7月
7月の話を10月に書いてるのウケるね。
蝉の声が煩い。
窓の外を見ながらスマイルは、かつてのファーブルの気持ちを体験していた。なるほど、確かに耳障りだ。アメリカの高校で無差別乱射事件を起こした少年が頭に浮かぶ。もしここに小銃があれば自分も発狂しながら近所を歩く一般市民を射殺していただろう。
「殺虫剤使って地下鉄テロ起こしたいなあ。誰か良い殺虫剤知らない?」
あまりにも物騒な会話が談話室で繰り広げられている。しかし生憎ここに常識人も健常者も存在しないゆえに、ツッコミなる者も存在しなかった。
「今時の殺虫スプレーとかも人体影響抑えるよう企業努力されてるし、何より空気より重かったらあまり効果ないんじゃない?」
「ガスとかまどろっこしいぜ! ここはオーソドックスに刃物で無差別だろ!?」
「それも悪くないわね。キル・ビルみたいに人殺せたらハリウッドからオファー来るかしら?」
「殺人鬼がマジ出演してたら絶対観るよ。いっそのことクラウドファンディングして映画撮るか?」
脱線が平常の終わってる会話が、まるでカフェテラスでの会話みたいに行われている。遠目に見ていた職員の精神力がゴリゴリと削られていく幻聴を聞きながら、スマイルはコーヒーが飲みたくなっていた。理由は特にない。彼の殺人と同じ気分でそう思っただけだ。
「結局また裁判かよ〜。もう死刑でよくな〜い?」
「死刑を望むギャル・・・・・・売れるね。退院したら書籍化しよう」
本気なのかどうかも分からない空虚な言葉の応酬。虚実が入り混じって蜃気楼が形成されたような異質なその空間で、異常者達は平常としていた。
スマイルは、さっさと死刑判決を下して欲しかった。あれだけメチャクチャにすれば心象は最悪、弁護士の努力が入る隙などない。出来ることなら壮大に新聞の一面を飾って欲しい。
遺言はそれにしようか、いやもっとインパクトある言葉にするべきか。ノリノリで自分の死に期待していると、毎度お馴染みの井幡がスマイルの元を訪ねてきた。
「おーう、井幡ちゃんじゃーん」
「スマイルさん、貴方はなんでそんなに死にたいんですか?」
「Huh?」
正気の者には理解ができなかった。なぜ人を殺しておいて死にたがるのか。一昔前に、死刑になるために人を殺そうとした人がいた。迷惑極まりない話だが、これらの動機は結局、自殺するのが怖かっただけに過ぎない。
しかし彼は違う。頭がおかしいのは百も承知だが、ここまで本意が不明なのは稀なケースだ。
「・・・・・・教えて下さい。貴方は、どう死にたいんですか?」
だから井幡は視点を変えた。何故ではなく、どんな形なのかを問うことにした。スマイルは最初は興味なさそうにしていたが、最後の井幡の言葉には興味を示した。
スマイルは自分のことのように自慢げに動機を語りはじめた。
「・・・・・・・・・・・・こんな映画、知ってるか?」
「映画・・・・・・?」
「誰が出ていたかとか、タイトルとか思い出せねえ。けど、その映画の終盤で指揮者の老人が車椅子でステージに上がり、指揮を最後まで成し遂げた瞬間に死ぬシーンがあったんだ」
思い出を振り返るかのような、遠い所を見る目に井幡は初めて人間味を感じた。思えば、生まれつき異常な人間がこんな大人になるまで事件を起こしていないのが不思議だ。もしかしたら、我々が諦める必要はないかもしれない。そんな淡い期待が心中に浮かぶが、直後にスマイルは恍惚な笑みを浮かべた。
「あの死に方は素晴らしい! フィナーレを飾るだけでなく、最高潮に到達した瞬間に幕を閉じるあの美しさに、俺はどうしようもなく憧れた!!!」
最後は狂ったように、その終わりへの執念じみた美学を語った。さっきの淡い期待は砕け散ってしまう。もし今回が無罪となっても、彼はまた最高の死に方を求めて大事件を起こすのは火を見るより明らかだった。
しかし、弁護士としてそうはさせない。井幡は怪訝な表情ではなく、悲しそうに笑った。
「それはとても美しくて、独善的で、それでもやっぱり哀しいですね・・・・・・」
「次の裁判までの資料集めに戻ります」と言い、井幡は短い間だったがスマイルに背を向けた。スマイルは、その悲しい背中にえも言われぬ不愉快さを感じた。
映画の話は本当です。
こんなシーンがあったのは覚えてます。
そして、作者本人の憧れたシーンでもあります。




