2話
ようやく決心がついた。
エルドが俺のことを「魔道具を作ってくれる便利な道具」としか認識していないことがよくわかった。
さすがに、これ以上付き合いきれない。
しかし、奴のことだ、どうせ辞表など受け取ってくれないだろう。
となれば、夜逃げしかない。
「夜逃げか……うーん」
あまりいい手ではない気がする。
相手は第一線で活躍する冒険者だ。
逃げた獲物をあぶり出すプロだ。
十中八九、捕まる。
そうなれば幽閉され、最悪、足の腱を切られて一生涯魔道具を作らされることになる。
俺を待っているのは奴隷以下の扱いだ。
確実に逃げおおせるプランを考えないと。
俺は疲れた頭を巡らせて、とある妙案にたどり着いた。
「よし、狂おう――!!」
魔道具の暴走で頭がおかしくなったことにするのだ。
使い物にならないとなれば、ギルドから叩き出されること間違いなしだ。
晴れて俺は自由の身だ。
自由――。
素晴らしい響きだな。
俺はさっそく準備に取り掛かった。
あり合わせの材料で、髪油に特殊効果を付与する魔道具を作ってみた。
オイルを髪に塗り込むと、俺の頭からピンクの煙がポッポッと噴き出した。
いたずらグッズみたいな魔道具だが、頭がおかしくなったことを視覚的に表現することはできるだろう。
ちょうど、対・竜種用の錯乱ガス弾を作ってほしいとオーダーが来ている。
これが暴発したことにすればリアリティが増すはずだ。
俺はオイルを工房じゅうに振りまいてピンクの煙を充満させた。
さあさ、お立会。
俺の一世一代の名演技をご覧あれ。
「んほぉぉい、んほお~い! あほんあほん!」
「おほぉ~~い! おほぉ~~い! んもっ♪」
「こことぅー! こことぅー! むももぉーん!」
俺の発する世にも奇妙な奇声を聞きつけ、すぐにギルドの面々が集まってきた。
彼らが目にしたのは、頭からピンクの煙を上げながら半裸で踊り狂う俺の姿である。
「まずい! 何かやべえもんが充満してるぞ!」
「お前ら、息を止めろ! 窓だ! 窓を開けろ!」
「誰か風魔法を頼む!」
非常事態に慣れた冒険者たちによってピンクの煙は瞬く間に一掃された。
視線が集まるのを感じて、俺は狂気に拍車をかける。
「おほおお~い♪ んほほほん!! おぴょぉぉ~~ん!! ここぱぁ♪」
よだれを垂らし、焦点の合わない目で虚空を見つめ、狂ったように踊り続ける俺。
それを見た誰しもが凍りついた。
俺はどちらかというとクールなキャラで通してきた。
築き上げたイメージが音を立てて崩れていく。
羞恥心で顔が燃えそうだった。
だが、プライドなんて犬の餌だ。
この屈辱の先にこそ俺の輝かしい未来があるのだ。
「おいおい、一体どうしたってんだ!? サグマの奴」
「見ろ、ドラゴン用錯乱ガス弾のオーダーが入ってるぞ! サグマの奴、やらかしちまったんじゃねえか!?」
「ダメ。治癒魔法が効かないわ……」
「サグマ、しっかりしろ! 正気に戻ってくれ!」
ギルメンたちが駆け寄ってくる。
「サグ! ねえ、サグ! あたしがわかる? しっかりして!」
フィオも涙ながらに俺の肩を揺すっている。
彼女らを騙すのは俺も胸が痛む。
それでも、自由が欲しい。
安らぎが欲しい。
俺は一心不乱に踊り続けた。
「………………」
いつの間にか、背後にエルドが立っていた。
胡乱な顔で俺を見下ろしている。
相手は泣く子も黙るSランカーだ。
その目を欺くとなると一筋縄ではいかない。
俺はここ一番とばかりに狂気を爆散させる。
「んちょ! んちょ! みょんみょん! おにょにょ☆モー!」
鼻をほじってお尻をペン!
乳首をつねってフィオの髪を食べ、
「ほっぴょ! こっぴょおおおおおお!」
と叫ぶ。
「こいつはもうダメだな」
エルドが小さくうなった。
それは夢にまで見た解雇通知だった。
「がぁ……ッ」
エルドが腹立ち紛れに拳を振るった。
鼻っ柱に激痛が走る。
視界に星が散って俺は倒れこんだ。
意識が飛びそうだった。
それでも、踊るのをやめない。
「エルド! なんてことすんのよ!」
「うるさい。誰かこのゴミを捨ててこい。ついでに代わりになる金ヅルを見つけてくるんだ。時は金なり。さあ、僕のために稼いでこい。できなければ次は君たちをクビにしてやる」
そう言い残すや、エルドは去っていった。
これで、俺は自由だ。
喜びが胸の中で爆発し、俺は全裸で窓から飛び出した。
故郷の田舎に帰ろう。
畑以外に何もないチンケな場所だった。
でも、のんびりした時間がある。
それだけで十分だ。
「んぴょおおおおお! んぴょおおおお! ひゃっほぉぉぉぉ!」
俺のスローライフが幕を開けたのだ。