43話
「おはようございます、サグマ様」
朝一番、枕元に立つ猫耳シスターが強い視線を送ってきた。
「おはよう、シャノン。今日もなんだな」
俺も負けてなるものかと見つめ返す。
シャノンが布団をめくってくれたので、俺は仕方なく起きることにした。
「朝なのに起きる俺ってどう思う?」
「ご立派です。神だと思います」
「そうだろう」
俺は視線をそらさないように注意しながら手探りで窓を開けた。
湿気のある冷たい空気が鼻腔に心地よい。
今日もベルトンヒルは雨みたいだ。
「シャノン、毎日起こしに来るつもりか?」
「当然です」
「そんなことしたら、俺が規則正しい生活を送ってしまうだろ」
「何か問題でも?」
「問題大アリだ。スローライフっていうのはな、もっとこう、怠惰でないといけないんだ。規則性なんてあっちゃならないんだよ。寝たいときに寝たいだけ寝る。それがスロラーのあるべき姿なんだ。お前はそれを邪魔しているんだよ」
「……っ」
シャノンは目を見開いて、ショックを受けたようにふらふらと後退した。
「私としたことがサグマ様の安眠を妨げてしてしまうなんて……。わかりました。明日はもう起こしません。サグマ様が起きられるまで近くで見守ることにします」
「それでいい」
いや、全然よくないな。
見守られていることに安心感を覚えるほど俺は幼くないぞ?
大人びてもいないがな。
「というかシャノン、本業のほうはいいのか? 大冒険がお前を待っているはずだろ」
「それが、雨季にはダンジョンが水没してしまうそうなのです。依頼の数も激減するので、水が引くまでの1ヶ月は冒険者たちも休業になるそうです」
へえ、と思った。
ベルトンヒルは雨季真っ只中だ。
初夏のこの時期には1年分の雨が降る。
地下に染み込んだ雨水が雪解け水と相まってダンジョン内で洪水を起こす、なんてこともあるだろう。
しかし、残念だ。
せっかく冒険者登録をしたのにダンジョンに入れないとは。
水の中で呼吸できる魔道具でも作ってみようかしら。
「サグー! おはよー!」
ばかーんとドアが開いて、白い髪を弾ませたエルフ娘が飛び込んできた。
フィオである。
「ちょっとあんたに頼みたいことがあんのよ……ね?」
快活な笑みを浮かべていたフィオはシャノンを一目見るや凍りついた。
「どうしたんだ? まるで俺の部屋に猫耳シスターの先客がいて俺と見つめ合っていたみたいな顔して」
「いや、事実としてそうじゃないの」
なによヤらしいわね、とか言いながら、フィオが視線を遮る位置に割り込んでくる。
目をそらしたら負けゲーム・第2回戦はドローで終わった。
しかし、シャノンのほうは第3回戦を始めている。
お相手はフィオである。
「ハーイ、シャノン。なんであんたが朝っぱらからサグの部屋にいるのかしら?」
「フィオレット様、シスターの職務とはなんでしょう? 神に仕えることではありませんか?」
「それがなんでここにいるのかって話よ」
「こここそが、我が神のおわすところだからです」
「意味わかんないわよ……」
「それと、朝っぱらからではなく、昨夜からおりました」
「ふぁ……!?」
俺もふぁ!? と叫びかけた。
一晩中何をしていたんだ、こいつは。
第3回戦が終わるのを待って俺はフィオに尋ねた。
「で、頼みたいことってなんだ? ……いや、言わなくていい。お前の悩みといえばアレしかないもんな」
「アレってなによ?」
「フィオ、俺もどう伝えていいかわからないんだ。でも、玉虫色の言葉で取り繕ったりせず、まっすぐ言うぞ」
「……?」
「いくら『魔道具作家』の俺でもな、フィオでも婚約者をゲットできる夢のような魔道具なんて作れないんだ。ガワはいいんだ。物に頼ろうとしないで、そのトゲトゲした火薬みたいな性格なんとかしろよ。一生行き遅れるぞ?」
「ここで爆発してトゲトゲまき散らしてやろうかしら」
ブチギレ寸前みたいな顔で拳を固め、ゴゴゴゴゴと大地と大気を激震させるフィオ。
冗談が過ぎたらしい。
殴られるのを見越してガードを固めていると、今度はシャックスが颯爽とやってきた。
「おいサグマ! 魚になれる魔道具、作ってくれよ!」
藪から棒に何を言うんだ、こいつは、と思った。
でも、少し考えて合点がいった。
「水没したダンジョンに潜りたいんだな、お前たち。フィオの頼みごとってのもこれだろう」
「そういうことだ」
「察しがいいわね、サグ」
シャックスは腕を組んで悪巧みするような顔をした。
「ライバルのいない今の時期が狙い目なんだって。ジョルコジのジジイが穴場の情報を仕入れたって言うしよ、ガッポリするためにはお前の魔道具が必要なんだよ。雨季が終わるまで1ヶ月も手持ち無沙汰ってのは財政的にもキチーしな」
ギルドが財政難では孤児院への支援も滞る。
それは、由々しき事態だ。
だが、ギルメン全員分の水中活動用装備を揃えるとなると、俺のスローライフはどうなる?
めちゃくちゃになること間違いなしだ。
「お兄ちゃん! 大変だよー!」
シャックスにお断りの返事をしようとしたところで、マイヌが駆け込んできた。
太い尻尾をぶんぶん回して涙目で訴えてくる。
「雨続きで孤児院のあちこちがカビだらけなの! お兄ちゃん、便利な魔道具出して!」
ため息が出そうになった。
お前ら、どんだけ俺を働かせたいんだよ……、と。
朝っぱらからわらわら詰めかけてきたかと思えば、あれ作れ、これ出して、だ。
怒り心頭に発して、俺は口汚く罵った。
「お前たちはスローライフの敵だ! この働き者! 早寝早起き! 規則正しい生活! 意欲的な毎日! お前たちなんかな、ただの頑張り屋なんだよ!」
「褒めちぎってんじゃねえよ」
「なんか照れるわね……」
「サグマ様に褒めていただけるなんて人類史上最高の栄誉です」
「お兄ちゃんも少しは見習うといいよ?」
さて、おふざけはここまでにしよう。
「わかった。作ってやるよ」
俺も水中で活動できる魔道具が欲しかったところだ。
それに、カビの生えた家ではくつろげない。
利害の一致というやつだ。
少しだけ仕事してやるとしよう。
大喜びする4人を尻目に、俺は工具を手に取ったのだった。




