22話
「初めてのダンジョンから帰ってきて1週間ほどが経ち、ようやくシャックスとフィオの新装備が完成した。広いところで試着と試射をするべく、俺は二人を連れて町の外に出た。二人にはまだ用件は伝えていない。ピクニックに行こうと嘘を言って呼び出したから、サプライズで新装備をお披露目すればきっと喜ぶだろう」
「サグ、全部聞こえてるわよ……」
「フィオが白い目で俺を睨んだ。シャックスは今日も薄っぺらいナンパ師みたいな髪型を恥ずかしげもなく風にさらしている」
「悪かったな。ぺらい髪でよ」
俺は町を見下ろす丘の上で足を止め、背負っていた木箱を下ろした。
シャックスとフィオが餌の匂いを嗅ぎつけた犬みたいに寄ってくる。
「なあ! さっき、新装備が完成したって言ったか!? 言ったよな!」
「修理じゃなくて新調なの!? 新しいの作ってくれたんだ!」
ま、まあね。
良質な材料が山ほどあったから作ってみたくなっただけだ。
別にあんたたちのことが好きとか、そんなんじゃないんだからね?
「俺は照れ隠しでそんなことを言いつつ、ツインテールを風になびかせた」
「おい、照れ隠しでどんなことを言ったんだよ」
「それと、あんたのどこがツインテなのよ……」
気持ちよくボケて、気がすんだ。
二人もうんざりしていることだし、ここからは真面目モードだ。
「そもそも俺、あまり修理は好きじゃないんだよ。一度作ったものをもう一度作り直すのは気が乗らなくてな。わかるかな、2日連続でカレーを作る感覚に近いんだけど」
「あー。わかる気がするわ」
包丁すら握ったことがなさそうなフィオが共感を寄せてくれた。
「で、少し手間はかかるが、新しい料理をすることにしたってわけだ。二人は今や『時はゆっくり』のツートップだからな。孤児院の支援を続けてもらいたい想いもある。新しい装備を作るくらいお安い御用だ」
俺は2つの木箱をボンと叩いた。
「俺から二人へのプレゼントだ。開けてみてくれ」
「うおおお! 感謝感激だぜ、サグマ!」
「サグ、後でほっぺにジュゥゥしてあげるわね!」
「なんで、焼きごてみたいな音なんだよ……」
二人が喜び勇んで木箱を開けると、中から目もくらむほどの光があふれ出した。
まぶしすぎて何も見えない。
「スペシャル感を演出しようと蓋の裏側に発光機能をつけたんだが、鬱陶しいだけだったな」
「あんた、あたしたちの新装備にイタズラしてないでしょうね?」
「サグマはその辺の分別はしっかりしているだろ。……で、あってるよな?」
シャックスは自信なさげだった。
まあ、その辺は安心してくれていい。
「まずは、シャックスの義足を試してみよう。さっそく頭に取り付けてみてくれ」
頭につけてどうすんだよ、とキレッキレのツッコミを入れてから、シャックスは義足を赤子のように抱き上げた。
白磁のごとき艶やかな曲面が陽光の下に映えている。
置物のように美麗だが、血管を思わせる赤い筋には力強さが感じられる。
「ほどよくずっしりくるなぁ。素材はなんだ? すべっすべだな」
「牛の大腿骨だ」
「へえ、割とありふれた素材なんだな」
そうか?
