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32話


 ギルド本部の地下に設けられたワインセラー。

 大の酒好きのジョルコジはそこを私室にしているらしい。

 とはいえ、安酒嗜好もあってワインボトルは1本も置かれていなかった。


「ジョルコジ、お見舞いに来たぞ」


 俺は努めて明るい声を出した。

 酒樽の廃材で作ったベッドの上に人型の包帯が横たわっている。

 両腕には木が添えられ、両脚は吊られている。

 唯一肌が露出している顔もボコボコに膨れ上がって赤だか青だかわからない色になっていた。


「路地裏で倒れているのを近くの酒場のママが見つけてくれたそうよ。回復役ヒーラーがつきっきりで看病してようやく峠を越したとこなの」


 フィオが泣きそうな声で言った。

 俺は椅子にぴったりなサイズの酒樽を見つけてベッドの横に座した。

 持ってきた安酒をボコボコの顔に浴びせかけてやる。


「ちょっとサグ! 怪我人になんてことすんのよ!」


「お前には聞こえないのか、フィオ。ジョルコジには治癒魔法よりこっちのほうが効くと酒の神がおっしゃっているだろ」


「ヒ、ヒ……。そのとおり、だぜぇ……」


 腫れ上がったまぶたの隙間からつぶらな瞳が覗いている。


「両手両足……それから指も全部ぅ……。バッキバキにされちまったがよぉ、ギルドのこともサグマのことも、オレっちぃ、口を割らなかったんだぜぇ……」


「拷問されても吐かないなんて、ジョルコジはすごいな。胃の中のものはよく吐いてるくせに」


「余計な一言を付け加えてんじゃねえよ」


 シャックスにゲシッとされる。


「エルドの野郎から……伝言を預かってるぜぇ」


「言いたいことがあるなら自分で言え。そう伝えてくれ」


「重傷者に伝言ゲームさせてんじゃないわよ。あんたが自分で言いに行きなさい」


 フィオにもゲシッとされた。

 すまない。

 俺が間違っていた。

 黙って聞こうじゃないか。


「復讐劇の始まりだぁ……。一人ずつ狩ってやる。僕をコケにしたことを後悔しながら死ぬがいい。――奴ぁそう言っていたぜぇ」


「……そうか。エルドがそんなことを」


 伝言の内容はおおむね予想通りだった。

 相変わらず、身勝手な奴だ。

 逆恨み以外のなにものでもないじゃないか。


「でも、ジョルコジ。どうして語尾にニャをつけたんだ? エルドは猫になってしまったのか?」


「何聞いていたのよ。ニャなんて一言も言ってないでしょ。馬鹿なの?」


「下がってろ、お前は」


 さすがにボケすぎたらしい。

 俺はシャックスとフィオに両脇を抱えられ、部屋の隅まで連行された。

 で、バケツの代わりに激重なビール樽を持たされる。

 当然の報いだ。

 喜んで受け入れよう。


「ったく、ガキかよ、あの野郎。王都からわざわざ追いかけてきて復讐だとよ。被害者ヅラしやがって。お前が加害者だろって話だぜ」


「ほんとバッカみたい。元とはいえ仲間に対して死ねだなんて、性根が腐ってるのよ」


 二人は思い思いにこき下ろした後、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「でも、面倒ね……」


「ああ、なんだかんだ言ってあいつはSランカーだ。それもオレみたいな偽物じゃねえ。本物のバケモノだ。敵に回すとなると厄介だぞ」


「今のあたしたちなら勝てるんじゃない? サグの魔道具があるもの」


「どうだろうな。二人で奇襲しても微妙なところだな。それに、勝つなんて言うが、これは飲んでやる喧嘩じゃねえ。向こうは殺す気でくる。フィオ、お前に奴を殺す度胸があんのか?」


「……」


 二人はそれっきり重っ苦しい表情で押し黙ってしまった。

 こんな空気にされては治るものも治るまい。


「ジョルコジ、この酒樽にストローをつけてやるよ。そうすれば、手を使わなくても飲めるだろう?」


「おぉぉ、ありがてぇなぁ」


 ジョルコジは視線を枕元に向けた。

 そこには、スキットルが置かれている。

 いつだったか俺が作った大容量&冷却機能付きの魔道具だ。


「ヘヘ、サグマよぉ……。オレっち、こんなザマになっちまったが、お前に作ってもらった相棒だけは無傷で守り抜いたんだぜぇ。こいつぁオレっちにとって命より大事なものだからなぁ」


「そうか。大切にしてくれて嬉しいよ。早く天国に行けるように空を飛べる魔道具も作らないとな」


「「不謹慎!!」」


 ダブルでゲシッとされた。

 そりゃそうだ。


 ジョルコジは目をつむって苦しげに胸を上下させている。

 こんなになっても俺の魔道具を手放さなかったのか。

 体をダンゴムシのように丸めて守ってくれたに違いない。

 なんだか胸が熱くなる。


「シャックス、フィオ」


 俺は二人と向き合った。


「当面、メンバーたちにパーティー単位での行動を徹底させてくれ。絶対に一人にはなるな。群れからはぐれたら狩られると思ったほうがいい。それから、しばらく誰も孤児院に近づけさせるな。これは、俺たちの問題だ。子供たちを巻き込むわけにはいかない。俺もしばらくはここで暮らす。異論はないな?」


「ああ、ないぜ。了解だ」


「あたしもよ。……でも、あんたがまともな指示を出すと、変な雨が降ってきそうで逆に怖いわね」


 そうか?

 そうだな。

 まあ、この際、血の雨じゃなければなんでもいい。

 俺も自分にできることをしないと、だ。


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