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4話


 ガタゴトと心地よい音を立て、乗合馬車は進む。

 車窓から顔を出すと冷たい風が頬をなぶって爽快だった。

 街道沿いに生えた木々が緑のトンネルを作っている。

 木漏れ日の明滅を見ながら俺はうんと背伸びした。


「スローライフしてるなぁ、俺」


 王都を出て2週間ほどになるだろうか。

 揺れる馬車の客室でぽかーんと景色を眺めているだけの退屈な旅路だったが、忙しいより何十億万倍もいい。

 好きなだけ眠れるし、嫌味な上司も無理難題を吹っかけてくる顧客もいない。

 ただ流れていく景色を見ているだけの時間がこれほど素晴らしいとは。

 追放されて本当によかった。


「あんちゃん、変な奴だねぇ」


 少し離れたところに座る顔色の悪い男が声をかけてきた。


「普通、馬車の旅なんて疲れるばかりだぜ? 現にオレは馬車酔いでずっとこんな調子だ。しかし、あんちゃんはどんどん元気になってるように見えるなぁ」


「無職ってのは気楽なんだ」


「へへ、そりゃいいねぇ。まっ、あんちゃんならすぐにでも仕事を見つけられるさ。なんたって驚くほど手先が器用だからなぁ」


 仕事を?

 見つける?

 冗談じゃない。

 俺はもう一生働かないつもりでいる。

 仕事を見つけるなんて絶対にしないし、仕事にも見つからないように誰も知らないド田舎でのんびり暮らすつもりでいる。


「本当にたいしたもんだよ。お客さんの器用さには助けられたなぁ」


 壮年の御者がよく日に焼けた顔で振り返った。


「王都を出て5日目だったかな。車軸がイカれて馬車が動かなくなっちまったときは頭を抱えたね。最寄りの町まで丸1日はかかる場所だったし、周りは魔物も出るって噂の森だったからね。お客さんがパパッと直してくれて本当に助かったんだ。感謝してるよ」


 そんなこともあったな、と思い出す。


「しっかし、不思議だね。壊れる前より速くなったような気がするよ。3日も早く出た馬車を追い抜いてしまったしね」


「そういや、客室もあんまし揺れてねえなぁ。王都を出たときはもっと酔いが酷かったんだがねぇ」


 それはそうだろう。

 車軸を直したとき、魔道具作りのノウハウを活かしてちょちょっと細工をさせてもらったからな。

 衝撃吸収機能サスペンションを取り付けたから、悪路を走っても小舟に乗っているような揺れしか感じなかったと思う。


「お客さんだけ特別に乗車賃はなしでいいよ。むしろ、こっちから払いたいくらいだ」


 それは願ってもない申し出だ。

 王都から持ち出せたものはスーツケース1つだけだった。

 先立つものもないから今は一銭が惜しい。


「それにしても、運がよかったよな。王都からここまで一度も魔物を見なかった」


「ああ、亡骸ならゴロゴロ転がっていたがな」


「みんな体にえらい穴があいていたな。まるで蜂の巣だ」


「オレたちの前をおっかねえ冒険者の一行が進んでんのかもな。心強ぇこった」


 乗客がそんな話で盛り上がっている。

 しかし、この馬車の前をいくのは冒険者ではない。

 俺が作った自立ドローン型の魔道具だ。

 露払いをさせているから俺たちはのんきな馬車旅を楽しめているというわけだ。

 でも、言わぬが花だ。

 黙っておく。


「もうすぐ終点ベルトンヒルだよ」


 御者の頭の向こうに懐かしい丘が見えてきた。

 あの丘を越えたところに故郷の村がある。

 村の孤児院で育った俺は12歳で王都に出た。

 あれから、4年と少し。

 丘の向こうには今もきっとあの頃と何も変わらない風景が広がっているはずだ。


 見渡す限りの田園風景。

 人よりも牛や羊のほうが多いところで、住民はみんなおおらかでのんびり屋だった。


 風に乗って故郷の匂いが香ってくるような気がした。

 俺は鼻から思いっきり吸った空気を肺の中で深く味わった。

 懐かしい香りだ。

 思わず、涙が出そうになる。


 それはまあ、さておきとしてだ。


「……んん?」


 俺は首をかしげた。

 いまさらだが、妙に街道が整備されている気がする。

 昔は獣道も同然だったのに、今走っているのは石畳の上だ。

 道中、やたら馬車とすれ違ったのも気になる。


 それと、だ。

 俺以外の乗客がみんな冒険者風の装いをしているのはなぜだろう。

 この辺には冒険者が好むものなんて何もないと思うのだが。


 そうこうしているうちに、馬車は丘を登りきった。

 ついに帰ってきたのだ。

 俺は胸がいっぱいになるのを感じながら眼下に広がる故郷の景色を見つめた。

 そこには、緑の海のような田畑があり、たくさんの家畜が……。


「っ?」


 なんだろう、思っていたものと違うものが見える気がする。

 見間違いかな。

 目をこすってみる。


「うん」


 見えている景色に変化はない。

 じゃあ、寝ぼけているのかな。

 3回頭を叩いて頬をツネる。

 それでも、結果は変わらなかった。


「え、……町?」


 町が見える。

 それも、大きな町だ。

 王都ほどではないが、ここまでに寄ったどの町よりも大きい。

 都市規模はある気がする。


 そんな町がドカンと眼下に広がっている。

 故郷の村があったはずの場所にだ。


「いや、は? 俺の田舎、消えたんだが……」


 キツネにつままれた気分だった。

 もしくは、頭がおかしくなった気分。

 あのピンクの煙には本当に錯乱効果があったのかもしれない。


「ああ、お客さんはここの出身なんだね」


 御者のおっちゃんが柔和な顔で言った。


「昔は小さな村があるだけの寂しいところだったよね。でも、4年くらい前だったかな。ここの地下で巨大な遺跡群が見つかってね。いわゆる、ダンジョンだよ。それ以来、冒険者たちが大挙として訪れるようになってね、開発が急ピッチで進んだんだ。来るたびに町が大きくなっていくから、まるで地面から町が生えてきた気分だったね。まあ、そんなわけで、今やこのベルトンヒルは大陸で一番忙しいところになったってわけさ」


 大陸で一番忙しい?


「え、じゃあ俺のスローライフは?」


「ここではちょっと難しいんじゃないかな?」


「おっちゃん、今すぐ引き返してくれ」


「お断りだよ。実は私もこの旅を最後に冒険者に鞍替えしようと思ってね。さあ、今日から忙しくなるぞう」


 喜々として忙しさを歓迎するおっちゃんが俺には妖怪か何かに見えた。

 いや、妖怪なんてどうでもいい。

 一大事だ。

 俺がスローライフを送るはずだった村が名前だけ残して消えてしまった。


 そういえば、フィオに故郷の話をしたとき驚かれた気がする。


「え、あのベルトンヒルなの!?」


 って感じでだ。

 なぜ最北端の辺境地にすぎない俺の故郷を知っているのかと疑問に思ったが、あのときにはすでに開発が進んでいたのか。

 ずっと工房にこもりきりだったから世情にも疎くなっていた。

 まさか俺の知らないうちに村が都市に化けていようとは。


 しかも、大陸イチ忙しい都市!?

 それは、つまりスローライフから最も遠い場所ということじゃないか。


「はい、長旅お疲れ様。到着だよ」


「うわぁ……」


 俺は地獄の入口で馬車を降りたのであった。


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