21話
「サグお兄」
とある晩のことである。
作業机に向かい工具をガチャガチャ言わせていると、孤児の一人が寝ぼけなまこでやってきた。
「ピノアか」
孤児院でもひときわ小さな女の子。
パステルカラーの髪は小人族の証だ。
普段から妙に落ち着いたところがあると感じていたが、今日はもう夜更けとあって電池切れ目前といった表情をしている。
ピノアは当たり前のように俺の膝に乗ると、作業に釘付けになった。
「何作ってるの?」
「魔法の脚だ。かかとから炎が出る仕組みにしようと思ってな」
「なんで、炎出るようにするの?」
「そのほうが面白いだろ? 俺は面白いものだけ作りたいんだ」
王都で奴隷労働を強いられていた頃は何を作ってもちっとも楽しくなかった。
作りたいものを作りたいときに作る。
これぞ最高のクリエイティブであり、モチベーションを高く保ち続ける秘訣なのだ。
「そっちはなぁに?」
小さな人差し指がメタリックな物体を指す。
「これか? フィオレット婆さんの新しい弓だ」
「なんで棒が生えてるの?」
「この2本の金属棒には電気が流れるんだ。ビリビリってな。ここを通った矢は電気の力で加速してすごい勢いで飛んでいくんだ」
「なんで電気で飛ばすの?」
「弓の弾力だけでは威力と射程に限界があるからな。いろんな力をかけ合わせて飛ばすんだ。ちなみに、発射時の反動は根性でなんとかする脳筋仕様だ」
その後も子供特有のなんでなんで攻撃が続いたが、俺は戦線を維持したまま一歩も退かなかった。
こと魔道具作りに限っては、俺に答えられないことなどないのだ。
「サグお兄はなんでなんでも作れるの? こんなの市場でも見たことないよ?」
ピノアは俺の作った魔動ゲーム機をピコピコしながらそんなことを訊いてきた。
「それは、俺がここじゃない世界のことを知っているからだな」
俺の中には自分のものではない記憶がある。
遠い世界のおぼろげな記憶だ。
それが、前世の残滓なのか、はたまた未来の光景なのか、それすらも判然としない。
だが、俺がここではないどこかにいて、今とは違った名前で暮らしていたのは確かだ。
それがどんなものだったのか、霧に巻かれたように薄ぼんやりとしか思い出せないのだが。
「さしずめ、俺は擦り切れたレコード。蓄音機はもう何も歌っちゃくれないのさ」
「なぁに? もう一回言って」
「さしずめ、俺は擦り切れたレコード。蓄音機はもう何も歌っちゃくれないのさ」
「それ、どういう意味? なんでサグお兄は自分に酔った顔で黄昏れてるの? なんでなんで?」
「ピノア、大人を深掘りしちゃダメだ。深そうに見えて実はとても浅いのがバレちゃうだろ? 浅瀬にそびえる大きなプライドの砂山。それが大人なのさ」
「波をかぶると簡単に崩れそう」
「いみじくも、そのとおりだ。わかってるじゃないか」
お察しのとおり、俺はその程度の人間だ。
でも、頑張る仲間のために夜中までガチャガチャするくらいの気概は持っているつもりだ。
「少し反省しているんだ、俺」
「なんで?」
「俺はこれまで作業台とばかり向き合って魔道具を作ってきたんだ。使う人のことまで見えていなかった。そのせいで、シャックスやフィオが使いこなせないものを作ってしまった。だから、これからは使い手のことを第一に考えて作ろうと思うんだ」
子供が相手だからだろうか。
俺にしては真面目な話をしてしまった。
3連続でボケて薄めないと。
と思ってネタを探していると、ドアがキィィと開いた。
隙間からタレ目がこちらを覗いている。
マイヌだ。
「お、お兄ちゃんが私以外の子を膝に乗せてる……」
「まるでお前のことを普段から膝に乗せているみたいな言い方だな」
無論、そのような事実は存在しない。
早く寝なさい。
「ところで、サグ坊」
マイヌが出て行った後、ピノアは膝の上で器用にくるりと回ってつぶらな瞳で見上げてきた。
サグ坊?
「小人族が何歳になっても子供の見た目のままじゃということは知っておるかの?」
「ああ、死ぬまで幼児のままなんだろう。……なんか、口調変わってない?」
「じゃからな、わしが本当は何歳なのか誰にもわからんのじゃ」
「それは、つまりピノアが俺と同い年、いや、もっと歳上のお姉さんということもありうるわけか」
急に膝の上の幼女が子泣きジジイに見えてきた。
こいつ、まさか、子供のふりして食わせてもらっていたのか。
この孤児院に俺以上にダメな奴がいたとは……。
「のう、サグ坊」
ピノアは深い知性をたたえた怜悧な瞳でまじまじと俺を見つめた。
そして、言う。
「さしずめ、俺は擦り切れたレコード。蓄音機はもう何も歌っちゃくれないのさ」
うん、やめてくれる?
顔、熱くなっちゃうから。
子供相手にイキってたら中身ババアでしたってか。
どんな冗談だ。
小人族を見たらジジババだと思え。
教訓がひとつ増えた俺であった。




