009『お約束』
というわけで、街に戻ってきました。
時刻としては夕暮れ時。
まだ暗くなるまで時間があるが、この時間帯ともなるとチラホラ狩りを終えて街へと戻る冒険者の姿が確認できる。
ただ……なんというか目立つんですよね。
僕に関しちゃ肩にスライム乗せたテイマーだし、ホムラは完全に世界観ぶち壊しの服装をした、加えて美少女だ。よく考えたら目立たないはずがない。しかも運悪く両方とも黒髪だしな……。
「父……じゃなかった。ソーマ、目立ってる?」
「みたいだなぁ……。残念ながら」
自信満々に歩くホムラ。
ヒラヒラと揺れる黒軍服。
「……時にホムラちゃん。麻の服に着替える気……」
「ない」
「そっかぁ……」
そうだよね、その服気に入ってたもんね。
言われたまんま、何も考えることなく召喚してしまった僕が悪いんだもんね。もう何も言うまいよ。
好きに目立ちなさい。
僕は後ろに隠れてるから。
そんなことを考えている間にも、門に到着。
門番の人には「ん? おお、テイマーの……って、誰だその嬢ちゃんは?」みたいなことは聞かれたが、彼女の犯罪歴がないことを確認して普通に町中へと通してくれた。といっても確認は僕の時同様に軽く問答しただけなんだが、それだけで判断できる魔導具とかスキルとかがあるんだろうな。
ということで、街中でも注目を浴びながらギルドへとやってきた僕ら。
早速依頼の報告……はまた今度でもいいか。とりあえずホムラの冒険者登録を先にしとこう。彼女はスイさんと同様に常時召喚状態にしておきたいからな。安全のため。
とまぁ、そんなこんなでギルド登録するべくホムラを受付前にできた長蛇の列へと並ばせる。
……え? 僕?
いやぁ、特に用事もないのにあの列並ぶ気力なんて有りませんよ。今日一日だけで『白の猛獣戦』を経て十数キロ徒歩で歩き、街に来たかと思えばまた十数キロ歩いて森中を警戒しながらうろつくこと十数分。ゴブリンをなんとか狩り終わったところでまた十数キロ徒歩である。
……もうね、ぶっちゃけ辛い。
なに、なんでニートがこんなに頑張らないといけないの? 普通に働いてるんだけどこれってニートって呼べるのほんとに。
「あぁ……辛い」
「おう、どうしたテイマーの兄ちゃん、そんな顔で」
酒場のカウンターに座っていると、マスターが笑顔でそんなことを聞いてくる。ここで素直に『働きたくないんです』って言えたらどれだけ楽か。……くそぅ、早く商会ぶっ建ててなんにもせずに生きていけるだけのパラダイスを作りたい。
「……いえ、少々目立ったもんですから」
テキトーにそんな感じの言葉を返すと、マスターは「あぁ……」と苦笑いを浮かべた。
「だよなぁ……。勇者様とおんなじ黒髪ってだけでも珍しいのに、加えて兄ちゃんはテイマーだもんな。噂に聞くに、テイマーってキツイんだろ? ほら、魔物を従えたりなんなりと」
「ですね……」
テイマーの事なんざ知らないが、とりあえず話を合わせる。
と、そんなことをしている間にもホムラの冒険者登録が始まるようだ。知覚共有スキルで入ってきた情報に振り返ると、ホムラ担当の受付嬢さんは僕の時と同じ女の人らしい。
『はい、本日はどのようなご要け……え、黒髪?』
『ん、ソーマに冒険者登録しろって、言われてきた』
『あ、あぁ、もしかしてご兄妹でしょうか。了承しました。それではこちらの水晶に手を当ててください。……はい、問題ありませんね。こちらFランクのギルドカードとなります』
ふむふむ……なかなかスムーズにことは進んでるみたいだな。
ホムンクルスということもあって、もしかしたら常識的な面で問題あるのかな……とも思っていたが、ホムラは僕の記憶もある程度は継いでるみたいだしな。でなきゃ生まれて直ぐに『勇者としての力を継いでる』なんて単語が出てくるはずもない。
「んお、珍しいな……黒髪なんて。兄ちゃんの知り合いか?」
「ですね。まぁ、兄妹みたいなもんですよ」
マスターの声にそんな感じで返しておく。
兄妹も親子もさして変わらんだろ。家族って意味合いなら。
と、そんなことを考えている間にもホムラの冒険者登録は完了したようだ。
受付嬢さんにペコリと頭を下げた彼女は、列から抜けて僕の方へと歩き出す。
……さてと、それじゃあ面倒くさい輩に絡まれるより先に宿屋でも探しに行きますかね。そんなことを考えて椅子から立ち上がると――
「……うげっ」
僕とほぼ同時に酒場の一角から立ち上がった冒険者パーティを見て、思わずそんな声を漏らした。
彼等の視線は真っ直ぐにホムラの方へと向かっており、その口元には下卑た笑みが浮かんでいる。
「お、おい兄ちゃん!」
酒場のマスターが焦ったように声をかけてくるが、多分もう手遅れってやつだろう。そう心の中で諦めつつも。
「おいおい嬢ちゃん! そんなナリで大丈夫かァ!?」
――お約束。
そんな言葉を思い出し、大きなため息を漏らした。
☆☆☆
お約束。
冒険者ギルドに登録しに行ったら絡まれるというアレだ。
まぁ、僕みたいなニートはそういうのとは無縁だったみたいだが、なんというか、ねぇ? ホムラみたいな黒髪軍服、あと美少女みたいな存在は話は別だ。
「武器もつけねぇで冒険者とか、もしかしなくても初心者だろ?」
「げはは! そうにちげぇねぇ! ひ弱そうだもんなァ!」
「あぁそうだ! じゃあ俺達が稽古つけてやんよ! 手取り足取り腰取り教えてやんよ! がはははは!」
そんな光景を見ながら、とりあえず椅子に座る。
「で、マスター。アイツらは?」
「ちょ、な、何落ち着いた雰囲気で頬杖ついてんだ! アイツらは初心者冒険者に難癖つけることで有名なDランク冒険者パーティ! 絡まれた中には失踪し、後から死体として発見される冒険者も居てな……。ただ、証拠が残ってねぇから、ギルドも下手に手を出せねぇんだよ……!」
「Dランク……か」
Fランクが仮契約として、Eランクが駆け出しってとこか?
