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33話


 翌朝。

 俺は何かが割れるようなけたたましい音に叩き起こされた。

 寝床にしていた執務室を飛び出して、音のした1階に下りる。


 騒ぎに気づいたギルメンたちがすでに廊下に集まっていた。

 窓が破れていて、床や壁に赤いまだら模様ができている。

 大いに嫌な予感を覚えつつ、俺は人垣をかき分けた。

 そして、息を呑んだ。


「……」


 廊下に豚が転がっていた。

 丸々と太った豚だ。

 あちこちズタズタに切り裂かれ、腹からこぼれ出た臓器が蛇のようにとぐろを巻いていた。

 寝起きに見たい光景ではない。


「誰がこんなことを……」


「豚を投げ込むなんてこと、並みの冒険者にできっこないわよ。エルドの仕業に違いないわ」


「陰湿なことしやがって。こんなの当たったら死んじまうぞ。まあ、そういう意味じゃラッキーだったな」


 フィオは赤鬼のように怒り狂い、シャックスは寝起きで低調なせいかヘラヘラしていた。


「ラッキー、か」


 俺は探偵みたいな顔で切り出した。


「エルドは陰湿な奴だが、狡猾な奴でもある。ただ豚を投げ込むためだけに朝っぱらから出張ってこないだろう」


「それってつまり、二の矢があるってこと?」


「……ッ!」


 フィオの言葉でシャックスがカッと目を見開いた。

 弾かれるように窓辺に駆け寄り、何を思ったか左足を突き出した。

 割れた窓の外に六角形のガラスのようなものが展開される。

 結界だ。


 直後、ドンと重い音がした。

 結界の向こう側が赤く染まっている。

 窓の外に落下したのは、やはりというべきか、豚の惨殺死体だった。

 なぜか血のついた岩も転がっている。


「サグマ、ご明察だぜ。エルドの野郎、もう1頭投げてきやがった。それもさっきよりデカイ豚にご丁寧に岩まで詰めてやがるぜ」


 1頭目の豚で人を集め、そこに2頭目を投げ込む。

 ダブルタップ攻撃か。

 なるべく被害を大きくしてやりたいという執念めいたものが感じられる。


「野郎、逃がさねえ!」


 シャックスが窓から庭に飛び出した。

 こちらの頭に血を上らせるのも、エルドの作戦のうちかもしれない。


「深追いはするな。一人になるのも禁止だ。これは、ギルマスとしての命令だ」


 俺は鋭く言い放った。

 不服そうにするシャックスにさらに強い口調で畳み掛ける。


「命令を破ったらカンチョーだからな」


「なかなかの剣幕でくだらねえこと言ってんじゃねえよ。……ま、奴の手のひらで踊らされんのも癪だ。おい、何人かついてこい」


 それでいい。


 30分ほどしてシャックスは戻ってきた。

 憤懣やるかたなしという表情を見るに、下手人を捕まえるにはいたらなかったらしい。


 その日の正午、今度は上階のほうから大きな音が聞こえてきた。

 庭に出ると、屋根に穴があいているのが見えた。

 ごん、ごん、という硬い音に合わせて、白が映える豪邸の壁に黒い穴があいていく。


「投石だ! 本部に戻れ!」


 シャックスの声で一斉に引き上げ、頑丈な家具の陰に身を隠す。

 リンゴ大の岩が壁を貫いて部屋の中を跳ね回っている。

 これには歴戦の冒険者たちも阿鼻叫喚だった。


「どの岩も丸いわ。きっと川原のほうから投げつけているのよ。あたしが射返してやるわ!」


 ベッドの下から抜け出したフィオを俺は引き戻した。


「反撃はエルドも織り込み済みだろう。建物を盾にして投げているはずだ」


天星穿つ雷角(アド・アストラ=ピエ)』はどこまでもまっすぐに矢を飛ばすことをコンセプトにしている。

 たとえ居場所がわかっても曲射できなければ狙うことはできない。

 まあ、建物をぶち抜くことはできると思うが。


「じゃあ、こっちから打って出るか?」


 シャックスが柱の陰で体をピンとさせて言う。


「いや、それもうまい手ではないだろうな。エルドなら4~500メートル先からでも軽々と投石できるはずだ。川原につく頃にはもういなくなっているだろう」


 そんな会話をしているうちに、岩の雨は降り止んだ。

 しばらくして、ギルド本部の扉を乱暴にノックする音が聞こえてきた。


「ついに乗り込んできやがったか、エルド!」


 扉を蹴破るような勢いでシャックスが応対する。

 しかし、客を見るや、あっけにとられた様子で目をぱちくりさせる。

 客は20人くらいいた。

 全員が冒険者で、半数以上がひどい怪我を負っている。

 よく見れば、何軒か隣に居を構える冒険者ギルドの面々ではないか。


「おい、『時はゆっくり(ダラーブラット)』さんよぉ。こいつはどういうことだ?」


 ギルマスの男が吊るした腕を突き出してくる。


「その腕、どうしたんだ?」


「トボけてんじゃねえよ、シャックスエルク。あんたンとこの若いのにやられたんだよ。金ピカの野郎にな。どう落とし前つけてくれるんだ? あァ?」


 シャックスはわかりやすく真っ青になった。

 金ピカの野郎というのは、考えるまでもなくエルドだろう。

 どうも、『時はゆっくり(ダラーブラット)』の名を騙って悪さをしたらしい。


 シャックスは即座に頭を下げた。


「すまねえ。その金ピカはウチの元・メンバーだ。オレたちに恨みを持っていて、あんたたちが狙われたのもウチへの嫌がらせのためだと思う」


「ヘッ、ギルド抗争を起こさせるのが狙いか。まあ、オレらも馬鹿じゃねえ。悪いのが金ピカ野郎だってことも理解した。ケジメさえつけば引き下がらねえでもねえよ」


「ああ、ウチの争いに巻き込んじまった形だ。落ち度はオレたちにある。やられた分はオレに返してくれていい」


「いい度胸だ!」


 ビシッ、バシッ、ドカ――ッ!!

 シャックスは袋叩きにされて戻ってきた。

 玄関扉にもたれかかって尻餅をつき、ヘヘと笑う。


「心配いらねえぞ。あんなへなちょこパンチ、屁でもねえ」


「そう伝えてくればいいんだな。よし、行ってくる」


「いや、絶対やめろ! 今度こそ抗争になっちゃうから……!」


 冗談だ。

 しかし、笑ってもいられない。

 エルドのやりくちは思った以上に陰湿だ。

 自分の姿をさらすことなく、遠巻きから仕掛けてきている。

 これでは殴り返すこともできない。


 目立つ格好をしているから、こちらから捜すことはできると思う。

 しかし、奴を捜して町に出れば、カラの巣になった本部が狙われかねない。

 病床のジョルコジや非・戦闘系の冒険者たちが危険にさらされることになる。

 抜き差しならない面倒な状況だ。


「何より最悪なのが、俺がスローライフを送れないってことだ。……で、あってるよな?」


「あってないわよ」


 ツッコミを入れられた衝撃で名案が浮かんできた。


「とりあえず、要塞化するか。この豪邸」


 結界魔道具で守りを固めるのだ。

 錯乱が狂言だったとエルドに知られることになるが背に腹は代えられない。

 さっそく取り掛かることにした。


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