二足歩行の牛は俺的には珍しかったのだが。
ともかく、脚部の素材から作った義足だから脚への馴染みはいいはずだ。
「それじゃ、さっそく!」
シャックスは元の義足を外して、おニューの義足に付け替えた。
「おっ、なんかキュッと吸い付いたぞ!? この義足、ベルトで締め付けなくてもいいのか?」
「ああ、ズレたり蒸れたりして痛いのは嫌だろうなと思ってな」
「うおおおお! それだけでもう大満足だぜ! わかってんな、サグマ! 実はすっげえ悩んでいたんだよな!」
俺は使い手に寄り添うと決めた。
喜んでくれたのなら嬉しい。
「走ってみてくれ。転ばないように気をつけてな」
「じゃあ、テストランに行っ――――」
1歩目を踏み出した瞬間、シャックスが風になった。
あっという間に丘を駆け下り、町の城壁にタッチしてから戻ってくる。
そして、勢い余って何十メートルか通り過ぎ、アクロバットに連続バク宙しながら再度戻ってきた。
「すっげえ! 信じられねえ速さだ。体がわけわかんねえくらい軽いぞ。羽が生えたみたいだぜ!」
軽々3メートルは跳躍しながらシャックスは喜びを爆発させている。
「しかも、使い始めたばかりだってのに自分の脚みてえに馴染んでやがる! サグマ、お前またとんでもないもの作りやがったな!」
感心するのはまだ早いぞ。
「それでそこの岩を蹴ってみてくれ」
シャックスの武器は義足だ。
剣の類は使わず、足技主体の格闘術を得意としている。
拳闘士ならぬ脚闘士と言ったところか。
ゆえに、義足には武器としての性能も求められるのだ。
「普通に蹴ればいいのか?」
「普通じゃダメだな。魔力を目いっぱい込めながら思いっきり叫ぶと出力が上がる仕組みなんだ。つまり、気合だ。気合の量で威力が上がると考えてくれていい」
「叫ぶのか。ちょっと小っ恥ずかしいが……」
すぅーっと胸を膨らませ、シャックスは吼えた。
「うおらあああああ!」
咆哮一閃。
振り出した義足が岩の腹を捉えた。
轟音とともに岩が砕けて無数の破片が飛び散った。
「うおおお、岩が豆腐みてえに……。へへ、とんでもねえ威力だぜ!」
『健脚』あらため『剛脚のシャックス』だな、と満足げに頷いたところで、シャックスは何かに気がついたようだった。
「なんかこの義足、さっきより赤くなっていないか?」
義足の表面が炎のような赤みを帯び、筋状の模様も血管みたいに怒張している。
俺は言う。
「その義足はな、蹴りつけたときの反動を熱エネルギーに変換して蓄えることができるんだ」
「蓄えるってことは、つまり……」
「ああ、『覇道を拓く気炎』と叫びながら右足を突き出すと、かかとから火炎放射が出る仕組みだ」
「まじかよ、すっげえ! ……けど、やっぱ叫ぶのかよ」
そう嫌そうな顔をするな。
寝ぼけてぶっぱなすと危ないだろう。
一種の安全装置だ。
「音声認証がトリガーになるから、冗談で叫んじゃダメだぞ? プロミネンス・ソールバああああナアあああああああ――――ッ!! って叫んじゃダメなんだからね、ゼッタイ!」
「なるほど。オレの声にしか反応しない仕組みなのか」
「そういうこと」
シャックスは手頃な岩を見つけて裂帛の気合をほとばしらせた。
「『覇道を拓く気炎』ああああああッ!!」
シャックスの足から燃え盛る鉄砲水が噴き出した。
緑の丘が真っ赤に染まり、城壁警備の衛兵が右往左往するのがチラリと見えた。
ほどなく炎は鳴りを潜める。
岩の表面は赤くなってチリチリと燃えていた。
「おいおい、たいして熱を蓄えてないのにこの威力かよ。こんなもん直撃したら並みの魔物は炭になるぞ」
火力は気合の量でコントロールできる。
使っていくうちに自然と火加減が身につくはずだ。
「サグマ、左足にも何かギミックがあるのか?」
「もちろんだ。任意の場所に結界を張れる仕組みになっている。ガードにも使えるが、空中に結界を張って足場にもできるぞ」
「空中戦ができるってことか」
「そうだ。天国が近づいたな。よかったな、シャックス」
「縁起でもねえよ……」
俺はシャックスの広い肩にドンと手を置いた。
「その義足の名は『憧憬踏破』。そいつで、シャックスの夢を叶えるといい」
「サグマ……」
俺を見つめ返す目が潤んだ気がした。
「見間違えなんだろうなぁ」
「見間違えてんじゃねえよ……」
男泣きするシャックスであった。




