47話
ダンジョンから帰ってきた俺は、嫌だ嫌だと言いながらも結局メンバー全員分の水中装備を作ってしまった。
「くそっ! これじゃ働き者だ! 俺は取り返しのつかないことをしてしまった……」
「お兄ちゃんは立派だね。私も鼻が高いよ」
ベッドでジタバタしていたらマイヌによしよしと頭をなでられた。
「私もお手伝いします、マイヌ様」
そこにシャノンも加わって好き放題なで回される。
「俺は犬じゃないのだが……」
まあ、スローライフできるなら犬でも構わないがな。
「散歩にでも行ってくるか」
自室にいると、またぞろギルメンがやってきてアレ作れコレ作れと言い出しかねない。
こんなときは川辺を歩いて時間を潰すに限る。
「おともします、サグマ様」
シャノンがすかさず名乗りを上げた。
散歩に同行か。
「やっぱりお前、俺を犬だと思っているな?」
「むしろ、私がサグマ様の犬になりたいです。リードと首輪で繋がれて強く引っ張られたいです」
「面白い冗談だな」
「いえ。本気です。サグマ様の犬になれるならこんなに幸せなことはないです」
表情が無だから、ボケなのかガチなのか判別不能だ。
この場合、ガチでもボケみたいなものだけどな。
「お兄ちゃんにはもう私という犬がいるのに……」
マイヌがエプロンを噛んで歯ぎしりしている。
俺は妹に首輪をつけるような尖った性癖は持ち合わせていない。
庭で自分の尻尾でも追いかけていなさい。
孤児院を出て、流れに沿って歩く。
幸いにして雨は降っていなかったが、川の水位はすぐ足元まで迫ってきている。
「俺、雨の日の川って好きなんだよな。力強い流れがたまらなくてな。どうどうという音を聴いていると癒やされるなぁ」
「私はサグマ様といるだけで癒やされます。そして、身が引き締まる思いです。神の御前ですので」
相変わらず、言っていることはよくわからない。
それに、シャノンは近頃、様子がおかしい。
前から普通ではなかったが、以前にも増して変だ。
こうしている今も忠犬のように俺のそばを離れようとしない。
警戒するようにせわしなく視線と耳を周囲に向けている。
どうも、夜は俺の部屋の前で寝ずの番をしている節もある。
猫耳ではなく犬耳にすべきだっただろうか。
番犬だ。
そのシャノンが険しい顔になった。
縦割れの瞳孔が橋のほうを食い入るように見ている。
熊でもいるのかな?
慎重に近づくと、欄干の陰から女騎士が姿を現した。
シュビリエ・クー・ニグンハート。
『王国の護盾』筆頭分隊の分隊長様である。
「や、やあ、サグマ殿! たまたま偶然奇遇だな。こんなところで会うなんて」
ぎこちない笑顔だった。
これでは、生まれたてのヒヨコですら警戒心を抱くだろう。
ウチの犬だか猫だかわからんシスターなんて今にも飛びかかりそうなほど殺気立っている。
しかし、俺はあえてフレンドリーに肩を組んだ。
ほっぺたをツンツンしながら耳元でささやく。
「ホント奇遇だな。ちょっとそこの河原で話そうぜ。おら、来いよ。オラオラ」
「え、あ、ああ。私もちょうどたまたま貴殿と話をしたいと思っていたところだ」
何が目的かは知らないが、それを探るためにも話をしてみることは大事だ。
「もう少し離れて座るべきではありませんか?」
シュビーと隣り合って河原に腰掛けたところで、シャノンが割り込んできた。
心なしか仏頂面っぽくも見える。
「それでは、恋人の距離です。断じて容認できません。殺意が湧きます」
「ああ、これはすまない。サグマ殿が強引に誘うもので、つい……」
「私もサグマ様に強引にされたいのに」
「えっと、……え?」
シュビーが当惑の表情でシャノンを見上げた。
そして、おや? と首をかしげる。
「私の顔に何かついているでしょうか?」
「あ、いや……。貴殿の顔つきが私の知人とそっくりでな。気にしないでくれ」
「そっくり、ですか。そうですか」
シャノンの表情に目立った変化はなかった。
だが、一瞬何かがぶわっと膨らむような感じがした。
寒気のする何かだ。
殺気とでも言えばいいのだろうか。
「実はサグマ殿とは以前から話してみたくてな。たまたま偶然、奇遇にもこんな機会に恵まれて私は嬉しいぞ。だ、断じて通りかかるのを待っていたわけではないのだが、ハハハ……」
ははは……。
怪しさMAXすぎて、もはや、わざとやっているのではと疑いたくなるレベルだ。
シュビーは矢継ぎ早に俺に質問をぶつけた。
最近、体調はどうだ?
