六話 『生きている植物と死にそうな人間』
「そうだ、俺の考えが正しければ奴を倒せる。いや殺せる!!」
洛錬の考えというのは『座標』がリンクしていることと『指パッチン』をした際に持っていたものは自分と一緒に異世界へ移動するということを用いて怪物に攻撃するということである。具体的に言えばこっちの世界の『木』を向こうの世界に持っていき怪物にぶつけるというもの。あの怪物は先ほどから枝を飛ばし攻撃をしていたものの自身は自由に動く枝を使えるが故か今まで一度も動いていなかったのだ。今になったら移動をしている可能性もあるが特段戦える手立てが無いのだから怪物が怠慢で動かないことを信じて攻撃するしかない。
しかしこの作戦で一つ問題となってくるのがどこまでが持っている判定になるのかだ。触っているだけでよいのか、手に持つ必要があるのか、抱えている必要があるのか。少なくとも乗っているだけだった自転車は持っていくことができたので何かしらの『ルール』のようなものが存在しているのだろう。そのルールも気になるが今はあの怪物を倒す方が先だ。自転車を持っていった際と同じ条件のものであるのならばとりあえずは良いだろうと思い行動を始める。
洛錬が少し山登りをすると目に飛び込んでくるのは幹の直径が80cm、高さが15mほどの巨大な杉の木。少し斜めに生えているところも登るのに適していて良い。『サイコロ』の道具をズボンのポケットに入れ登り始める。しかしも掴める場所がほとんどなく油断して力を抜いてしまえば滑り落ちてしまい大怪我をしてしまうだろう。体中の力を使い何とか木に引っ付き、少しずつ登る。自分の非力さに呪いたくなるものの何とか樹冠にたどり着く。
「はぁ、はぁよし何とか登ったぞ」
登った先から見える景色は一面の木。ここら一帯には木しかなかったが、どの木も上を向いて隣の木よりも少しでも高くなろうと競い合うように生えており、洛錬は木のしたたかさから勇気をもらう。洛錬は普段気にすることが無かったのにも関わらず命のやりとりをして初めて自然の生命力に目を向けられたのだ。
「俺は今まで見ている世界が狭すぎたのか......」
洛錬はほんの少しの間自然に気持ちが耽ってしまったものの気を取り直して作戦を始める。ポケットから『サイコロ』のような物を取り出すと異世界からやって来た場所を確認する。
木に「ごめん、君の力を貸してくれ」と心の中で謝罪すると植物の化け物がいるであろう『座標』に向けて倒れるように右手に持っていたその『サイコロ』のような爆発物を投げる。地面と激突し『ドン』と音を鳴らし爆発。爆発が起こりと同時に洛錬の乗っている木が倒木を始める。
洛錬は木にしがみ付き『指パッチン』するタイミングを計っている。地上では爆発の煙が起こっているが煙の中から猛スピードこちらの右手目掛け飛んでくる水色の『サイコロ』のような物体。キャッチしようと右手を構えるが手の平に近づくと急速に速度を落とし簡単に手に握り込めた。その後木が水平に近くなった瞬間
パチンと『指パッチン』をした。
瞬間景色が変わる。今まで森林にいたのにも関わらず辺りに生えていた木はどこにもなくなりし下に先ほど見た丘であり戻って来たことを実感する。更に洛錬は賭けに勝ったのだ。抱えていた木は洛錬と共にそのまま空中に現れ、真下5mほどの所にはあの怪物が彼女と対峙しておりこちらに気づいていない。
「完璧だ」と内心思いつつそのまま落下する。
奇襲は成功した。
化け物の正面に対し木は横向きに倒れ、大きな口の部分と無数の枝が生えている足のような場所を分断する。怪物の顔面は地面に叩きつけられ体の他の部位にも衝撃が届きトワを攻撃しようとしていた枝も同じように地面とぶつかり、彼女に枝は届かず怪物は攻撃に失敗する。
洛錬は10mよりも高い所から木を抱えて落ちたことから体の全身に激痛が走る。怪物がクッションとなりある程度衝撃を吸収したおかげで外傷は特に出来なかったが痛いものは痛い。すぐ真下には倒れている植物の化け物。今の奇襲で倒しきれたのか。
「やったか!?」
「いや、まだよ!!まだ息の根がある!!」
『グガガァ』という小さな雄叫び。大ダメージこそ喰らっているだろうが止めを刺すまでには至らなかったのだ。怪物は今にも自身の上に覆いかぶさっている木を今にもどかそうと力をかけている。
