1話
「サグ、あんた、また無理してんじゃないの?」
雪のような白い髪を持つエルフがいかにも心配ですという面持ちで覗き込んでくる。
「フィオか……」
俺は重い頭を上げて、その名を呼んだ。
フィオレットは退屈な森での暮らしに飽き、故郷を飛び出してきた典型的な放蕩エルフだ。
俺と同じSランク冒険者ギルド『時は金なり』に所属している。
もっとも、俺は『魔道具作家』で、彼女は冒険者なのだが。
「あんた、もう3日は工房にこもってるじゃないの」
「仕方ないだろう。魔道具作家は忙しいんだよ。それにエルドの奴が俺の部屋を勝手に引き払ってしまって、もはや帰る家がないんだ」
「あいつ、そんなことまでしてあんたをこき使ってんの!?」
フィオの甲高い怒声が疲れた頭にジンジンと響く。
「じゃ、じゃあ、あたしの部屋のベッド貸してあげるわよ。いつでも泊まりに来なさいよね。言っとくけど、ほかの男を泊めたことなんてないんだからね? サグだけ特別なんだから」
赤ら顔でそう言われた。
気持ちはありがたい。
「俺もできればお言葉に甘えたいんだが……」
「ほ、ほんと!?」
「でも、ダメだな。やっぱり忙しいから」
『魔道具』は普通、偶然の産物として生まれる。
意図して作り出すことはできないと言われている。
だが、『魔道具作家』の天職を持って生まれた俺だけは例外だ。
魔道具は市場でかなりの値で取り引きされている。
特に俺が作るものは好評で、リピーターが後を絶たない。
今やギルド財政の屋台骨と言っても過言ではなかった。
ま、俺のもとには一銭たりとも落ちてこないのだが。
「そうやって、あんたが必死に働いて稼いだ金、エルドが全部独り占めしてるじゃないの」
フィオの言うとおりだ。
俺が無給で働き、エルドが豪遊する。
その構図は知っている。
もちろん思うところはある。
だが、エルドは末っ子とはいえ貴族家の出だ。
平民の俺には異論を唱える権利などない。
雇用主であることを踏まえれば、なおさらだ。
「とにかく、少しは休んだほうがいいわ」
フィオは本気で心配しているという風だった。
いつもは剣のように威勢よく吊り上がった眉がすっかり下を向いてしまっている。
傍目に見ても俺は疲れきっているらしい。
「それは無理だなぁ……」
受注票は山のように届くし、俺が魔道具を作らないと困るのは顧客だ。
客に迷惑はかけられない。
「でも、悪いことばかりじゃないんだ。俺の作る魔道具は便利だって好評なんだ。お客が喜ぶなら俺も頑張ろうって思えるよ」
「サグ、あんたそれ、やりがい搾取っていうのよ」
「…………だよな」
まったく返す言葉がなかった。
だが、フィオに声をかけてもらって少し救われた気分だ。
こういうときには仲間の大切さを痛感する。
「まあ、大丈夫だ。今日の分はもう終わりそうだし。久しぶりに2時間コースで眠れそうだ」
「……サグ、あのね」
フィオは申し訳なさそうに紙の束を差し出してきた。
見れば、新規の受注票ではないか。
「ごめんなさいね、サグ。これ、明日までに作れってエルドが」
今、救われたと思ったのは、まやかしだったらしい。
フィオはバツの悪そうな顔を残して去っていった。
俺は焦点の合わなくなった目で受注票に目を通す。
「魔力を水に変える水筒、5つ……。防毒マスク、2つ……」
ほかには、冷却ローブ3着、絶対にサビない包丁が1丁に、私の代わりに働いてくれるカラクリ人形が1つ。
なんだよ、それ。
そんな人形あったら、俺が欲しいわ……。
いずれにせよ、明日までなんて無理だ。
すでに慢性的な睡眠不足で意識は朦朧としている。
もはや、まぶたを開けていることさえ苦痛なのだ。
「このままじゃ壊れる……。スローライフがしたい……」
不満がそのまま声になっていた。
このところ、疲労からか独り言も多い気がする。
昨日は裸で走り回るトロールがドラゴンとベロチューしている幻覚を見た。
俺はいよいよ本格的に壊れ始めているのかもしれない。
「何を言っているんだい、サグマ。スローライフならできているだろう」
急に背中に声をかけられた。
幻聴かなと頭の調子を疑ったが、声の主は確かに存在している。
「エルド……」
金の延べ棒を擬人化したような、全身金ピカの青年が工房の入口に立っていた。
『黄金のエルド』とあだなされる王都随一の冒険者にして、『時は金なり』のギルドマスター。
俺の雇い主。
エルド・リッチベルクだった。
「やあ、サグマ」
エルドは鎧で覆われた硬い腕を俺の首に回してきた。
「君は一生僕のために働くんだ。ここでゆっくり朽ちていけ。それが君のスローライフだ」
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