どうしてベルトンヒルに居を移したのか?
今の暮らしに不満はないか?
国王陛下の治世についてどう思うか?
交友関係は?
領主と面識は?
周辺諸国の有力者や商人にツテは?
好きな食べ物は?
どれも他愛のない問いかけだった。
しかし、どこか尋問じみた雰囲気が垣間見え、俺が答えている間、シュビーは食い入るように俺の顔を見ていた。
俺はほどよくボケを挟みつつ、当たり障りのない返答に終始した。
よくわからないが、答えを間違うと厄介なことになりそうな気がしたからだ。
「今の暮らしには満足しているよ。王都にいた頃よりずっとな。1日10時間は眠れるし。でも、まったく不満がないというわけでもないな」
「そうなのか? 悩みがあるならぜひ聴かせてくれ」
「仲間が俺をほうっておいてくれないんだよ。魔道具を作れ作れってうるさくてな」
「頼られているのだな、貴殿は」
「ひどい話だろ?」
「ひどい?」
「このままじゃ俺、働き者になってしまうよ」
「いいことではないか」
「……いい、こと?」
俺はブチギレた。
火山みたいに噴火した。
コノヤロー。
「いいはずがないだろう!」
冗談で拳を叩きつけて怒鳴ると、これまた冗談みたいな高さまで水柱がどーんと立ち上がった。
そういえば、『怪力乱神の衣』を着ていたのだった。
「ほ、砲撃か!? 伏せろ、サグマ殿!」
シュビーが素早く俺を押し倒し、硬い鎧の下敷きにする。
ガヤガヤと大勢が動く気配がして、欄干の陰から抜剣した騎士たちが次々に飛び出してきた。
シャノンが光る10本爪を伸ばして立ちはだかる。
一触即発の事態だ
どうしたんだよ、突然……。
「落ち着け。砲弾なんて1発も飛んできちゃいないから。俺が腹立ち紛れに殴ったのが悪かったみたいだ」
もう一度拳を振り下ろすと、どーんと水柱が上がって大粒の雨が降ってきた。
頭を冷やせ。
「いや……。どんな腕力をしているんだ、貴殿は……」
シュビーが当然の反応を示す。
返答に窮していると、シャノンが先に口を開いた。
「それにしても、騎士様。兵を潜ませておくとは何事です?」
「いや、皆で町の見回りをしていて、だな。その、大勢だと貴殿らを驚かせるだろうからと隠れさせていてだな、深い意味はハハ、ないんだウン」
もう少し自然に弁明できないものだろうか。
まあ、シュビーは俺を守るような動きを見せた。
敵対する意思があるわけではないのだろうけど。
話に一区切りがつき、おしゃべりはここまでとなった。
軽い挨拶を残して立ち去ろうとするシュビーを俺は引き止めた。
「シュビー、俺が魔道具を作れるってことは内緒にしておいてくれないか?」
「む? それはなぜだ?」
「魔道具を作ってくれって奴が大挙として押しかけてくると嫌だからだ。最悪、俺は拉致監禁されて魔道具作成強要不眠不休奴隷労働の憂き目に遭い、生き地獄になりかねない。俺はスローライフがしたいだけなんだ」
「貴殿に迷惑はかけん。己が剣に誓い、他言せぬと約束しよう」
騎士らしい信頼に値する宣誓だった。
「おーい、サグマ!」
孤児院の方角からシャックスが長い脚で駆けてくるのが見える。
「領主の使いって奴がお前を訪ねて来たぜ? 何かやらかしたのか、お前?」
その言葉を聞いた途端、シュビーが目の色を変えた。
剣で突くような視線を横顔に感じながら、俺は素知らぬふうに首を横に振った。
まあ、事実まったく心当たりがないのだが。
シャノンの犬化に騎士団、そして、領主か。
なんだろうなぁ。
俺の知らないところで何かが起きようとしている気配がムンムンだ。
本当にお願いだから厄介事は持ち込まないでくれよ。
俺は重い足取りで孤児院へと向かった。