洛錬は右手に握りこまれている全面が4の目を表示している『サイコロ』のような爆発物が目に留まる。今これを奴の口に投げ込めば倒せるのではないか。しかし今この場で投げようものなら彼女を巻き込んでしまうのではないか。急いでここを離れてもらうのが先かと洛錬は色々考える。
「あ.......あの!」
しかし化け物は危険を察知したのか自身の潰されてしまった下半身に見切りをつけ顔の部分だけでトワを襲い始める。トワは怪物が木によって潰された際にすぐに現状を把握しこの場から離れようとしていたが左腕はダラン垂れ、左足は引きずって歩くしかなくこのままでは怪物の攻撃から逃げるのに間に合わない。
洛錬は次の行動をとる方法をあれこれ考えてしまったせいで逆にせっかくの倒せたかもしれないチャンスを逃してしまったのだ。
「逃げろーーー!!!!!」
洛錬は節々が痛む体に鞭を打ち火事場の馬鹿力で化け物に飛び掛かり、もうこれしかないと思い『指パッチン』をした。
横に広がる森林地帯。目の前に怪物がいることに意識が向く。勢いではあるが『現実世界』に怪物を連れてきてしまった。
洛錬は怪物と共に坂を滑り始める。彼は急いで左手で木に掴み、ついでの感覚で『サイコロ』型の爆発物を投げる。
『バンッ』と大きな音が起こると共に先ほど木に投げた時よりも二回りも大きな爆発が起こる。辺りの3本の木を巻き込みつつも確かに怪物も爆発に巻きんだはずだったがドロドロとなった土を用いて爆発が直撃することを防いでいた。
「おいおい倒れてくれよ」と心の中で懇願するが怪物は待ってくれない。怪物は牙を外し、牙を構成していた棘の一本一本を顔の周りにくっつける。正面からの見てくれは植物の怪物ではなく『歯車』の怪物と言い換えた方が正しいのだろう。
洛錬は「第二形態にでもなってしまったか、、、」と思い気づけば引きつった笑い顔になってしまう。
どのように倒したものか。右手には遂に3の目になったサイコロ型の爆発物が飛び込んでくるものの姿を変えた化け物は高速に回転し木を壊しながら辺りを移動している。
移動能力が格段に向上しているせいで洛錬が爆弾を投げようとも以前のように口に入れる確率もそう高くないだろう。また木に爆弾を投げ怪物を潰す作戦もその怪物の移動速度の速さから使えそうにない。
しかし幸運なことに怪物はこちらに目掛けてすぐに攻撃を仕掛けてこないのだ。枝が無くなった瞬間にこちらを狙ってこなくなったことからあの化け物は枝を使って空間を把握していたのだろうと推察するしかない。
洛錬は少しの間倒す方法を考える。その際に倒し方とは違うある考えが頭に浮かぶ。それは
『俺たちが倒す必要があるのか』
確かに怪物を持ち込んだのは洛錬自身である。しかし彼の中にはこのような怪物がいたとしてもそれこそ現代の技術を用いた武器を使えば犠牲者が出るかもしれないが簡単に駆除できるだろうと考える。
更に洛錬は化け物を向こうの世界からこっちの世界に連れてきたことによって命の恩人を助けられたのだから自分の命をかけてまで戦う理由がない。
洛錬は取り敢えず彼女の様子が気になり異世界に戻ることにした。
そして元々いた場所に急いで戻り『指パッチン』をする。
最初に見えるのは水色の髪の彼女。あの最初の時に洛錬を逃がしこのサイコロ型の爆発物を渡してくれた彼女だ。彼女の足元には白い箱のようなものが置かれてあり、また彼女の左肩から左足にかけての服が無く大きく火傷をしたような跡ができてしまっている。
「大丈夫ですか!?」
「ああ貴方ね、、突然声が聞こえたから誰かと思って一瞬焦ったわ。ええ全然大丈夫よ、この通りピンピンしてるわ」
と言い口元に笑みを浮かべ左肩を勢いよく回す。
「あの怪物が一瞬にしていなくなってしまったけど貴方が倒してしまったの?できればこれからの研究の為に死体が欲しいのだけど、、、」
この時洛錬は口を滑らせて彼女の質問を額面通り受け取り答えてしまったのだ。「自分のいる世界に今怪物がいる」と。
その瞬間彼女の顔色が変わる。焦りと困惑の混じった何とも言えない表情。
次に彼女の放った言葉は
「行かなきゃ」
であった。