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3話 ジョルコジ


 ジョルコジはスキットルにしゃぶりついた。

 キンキンに冷えた芋酒が喉を滑り落ちると、少し遅れて胃の腑に火がともる。

 酒はいい。

 初めて口にした日からかれこれ50年は経つが、毎日欠かすことなく飲んでいる。

 痛みも苦悩もすべてを消し去ってくれる万薬の長だ。


(もうちっと雰囲気がよけりゃ言うことナシなんだがなぁ……)


 ギルド本部1階の角部屋――魔道具工房にはギルマスのエルドを除く全メンバーが勢揃いしていた。

 誰も彼も判で押したように辛気臭い顔をしている。

 この工房の主――サグマの狂乱っぷりを目の当たりにしたのだから無理もない。

 ジョルコジもまた言いようのない胸糞悪さを感じていた。


『んぴょおおおおお! んぴょおおおお! ひゃっほぉぉぉぉ!』


 クールで勤勉だったサグマがまるで別人のように成り果てていた。

 ドラゴンを一瞬で卒倒させるガスを吸ったのだ。

 サグマの脳みそは床に落ちた豆腐のような有様なっているに違いない。

 もう二度と正気には戻れないだろう。


 彼は魔道具作りのスペシャリストだった。

 王都に職人多しと言えども彼を越える名工は一人としていない。

 平時であれば、あんな初歩的なミスをするはずがないのだ。

 過酷労働で疲弊し、注意が散漫になっていたのだろう。

 元凶は間違いなくエルドである。


「あんたたち、これでいいわけ?」


 叩きつけるようなフィオレットの声で酔いが吹き飛んだ。

 エルフ特有の整った顔が耳の先まで真っ赤になっている。


「くそがァ!!」


 長身の青年――シャックスエルクが作業台に拳を振り下ろした。

 ミキリと音を立てて台に亀裂が走る。


「オレぁもう我慢ならねえぜ! サグマをあんなになるまで酷使しやがって。エルドの野郎、ぜってえに赦せねえ!」


 そうだそうだ、と賛同の声が上がった。


「オレはなぁ、サグマに返しきれねえほどの恩があるんだ」


 そう言ってシャックスエルクは両膝をさすった。

 4年前、彼は依頼中の大怪我で両脚を失った。

 そんな彼が今も冒険者を続けていられるのは、サグマの作った魔動義足『難関走破メロスレッグ』のおかげだった。

 魔法の義足は生身の脚とは段違いの運動性能を発揮し、彼を瞬く間に高位冒険者ハイランカーへと押し上げた。


 弓使いであるフィオレットにしても同じだ。

 種族柄、細身の彼女は筋力不足からくる深刻な制弓難に悩まされていた。

 その悩みを解決したのがサグマ謹製の弓と篭手ガントレットだった。


 魔弓『天を射る(スカイ・トウ)』は他のどんな弓よりも強力な一矢を放つことができた。

 そして、篭手『精密御手アキュレッサー』は剛弓を容易に引き絞り、構えればビタリと安定した。

『もやし弓のポンコツエルフ』と蔑まれていた彼女も、今では『剛弓のフィオレット』と呼ばれる王都屈指の名手である。


 すべてはサグマのおかげだった。


 二人だけにとどまらず、『時は金なり(ダラープラント)』の面々は皆、サグマが作る魔道具の恩恵を受けていた。

 かくいうジョルコジも愛用しているスキットルはサグマにねだって作ってもらったものだ。


 見た目の10倍近い容量を持ち、おまけに冷却機能付き。

 いつでもキンキンに冷えた酒にありつける、飲んだくれ垂涎ものの傑作魔道具だった。


 みんな心からサグマを慕っていた。

 それゆえに、エルドへの怒りは抑えがたいものになっていた。


「魔道具だけじゃないわ。あたし、エルフだし、王都じゃ珍しいでしょ? 人さらいに目をつけられて路地裏で襲われたことがあるのよね。サグが駆けつけてくれなかったらどうなっていたかわからないわ……」


