羊飼いをしていたからね。心得があるのさ」
「うん。知ってる」
俺は手のひらに目を落とした。
小銭が数枚と糸クズが少し。
これが俺の全財産だ。
このままでは遠からぬうちに飢えて死ぬことになる。
金を得るには仕事をしないと。
だが、働くなんて死んでも嫌だ。
「働くか、死ぬか。究極の2択だな」
「何言ってんだい。働く1択だよ」
「いや、おばさん。働いても働かなくても人間はいずれ死ぬからね? なら、働かないほうが得だ。はい、論破」
「寒空の下で野垂れ死ぬか、あったかベッドで満ち足りて死ぬか。どっちが得か言ってみな?」
「後者」
「はい、論破だよ」
俺はおばさんに言い負かされて再びトボトボと歩き出した。
下を向いていたおかげで懐かしいものを見つけた。
星っぽい形をした石だ。
この石はわだちの上にあったから馬車が通るたびにガタンと大きな音がしたのだ。
子供の頃の俺はガッタン石とか呼んでいたっけ。
村は変わってしまったが、どうやらしぶとく生き残っていたらしい。
「こいつがここにいるということは……」
この通りを進んだところに俺が育った孤児院があるはずだ。
頼めばひと晩くらい泊めてくれるかもしれない。
「別に実家でスネをかじろうとか考えていないからね、おばさん」
「疑っちゃいないよ。さっさとお行きよ」
まあ、俺は4年間無休で働いたのだから、丸1年くらいは寝ほうけても誰にも文句を言われる筋合いはないのだが。
真新しい町並みの中から見覚えのある石垣や木を探しながら歩いていると、懐かしの小川にぶつかった。
この川が本流と交わるところに孤児院は建っている。
ほどなくして、今にも崩れそうな苔むした教会が見えてきた。
賑やかな子供たちの声が聞こえてきて、ちょっと泣きそうになる。
何もかも変わってしまったが、さすがに実家だけは昔のままらしい。
「サグマお兄ちゃん……!?」
門扉のところでケモ耳の少女が素っ頓狂な声を上げた。
垂れ耳・垂れ目で髪は栗色。
手にした竹箒より太い尻尾が背中でピーンと直立している。
孤児院で一緒に育った義理の妹、マイヌだった。
「お前、大きくなったなぁ!」
俺は昔の癖が蘇って妹の頬をサンドイッチしてムニムニした。
真っ白な頬があっという間に真っ赤に染まる。
俺が孤児院を出たとき、マイヌはまだ八つだった。
背はぐっと伸びているが、なでるとノボせたみたいにボーッとするところは変わっていない。
相変わらず、犬っぽくて可愛いな。
しばらくして、マイヌは顔をブルブル振って正気に戻った。
「お兄ちゃん、帰ってきてくれたんだ!」
「うん、お金貸してくれる?」
「私、お兄ちゃんに会えて嬉しい!」
「俺もだ。しばらく養ってくれ」
「お兄ちゃん、体壊したりしなかった?」
「壊しかけたよ。だから、もう働かないことに決めたんだ」
「……」
マイヌは笑顔のまま凍りついた。
「あれ? お兄ちゃんがダメになって帰ってきちゃった……!?」
ダメとは失敬な。
でも、だいたいあっている。
さあ、ダメな兄をさんざん甘やかしてくれ。
俺は久しぶりの我が家に転がり込んだ。
「ずいぶん増えたな」
本来、礼拝の間にあたる部屋は3歳から10歳くらいの子供たちでごった返していた。
20人はいるだろうか。
昔は俺とマイヌともう一人の3人だけだったのだが。
「人が増えてから孤児もどんどん増えていくの」
それは根深い問題だ。
冒険者は危険な職業だから殉職者も多い。
親が死ぬと、子は孤児になる。
孤児は今後も増える一方だろう。
「こんなにいるなら一人くらい増えてもわからないな」
「私、自分より大きな弟は欲しくないかな」
やんわりお断りされてしまった。
残念だが当然だ。
ドンドンドン――ッ!!
不意に乱暴にドアを叩く音がして子供たちが静まり返った。
「開けんかいゴルァ!」
「出てこんかいボケゴラァ!」
ゴロツキみたいな野太い声だ。
トラブルの臭いがプンプンする。
「よォーしマイヌッ! 居留守してェッ! やり過ごそうッ!」
「お、お兄ちゃん、声大きいよ……!」
「聞こえてんぞゴラァ!」
「お兄ちゃん……」
マイヌが怯えた表情で俺を見上げた。
「まあ、任せておけ」
いざとなったら俺には切り札がある。
ドアの向こうにいるのがしゃべるデカイ熊でも一捻りだ。