25話
「ま、どうしても受けてえというなら受けさせてやるぜ」
依頼人の男は不遜な態度で了承した。
「さっそくだが、ダンジョンに向かうぜ? 自己紹介やらなんやらは道中してやんよ」
俺たちは依頼人に続いて組合本部を後にした。
いわく、『四首犬の遠吠え』は4パーティー総勢12名からなるギルドらしい。
しかし、今朝方になって集団食中毒で2パーティーがダウンし、残った6名で依頼をこなさなければならなくなったのだとか。
応援依頼を出したのはそういう事情からだった。
「オレは筆頭パーティーのリーダー、ドッガルだ。こっちは第二パーティーを指揮しているペロッタだ」
大剣を背負ったドッガルと戦鎚を担いだペロッタ。
どっちも無精ひげのイカついおっさんだ。
「お前らの自己紹介はいらねえ。今やこの町一番の有名人だしな」
ドッガルが鼻で笑った。
「俺はサグマ・カウッドだ。乳首の感度は高いほうじゃない。よろしくな」
「いや、自己紹介はいらねえって今言ったばかりだろ。てめえの感じやすさなんて興味ねえんだよ」
と、ペロッタがすかさずツッコミを入れた。
なかなかやるな。
安心してボケられそうだ。
「サグの姓ってカウッドっていうのね。あたし、初めて知ったわ」
「嫁入りするとフィオレット・カウッドになっちまうな。よっ、カウッド夫人!」
「黙んなさいよ、シャックス!」
などとやり取りしているうちに、ダンジョンの入口が見えてきた。
町の真ん中に平然と地獄の入口があるのだから、迷宮都市というのは恐ろしい。
『轟きの断崖窟』――。
そう記された看板には3つの星が刻まれている。
B 難度ダンジョンであることを示す表示だ。
「ドッガル、依頼の詳細を教えてくれ。あんたらの目的はなんだ?」
「うるせえな。お前らは荷運びだけしてりゃいいんだよ。この腐れ駄馬が!」
暴言を浴びせられたというのにシャックスはなぜか笑っていた。
「言葉責めは嫌いじゃないって顔だな」
「んな顔してねえよ。ただ、オレたちも王都にいた頃はあんな感じだったよなと思ってな」
「そうね。さすがにあんなに口は悪くなかったけど、誰彼構わず見下していた節はあったかも。愚かだった頃の自分を見ている気分で恥ずかしいわ」
そう思えるのは二人が成長した証だ。
無知の知だ。
賢者への道は愚かしさを自覚するところから始まるのだ。
「ここにあるもんを全部運べ」
ペロッタがボンと樽を蹴った。
音からして中身は水のようだ。
飲み水の確保が難しいダンジョンでは荷物の重さの大半を占めるのが水だと聞いたことがある。
「あたしたちは水なんて運んだことないわよね。サグが魔力を水に変える魔道具を全員に作ってくれたもの」
「だいぶ恵まれていたんだな、オレたち」
「よっこいせっと」
俺は荷物をまとめて全部背負い上げた。
例のインナーを着ているから小枝1本分の重さすら感じられないが。
「おっ、なんだこいつ。3人分を一人で背負いやがったぞ」
「信じられねえ怪力だな……」
犬の人たちが恐れおののいている。
「だが、都合がいい。手持ち無沙汰のお前らで露払いをやりやがれ」
「依頼人の言い分は絶対だ。オレたちを楽させろよ、自称Sランカー」
俺のせいでシャックスとフィオが面倒事を押し付けられた形だ。
「仕事がデキるって実はデメリットしかないよな。その分、雇用主が仕事を増やすから、疲れるだけなんだ。そして、給料は変わらないという……」
「オレたちは構わねえぜ? これも、経験を積むチャンスだ」
「そうね。金を払ってでもこういった苦労はするべきだわ」
さすが王都でトップになっただけのことはある。
二人はトコトン前向きだった。
そんなわけで、シャックスを先頭にダンジョン入りする。
比較的安全な後方を依頼人御一行が歩き、最も安全な隊列中央には虎の子を抱えた俺が陣取る。
「サグ、今更だけど魔力酔いは大丈夫なの?」
フィオが形のいい眉をいびつに歪めた。
「心配は無用だ。魔道具で対策しているから」
今回は魔動武具をほとんど置いてきたが、いちおう『そよ風に揺れる』で守りを固め、『無を刻む剣』も忍ばせている。
「魔道具って言えばよ、覚えているか、あいつのこと」
「魔道具フルアームド・サグマンのことでしょ。忘れられないわよ、あんな人」
二人の話で俺はぎくりとした。
「情報ツウのジョルコジに聞いてみたけれど何も知らないって言っていたわ」
「オレも何人か町の冒険者をあたってみたが、知っている奴はいなかったな」
「高度な魔道具で武装した謎の冒険者。なんだかかっこいいわね」
「確実に言えるのは、サグマンがSランカーの誰かってことだよな」
「おい、お前ら」
ドッガルが怖い顔でやってきた。
「あんまりそういう話を口にするんじゃねえ。Sランカーってのはな、どいつもこいつもホンマもんのバケモノなんだよ」
「だな。奴らを同じ人間だと思わねえことだ。関わるのも興味持つのもやめたほうがいい。この世界で長生きしてえならな」
ペロッタも脂汗をにじませてそう言う。
「オレらが出くわしたあいつは優しそうな感じだったがな」
「でも、あのガウグロプスの斧を片手で受け止めたわ。その後、何をしたのかわからなかったけど瞬殺しちゃったし。やっぱり本物のSランカーってぶっ飛んでいるんだわ……」
シャックスとフィオの中では、俺はSランクのバケモノということになっているらしい。
冒険者ですらない奴を捕まえてなんてことを言うんだ。
そうこうしているうちに、魔物が現れた。
骨の体を持つ巨大な蜘蛛だ。
たしか、俺が初めて入ったダンジョンにもいた気がする。
「ゲッ、『上位骨殻蜘蛛』かよ。なんでこんな低級ダンジョンにいるんだよ。運がねえな」
「おい、仕事だぞ。早く片付けち――」
依頼人がそう言ったときには、シャックスはすでに風になっていた。
クラウチング・スタートの姿勢から電光石火で駆け出し、目にも止まらぬ早技で骨の蜘蛛をバラバラに打ち砕く。
道端の石を蹴飛ばすような気軽さで勝負が決してしまった。
「ほら、片付けてやったぞ。さっさと進もうぜ」
シャックスはほのかに赤みを帯びた脚で何事もなかったかのごとく歩き出した。
「い、今の見えたか? オレには速すぎて見えなかったんだが……」
「や、やるじゃねえか。自称Sランカー野郎……」
義足の調子は好調らしい。
さて、先を急ぎますか。




