四話 『異世界は自転車とともに。』
自転車というものは元来1800年代初めごろにドイツの『ベロシフェール』によってよく似たフォルムの足で移動する乗り物が作られ、1800年代の終わりごろイギリスにて前ギアと後ろギアをチェーンで結ぶ方式を採用した現代に最も近い自転車が作成された。
水色髪の女トワは眼前にある道具を不思議に思っていた。
どこからともなく現れた男が持って来たものは車輪を二つ縦につなげたもの。大きさはおよそ1.8mといったところで見た目は中型の動物のようであるがそこから感じられるのはどこか無機質のよう。人の手によって作り出された物なのか。移動手段として用いるものなのか。どのように使用するのか彼女に疑問が残る。
男が『それ』にまたがったかと思えば横に付いているおよそ10cm四方の黒い塊に足を置き、その場で足の上下運動を行う。すると『それ』と共に『それ』にまたがっている彼の体は前に動き出す。
ギリギリのところ枝の攻撃を避け、それから化け物の周りを回りだす。速度にしてみれば人間の全力疾走に比べれば何倍か速いものの、馬の最高速度と比べればその速度は数段落ちる。だがその道具の真価はそこにはないのであろう、ギリギリで枝を躱しており馬に比べ小回りが凄く効く乗り物らしい。
「あれはどういう仕組みで動いているのかしら?」
疑問は深まるがまずは目の前の自分のことからだろうと思い、彼女は自分の腰に付けたポーチから止血用の道具を取り出す。
ポーチの大きさは縦10cm、横15cmほどしかないがそこから取り出された止血用の道具は縦横30cmほどもある箱。
彼女は取り出したその『箱』を地面に置き箱の横サイドに触れると箱にくぼみができ、そのくぼみが水色に光り中身を取り出せるようになる。中にはペットボトルの形状に似た容器が二つ入っており一つには毒々しい色をした淡いピンク色の液体が入っいて、もう一つの容器には彼女自身の髪色よりも濃い水色の液体が入っている。
トワは容器の上の部分を地面に叩きつけ液体を外に出せるようにし急いでピンク色の液体を背中に、水色の液体を右足にかける。
その瞬間貫かれたはずの背中から出血が止まり、骨折したはずの右足の痛みはどこかに消えてしまう。
「これで応急処置は大丈夫」
男の方に目を向けるが変わらず避け続けている。彼女は感心すると同時に自分も何かしなければという気持ちになる。
「何か、あいつを倒す方法はないか!!」
聞こえてくる男の声。「無いことにはないが果たして任せてよいものか」と心の中でつぶやく。何もトワは彼に対し運動能力的に劣っているため倒せる自信がないから言っているわけではない。彼自身の体を憂いているからこそそれを本当に託してよいのか疑問に残る。だが、
「早く!!!」
という彼の声がトワの疑問を払拭する。任せるしかない。
「あるわ!!倒す道具を渡すからこっちに向かってきて」
「了解!!」
アイコンタクトの後、彼が全速力でトワの方に向かってくる。
トワはポーチの中から手のひらサイズの立方体の『道具』を取り出し渡す準備をする。
全力で向かってくる彼の顔は全力そのもの。後ろの様子をチラチラと眺めるものの足だけは変わらず一時も止めることなく動かし続けている。
男との距離まで残り20m、15m、10m、5m、今だ
「これを取って!!」
そう叫び彼に手渡す。彼は右手で移動用の乗り物を操り左手でその『道具』をひょいと受け取る。
『道具』を取る瞬間彼女を安心させるためか彼は少しの間笑みを見せる。
「どうか無事に」とトワが内心思う裏腹に彼はその道具を天に掲げ、何事も無いように乗り物の速度を上げる。
「ありがとう」
自分一人で戦っていないことが分かりトワの胸の内が熱くなる。
正面を向くと5本の枝が飛んでくるが、襲う対象をこの場で変えた攻撃には知性のかけらも感じられない。敵が適当にしてきた攻撃をさばききるなど今の彼女にとっては容易なことであった。
男は全力で自転車を漕いでいた。アドレナリンでもでているのだろか、全くもって足が痛くない。舗装など全くされていない地面のせいでお尻から振動が伝わりハンドルは揺れ自転車を制御することに手こずるがそうも言ってられない。少しでも速度を緩めたら間違いなく腹に穴が開くことになってしまうからだ。
視点を左手に移すとそこにあるのは立方体のよく分からないものを手にしている。よく分からないと言ったがそのフォルムには見覚えがある。渡された立方体の箱全ての面には黒い点がありそれはどの面にも同じように縦に3つ並んでいるものが横にもう一列ある。まるで『サイコロ』の6の目だ。
「これをどうすればいい!!」
今日何度目か忘れた自分に出来る精一杯の大声で疑問を投げかける。
「奴の口の中に投げ入れて!!」
と返答がやってくる。
「分かった!!」
彼女に目を向けたときに枝を弾き飛ばし続けているところに目が行く。勿論自分がギリギリの所でかわすことしか出来なかった枝を弾き飛ばすことが出来ていることも理由にあるがそれだけではない。彼女が枝を弾き飛ばすのに使っているのが『傘』のような武器だったからである。小学生の少年のように取っ手の部分を握り込み閉じた状態の傘を操り、見事に枝の全てを弾ききっている。
「まるでゲームキャラのようだ!!!」と洛錬は形容したぐらい興奮が冷めようとしない。
洛錬は怪物の周りを回っている所から一転覚悟を決め怪物に向かって行く。
距離にしておよそ30m。突然の進行方向の変更に植物の化け物は対応しきれなかったのか虚を突かれギョッとし、トワを攻撃していた枝を体に戻そうとするも洛錬を攻撃しようとした枝と絡まりどちらも失敗に終わる。
残り20m。
化け物は突然の攻撃に間に合わないと思ったのか防御の姿勢をとる。「まずいこのままでは口に投げ込めない」と思うが顔の横すれすれに半径50cmほどの火球が飛んで来て防御をしている枝にぶつかる。煙を発生させながら怪物の体勢を崩すことには成功するが枝は一つとして燃えることは無く全て変わらず残っている。
残り10m。
だが体勢が崩れただけで御の字だ。行ける、今なら口の中に投げ込める。
「行けーーーー!!!!」
怪物の口にこの『サイコロ』のようなものを投げ込み口の中で小規模な爆発が起こる。奴の口からも爆発の煙が出てきて、
その煙を飲み込んだ。
耳に残る『クシャクシャクシャ』という怪物の笑い声。どうやら討伐に失敗したらしい。