 フィオレットは身を震わせた。


「サグ、ケンカ弱いくせに、あたしのために戦ってボコボコになってくれたんだから」


「それで、お前はすっかり惚れちまったんだよな」


「そ、そんなんじゃないわよ……」


 シャックスエルクは怒りを鎮めるようにフゥと息を吐き、ツヤのあるライトブラウンの髪を後ろになでつけた。


「オレたち、サグマには数え切れねえほどの恩があるよな。なのに、その恩を誰も返しちゃいねえ。恥ずかしい話だぜ」


 ギルド『時は金なり(ダラープラント)』が王都の一等地に居を構えることができているのも、サグマの稼ぎによるところが大きい。

 遠征のための費用も彼の魔道具が生み出す利益から捻出されていた。

 サグマがいなければ、このギルドは立ち行かなくなるかもしれない。

 大きな恩とともに、そんな漠然とした不安を皆が感じているようだった。


「サグマ、あんなにイカれちまって……」


「きっと治るわ。あたしは諦めない」


「ああ、オレたちが支えてやらねえとな。それが義理ってもんだ。仲間ってもんだ」


 今日まで誰もがサグマに甘えてきた。

 疲弊しているのを知った上で目をつむってきた。

 心配する素振りを見せつつも力にはなれずにいた。

 何かしたい、何かしなければ。

 思うだけで何もしなかった。


「今度はオレたちがサグマを支える番だ! こんなギルド、辞めちまおう。みんなで辞めりゃ何も怖くねえよ」


 シャックスエルクが皆の言葉を代弁した。

 異論はまったく出なかった。


「おい、誰かサグマの行き先を知らねえか?」


「故郷に帰るんじゃないでしょうか。乗合馬車に乗り込んでいくのをボク、見ました」


「その故郷ってのは、どこだ?」


「それがさ、あたしも聞いて驚いたんだけどね、彼の故郷、あのベルトンヒルらしいのよ」


「「「ベルトンヒル!??」」」


 フィオレットの言葉で一同は騒然となる。


「ベルトンヒルといやぁ、今一番ホットな迷宮都市じゃねえか」


 数年前、王国の最北端にある小領地で巨大な古代遺跡群ダンジョンが発見された。

 それまでド辺境の片田舎にすぎなかったその地は、今では一大都市に成長しており、「冒険者の聖地」などと呼ばれるようになっていた。


 シャックスエルクの顔がわかりやすく紅潮した。


「カ――――ッ!! ベルトンヒルか! おっしゃ! オレらもサグマについて行って一旗あげようじゃねえか!」


「そうね! 王都近郊にはもう目ぼしいダンジョンはないもの! あたしたちの次なる冒険の舞台はサグマのいるベルトンヒルで決まりよ!」


 シャックスエルクは勢い込んで作業台に上がった。


「なあ、お前ら! オレたちでサグマを支えるんだ! そんで、新天地でてっぺん取ろうぜ! オレたちの冒険はこっから始まるんだよ! ――異論はねえよな!」


「「「おおおお――――――ッ!!」」」


 決起集会を尻目にジョルコジは最後の一口をあおった。

 そして、酒気を帯びた声で言い放つ。


資金カネはどうするんだぁ? えェ?」


「「「………………」」」


 熱に浮かされていた若者たちが金という現実を前に一瞬にして静まり返った。

 亀裂の入った作業台がバキリと折れてシャックスエルクが尻餅をつく。


「ぁいたたた……。おいおい、ジョルコジジイ。記念すべき門出だぜ? シラけたこと吐かすなよ。それに、サグマだって無一文からのスタートだ。頭もおかしくなっちまったみたいだし、ほうっておけねえよ」


「ちぃっ、若けぇもんはいいなぁ。オレっちはもう歳だし、勢いだけじゃ腰を上げられねえのよぉ」


「なんだよ、あんたは行かねえってのか?」


「ロハじゃ動けねえってだけだぁ」


 ジョルコジは酒とヤニで黄色くなった歯をニヒッと覗かせる。


「サグマの魔道具で荒稼ぎした金がエルドの金庫に山のようになってたろぉ?」


「まさか、あんた、アレに手を付ける気か? バレたらエルドの奴、ブチギレちまうぞ……」


「ギルメン全員で出ていきゃぁ、どっちみち怒髪天をつくぜ? なぁに、退職金代わりにもらっていきゃいいのよぉ。オレっちたちにゃ、その権利がある。それに、あれはサグマが稼いだ金だろぃ。本来の持ち主に返してやろうぜぇ」


 歳をとって体のキレは鈍る一方だったが、悪知恵のほうは昔にも増して磨きがかかっていた。

 全員の顔がニチャアと歪んだ。


「よし! 行くぞ、ベルトンヒルへ――!」


 かくして、ギルド『時は金なり(ダラープラント)』はここに崩壊し、15名のギルドメンバーたちは一路、聖地を目指すのだった。


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