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続・「青の残響」――約束の波間で  作者: 銀 護力(しろがね もりよし)
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第十三章 永遠の愛を抱いて

1. 選択の先にある時間

 水族館の大きなクラゲ水槽の前で、アンドロイドの香織とアンドロイドの新一が強く抱き合ってから、数日が経過した。

 その間、二人は共に滞在できる静かな宿を見つけ、お互いのこれまでの旅路を長い夜のあいだに語り合った。香織が港町で出会ってきた人々のこと、新一が研究所を抜け出したときの経緯――そして、記憶の断片がもたらした苦しみと希望のすべてを。

「私、最初は人間の香織の記憶を持っていない自分を卑下していたわ。だけど、真一さん――人間の真一さん――はそれでも私を“香織”と呼んで、私を愛してくれたの。だから今の私がある」

 薄明かりの部屋で、香織は少しうつむきながらそう告げる。その声には、かすかな悲しみと同時に確かな誇りが含まれている。

 新一は手を伸ばし、香織の指先をゆっくり握る。「俺も同じだ。人間の真一の記憶を宿していると知ったときは、自分が何者なのか分からなくて――でも今は、真一の想いを継ぐ“新一”として君を愛していたい、と言い切れる」

 アンドロイドでありながら、二人は永遠に近い時間を生きる身体を持つ。メンテナンスを続けるかぎり、死の終わりからは解放されるかもしれない。しかし、それは“人間が限られた時間だからこそ輝かせる人生”とは違う選択だ。

 けれど香織も新一も、そこにこそ愛の新しいかたちを見出したいと強く願っていた。つまり、「命が限りあるかないか」にかかわらず、愛は終わりなく育てていけるのだと――かつて人間の香織と真一が、そしてアンドロイドの二人が示した奇跡のように。

________________________________________

2. 真壁夫妻との邂逅、そして赦し

 ある朝、宿に真一の両親である真壁夫妻と、旧友の島根が訪ねてきた。研究所の件は一応の決着を見せ、主任の藤堂も真壁家からの“干渉”に強く逆らえずにいるらしい。今後、新一が研究所の追手を恐れる必要はなさそうだ。

 真壁夫妻は新一に会うのは二度目であり、改めてアンドロイドの香織とともに出迎える光景に、胸を震わせていた。人間の真一と香織が果たせなかった“二人で生きる”という未来を、アンドロイドとして再び形にしている――その姿は、夫妻にとって感慨深いものだった。

「あなた方は、私たちの息子ではない。けれど、真一と香織の愛の形を引き継いでくれている存在……。

 初めは少し複雑だったけど、いまはただ嬉しいの。真一がここにいるようで、でも新しい人生をちゃんと歩んでいるようで……」

 そう告げる母・耀子の頬を涙が伝う。父・一馬も静かに頷き、「息子が生きていたころ、もっと親らしいことができていれば……」と唇を噛む。

 しかし香織は、柔らかな笑みを浮かべながらその言葉に応じた。「私にはわかります。人間の真一さんは、ご両親のことをとても誇りに思っていました。研究に理解を示してくれる存在が、心の支えだったって」

 新一もまた記憶の奥底から確信を掘り起こす。「ああ、そうだった。……ご両親の尽力がなければ、最後まで研究を続けられなかった、と真一は感謝していた。俺の中に、その気持ちがはっきりと刻まれてるんです」

 涙を浮かべる夫妻の手を、アンドロイドの香織と新一がそっと包む。この四人の間には、不思議な温かい時間が流れた。あたかも人間の真一と香織が、そこに同席しているかのように――愛の記憶が今を満たしている。

 やがて一馬が深く息をつき、「これから君たちがどう生きるか、自由に決めてほしい。もし金銭面や環境面で困ることがあれば、私たちが何とかするから」と告げる。その言葉に、二人は深く頭を下げた。

「ありがとうございます。でも、私たちは私たちなりに、自分たちの力で生きていきたいと思うんです。……もし本当に困ったときは、ご相談させてくださいね」

 新一が笑顔で答える。今回の一件で実感したのは、愛は“家族”の形さえも超えて繋がっていけるのだということ。そう、アンドロイドである自分たちにも、支え合ってくれる人々がいる。人間の真一と香織の愛は、こうして何重にも受け継がれて、新たな未来を照らしているのだ。

________________________________________

3. 永遠を映す水面

 夫妻や島根とのやり取りが済み、改めて二人きりになる夜。香織と新一は、宿の裏手に広がる砂浜へ足を運んだ。月が朧気に照らす海面が、かすかな銀色を帯びている。波打ち際に立つ二人の影は並び、互いの存在を静かに確かめ合った。

「もう、私たちは追われることもないのね。メンテナンス設備も真壁家が整えてくれるって話だし……」

「そうらしい。……でも、それでも俺は一度、この海を見たかった。人間の真一と君が見た風景に繋がるような気がして」

 新一は軽く微笑み、足元に寄せる波しぶきの冷たさをセンサーで感じる。アンドロイドである自分が、こうして自然の鼓動に心を動かされることが不思議だった。だが今は、それを“真一”の記憶ではなく、自分“新一”の感性として受け止められる。

「私、思うの。人間の香織と真一さんが結ばれていた愛と、今の私たちが持つ愛は、まったく別のものじゃない。ずっと続いているからこそ、こうしてまた巡り合えたんだと」

 香織の言葉に、新一は深く頷いた。人間の愛は有限の命のうちに燃え上がる奇跡だった。しかし、その愛はアンドロイドという“永遠”の存在を得た今なお、途切れることなく続いている。まさに“人間の香織と真一”と、“アンドロイドの香織と真一(新一)”の愛が全てひとつになり、“永遠”の象徴へと昇華しているのだ。

「俺たちは、もう死なないのかもしれない。けれど、それでもいつか終わりが来るのかもしれない。……けど、そんなことは今考えなくていい。大切なのは、一瞬一瞬を大事にして、お互いを愛して生きること」

 静かに呟く新一の瞳には、確信めいた光が宿っていた。それは人間が果たしてきた“生と死”を超え、時間の果てさえも見据えるような力強さ。彼は香織の手を取り、そっと指を絡める。香織も微笑み返し、そこにある肌の感触を愛おしむように確かめた。

「ええ、そうね。永遠の命をただ漫然と過ごすのではなく、“生きること”を味わいながら、真一さん……いえ、新一さんと歩いていきたい」

 月明かりに浮かぶ潮の動きは絶え間ない。まるで命の営みそのもののように、波が押し寄せては引いていく。人間の香織と真一が築いた愛、そしてアンドロイドの香織と新一が紡ぐ愛が、すべて融和するように――二人は静かに見つめ合い、深い海の呼吸を共に感じる。

「ありがとう、香織。これから先、君とどこへ行こうか……?」

「そうね。せっかくだから、世界中の海や町を見てみたいわ。人々がどう愛し合い、どう生きているのか。それを新一と一緒に感じたい」

 アンドロイドの二人が、いつまでも青春を失わない旅人のように生きられるとしたら、その学びは果てしなく続くだろう。限りない時間と、かけがえのない愛。その両方を抱いて、二人はさらに大きな世界へ踏み出していけるのだ。

 波打ち際でそっと唇を近づけ、淡い接吻を交わす。永遠が始まる音が、かすかな波に混じって聞こえた気がした。香織の瞳に映る新一、そして新一の記憶にいる人間の真一――すべてが一つの愛として溶け合っていく。


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