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20話


「すごーい! お肉がいっぱぁーい!」


 長テーブルに山と盛られている牛肉料理の数々を見てマイヌと子供たちが歓声を上げた。

 見た目の豪華さもさることながら、味のほうも約束されている。

 なんせ幻の肉らしいからな。


 肉を頬張った子供たちはほっぺどころか脳みそまでトロけ落ちそうな顔をしている。

 本当に食っても大丈夫なのか、これ。


「お兄ちゃん、こんなにおいしい肉どこで買ったの?」


「ダンジョンに住む優しい男の人からもらったんだ。牛みたいな顔の人だったな」


「世の中にはいい人がいるんだね」


「もういないけどな」


 そんな風に喜んでいたマイヌたちも翌日には顔を曇らせていた。


「さすがに毎食牛肉はキツいよ、お兄ちゃん……」


 それもそうだ。

 俺も胃もたれ気味だ。

 でも、生モノには消費期限がある。

 早く食べないとハエが集まるようになってしまう。


 というわけで、急遽、魔動冷凍庫を作ってみた。

 これなら、しばらくもつだろう。

 そのうち、かき氷を作ってやるのもいいかもしれない。





 翌日。

 シャックスが孤児院を訪ねてきた。

 もうすっかり傷も癒えたらしく、顔色も健康そのものだった。


「肉、食えよ」


「すげえ量だな。……なんだこれ、めちゃめちゃうめえじゃねえか」


 シャックスはぎっとりした口元を腕で拭って、少し真剣な表情になった。


「オレ、これから組合に行ってSランクを返上しようと思うんだ。今のオレはよくてBランクってところだからな。背伸びなんてするもんじゃねえ。等身大が一番だぜ」


「義足作るとき、脚を長くしてくれって土下座で頼んできた奴が何か言ってる……」


「うぐっ。サグマ、そんな古いこと覚えてたのか」


「そりゃ、だいぶ盛ったからな」


 5センチは盛ったと記憶している。


「しかし、返上するほどのことか? お前からSランクを取ったら何が残るんだよ?」


「クソひでえこと言いやがるな。まあ、それに関しちゃ異論はねえが」


 シャックスは達観したような顔をした。


「上には上がいるって知っちまったのさ。ほら、オレ、先日ダンジョンに潜っただろ? そこで、ヤベエ冒険者に出くわしちまったんだ。そいつは、なんつうかオレらとは別の生き物というか、同じ次元にいないというか、とにかくぶっ飛んだ奴だったんだ。見たこともない装いの男だったが、汚れひとつついていなかった。オレは泥まみれだったのにな。きっとあれが本物のトップランカーなんだろうな」


 シャックスがヤベエと言うなら、実際ヤベエ奴だったのだろう。

 俺は頭が100個あってケツから火を噴く全長10メートルの冒険者を想像した。


「あまりの力の差に絶望したよ。そして、恋でもしちまったみたいに心の底から憧れた。あれが、本物なんだってな。オレみたいな偽物じゃねえ。あれこそが、最高位の冒険者のあるべき姿なんだって思ったね」


「それで、Sランクを返上しようって考えになったんだな」


「そうだ。うぬぼれは捨てる。王都にいた頃の弱い自分から脱却するんだ。オレも本物目指してイチから出直すつもりだ」


 シャックスは力なく笑った。


「オレはずっと借り物の力でイキってたんだ。サグマの魔道具がなけりゃ歩くことさえできねえってのにな。何もかも自分の力だと勘違いしていた。やっぱりすげえよ、サグマは。こんなオレをかりそめとはいえトップまで押し上げてくれたんだからな」


「しゃべってないで牛肉食えよ」


「お、おう……」


 分厚いステーキをうめえうめえと言いながら飲み込むと、シャックスはバツの悪そうな顔をした。


「サグマ、すまねえ。お前が作ってくれた義足、壊しちまった」


 たしかに、ボロボロだ。

 あちこち亀裂が走って、歩けているのが不思議なほどだった。


「オレがやり直すためにはお前の義足がなくちゃならねえ。頼む! 修理してくれ!」


「それは構わないが、なんで土下座じゃないんだ?」


「どげ……よ、よし! そのくらい安いもんだぜ! ――頼む、このとおりだッ!」


「なーんてウソウソ。俺とお前の仲じゃないか。土下座なんてしなくていいよ」


「……させてから言うんじゃねえよ。キッチリやっちまったじゃねえか。鬼畜か、お前は」


 しかし、修理か。

 これだけ壊れているとなると新調したほうが早い気がする。

 材料はいくらでもある。

 新しいコンセプトでイチから検討してみるか。


「サグ、いるー?」


 窓からフィオが覗き込んできた。

 目ざとくカラになった皿を見つけて物欲しそうな顔をしている。


「マイヌ、ステーキを出してやれ」


「フィオレットさん、いっぱい焼くので食べていってください!」


「来客にステーキ出す孤児院ってなによ……」


 フィオは席に着いてナイフとフォークを構えると、思い出したように言った。


「ねえ、サグ。あたしの弓、直してくれない?」


「いいぞ。すぐに取り掛かろう」


「おい、オレとの扱いの違いィ!」


 フィオは俺が作った弓とは別に見慣れない弓を持っていた。


「それは?」


「ああ、これ? 特訓用の弓よ。武具屋で買った普通のやつ。あたし、あんたの魔道具に頼ってばかりで進歩がないでしょ? だから、あたしなりに成長しようと思ったの」


 ギギギィ、とフィオは弦を引いた。

 いや、引こうとした。

 顔を真っ赤にして踏ん張っているが、弓は半分ほどしか引けていない。


「まだもやし弓だけど、きっと引ききれるようになってみせるわ!」


 二人とも変わろうとしているらしい。

 なら、俺もそれを支えるような魔道具を二人に作ってやりたい。


「いよっしゃ!」


 と、シャックスが勢い込んで立ち上がる。


「オレ、これから組合に行くつもりなんだ。ついでだ。ギルド名も一新しようぜ! いつまでも、過去の名前なんて名乗っちゃいられねえからな」


「いいじゃない、それ! 『時は金なり(ダラープラント)』なんてエルドみたいで下品だものね!」


 と、フィオも乗り気だ。


「サグ、ギルマスはあんたでしょ!」


「ここはバシッとかっちょいい新ネームを考えてくれよ!」


「じゃあ、『時はゆっくり(ダラーブラット)』で」


 俺はテキトーに即答した。


「お前がいいならそれで構わねえが、名前の由来を聞いてもいいか?」


 読んで字のごとくだ。


「だらーっと、ぶらーっと川辺をのんびり散歩するような人生にしたいんだ、俺は」


「お前の人生の抱負かよ……」


「いいじゃない! 人生もギルド運営もそのくらいのほうが楽しいはずだわ!」


「満場一致で決定だな。……お、おい、やめろよ。スタンディング・オベーションするほどでもないだろ」


「どこで拍手喝采が起きてんだよ。お前がやめろよ、ボケるの……」


 ということで、ギルドは『時はゆっくり(ダラーブラット)』に改名されたのであった。


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