26話
曲がりくねった洞窟を小一時間ほど進むと広い場所に出た。
広いといっても縦に広い。
急峻な谷のような地形だ。
切り立った断崖絶壁の中腹に人ひとりがやっと通れるくらいの道が続いている。
下からは轟々たる水の音が聞こえてくる。
雪解け水が作り出した地下渓谷といったところか。
ダンジョン名『轟きの断崖窟』の由来になった場所はここだろう。
崖に張り付きながら歩を進める。
「ヤモリになった気分だわ」
「一人だけ別の生き物もいるがな」
シャックスが俺を見て笑った。
背負った荷物で重心が後ろにある俺は、さながら岩にへばりついたタコのごとしだ。
体の向きを変えるのもやっとの状態だから、魔物とかに来られると大変困る。
しかし、そんなときに現れるのが魔物だったりする。
真っ黒な闇の中で何かが蠢いている。
キーキーと甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、背負っていた水樽に何かがぶつかった。
黒くて小さいものが次から次にぶつかってくる。
「まずい! 血吸いコウモリの大群だ!」
誰かの叫び声が無数の鳴き声でかき消される。
猛烈な数のコウモリに群がられているらしい。
「信じられねえ規模の群れだ……!」
「まずい! 引き返せ!」
「場所が最悪だ! 逃げ場がない! 戦うしかねえぞ!」
「こんな小っせえ奴ら、手に負えねえよ……!」
「あたしに任せなさい!」
弓を構えるフィオの姿がコウモリの猛吹雪の切れ間に見えた。
「メラメラトルネード!」
光る二色の矢が混じり合い、灼熱の暴風に変わった。
火だるまになったコウモリが赤い雨となって谷底に落下していく。
群れの大半を失ったコウモリたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
火と風の混合矢か。
数ある組み合わせの中から最適解を導き出したらしい。
やるじゃないか。
「どんなもんよ!」
フィオは細っそい腕でガッツポーズをかましている。
「なんだったんだ、今のは……」
「ガス爆発でも起きやがったか!? とにかく助かったぜ……」
依頼人各位は何が起きたのかさえ理解していないらしい。
シャックスは格上冒険者の技術を学びたいと言っていたが、こんな奴らから何を学ぼうというのだろう。
謎だ。
「おい、マジかよ。吊り橋が落ちてやがるぜ」
崖歩きにようやく終わりが見えてきた頃、衝撃の事実が発覚した。
対岸に伸びているべき橋が力なく崖に垂れ下がっている。
これでは、進むに進めない。
足元に転がっている石を拾ったドッガルが忌々しげに顔を歪ませた。
「落石が直撃したみてえだな。ツいてねえ」
「どうするよ? 迂回すると半日近くかかっちまうぞ。対岸にロープでも投げてみっか?」
「無駄だろ。引っかかりそうな場所が見当たらねえ」
谷の幅は10数メートルほど。
この距離を迂回するために半日を費やすのはあまり面白くない。
とはいえ、急峻な崖に加えて下は急流だ。
おまけに、水棲肉食魔物が落ちてくる餌を待ちわびてぐるぐる泳ぎ回っているという状況。
諦めムードが一同に広がった。
そんな中、シャックスが名乗りを上げた。
「対岸までロープを渡せばいいんだな。オレがやろう」
ロープの片側をフィオに託すと、シャックスは跳んだ。
助走をつけるスペースもないからさすがの健脚でも明らかに飛距離が足りていない。
うあっ、と一同悲鳴を上げたが、とうのシャックスはスキップするような足取りで宙を蹴った。
落下しかけていた体が二段ジャンプでもするように浮かび上がり、シャックスは軽快に対岸に着地した。
どうやら、結界を飛び石にして渡ったらしい。
「え……いや、は? あの野郎……は?」
「どんな身体能力してりゃ宙を蹴れんだよ。バケモンか……」
常軌を逸したシャックスの脚力と馬鹿火力を誇るフィオの魔弓。
そして、3人分の荷を背負ってケロッとしている俺。
ドッガル一行は次第に俺たちから距離を取るようになっていった。
「さすがにおかしくねえか? あいつら、今はBランカーなんだろ?」
「Bランカーの強さじゃねえよ。どう見てもAランのオレたちより動けてるじゃねえか」
「なんであんな奴らがオレらのパシリやってんだよ」
「なんか裏があんのか!? オレ、段々怖くなってきたんだが……」
そんな声が聞こえてくる。
前を行くシャックスとフィオがニヤッとしたのが後ろ姿からでも手に取るようにわかった。
「お前たち、また鼻が伸びてないか?」
「の、伸びてないわよ。ね、シャックス?」
「そ、そうだな。オレたちが活躍できるのはサグマのおかげだ。勘違いしちゃいけねえな、うんうん」
だいぶ図星臭いな……。
でも、失った自信を取り戻しつつあるのならいい傾向と言えるだろう。