んでもってそのひとつ上となると……一人前? 良くてベテランってところだろか。勝てないってわけじゃないが……バトルラビット相手に手も足も出ない僕からしたら、Aランク冒険者もDランク冒険者もさして変わりない。
殴り合えば、僕が死ぬ。
それだけの事である。
とりあえず、大男三人に囲まれながらもじっと僕の方を見つめているホムラに知覚共有スキルで話しかけてみる。
(おうホムラ? 何とかできそうか?)
(……ん、武器あれば、多分十秒かからない)
嘘つけこの野郎……と、言えたらどれだけよかったか。
そういやホムラ、本物ではないけどスペックはまんま勇者だもんな……。そりゃテンプレの一つや二つ、悠々とこなせるだけの力はあるか。
(……ま、分かったよ。武器なら僕の魔剣もどき貸すから対処は任せる。手に負えなさそうだったら言ってくれ。スライムで埋め尽くす)
そう言って腰に差してた魔剣もどきを鞘ごと外すと……次の瞬間、ふぉんっという音と共に僕の手の中から剣が消える。
驚いてホムラの方へと視線を向けると……たぶん、召喚術スキルだろうな。僕の手元から呼び寄せた剣を腰に差す彼女の姿がある。
「うおっ! な、なんだ……!?」
「し、召喚術……!? 勇者召喚に携わる王族を除けば、千年に一人しか現れないという伝説の……!?」
Dランク冒険者のパーティメンバーが動揺し、酒場のマスターが目を剥いてそう叫ぶ。おかげでホムラにギルド中から注目が集まってゆく。……まぁ、召喚術の情報手に入れた代償だと思えば別にいいか。目立ってんの僕じゃないし。
(じゃ、ソーマ。やるけど、いい?)
(その剣めっちゃ切れるから、間違って怪我しないよう気をつけろよー)
そう伝えながら欠伸をすると、新たに動きがあったようだ。
「な、何をなさってるんですか! 彼女はたった今登録したばかりの仮契約者ですよ!」
そう言ったのは受付嬢さん。
名前は知らないが、勇敢だなぁ、あの人。少なくとも僕には生身でアイツらに突っ込んでいけるだけの勇気はない。
「うるせぇな、ギルドは黙ってろよ!」
「俺たちゃこの子に親切にもアドバイスしてやってるだけなんだからよ!」
「それともなんだァ? 俺たちに構ってもらってるルーキーに嫉妬かァ!? げはははは! だとしたら夜にでも構ってやるから安心しな!」
そう言いながら、男の一人がホムラの肩へと手を伸ばす。
そして――スカッと、伸ばした手が何も無い空間を空振った。
「……あ?」
「お前、なんか臭い。気持ち悪いから触らないで」
一瞬にして男の背後へと回り込んだ我らがホムラさん。
うん、全く、微塵も、この距離ですら見えませんでした。
いやー、すごいね勇者って。これが本物ってことなんだね。一人うんうん頷いていると、今頃になって言われた意味に気がついたか、顔を真っ赤にして青筋を浮かべた冒険者が背後のホムラへと拳を振るう。
「テメェ! 言わせておけば――」
それは、多分僕が食らったら三日間は起き上がれないだろうなってくらいの強烈な拳。流石はDランクと心の底から感心したが。
ふっと、虚空を炎が滑り、気がつけば奴の右腕は魔剣もどきによって切り落とされている。
「……ぁ? あ、あが、あああああああああああああ!?」
「うるさい」
切り落とされた腕から出血はない。『炎撃』の影響で傷口が一瞬にして焼かれてしまったのだろう。男は痛みと熱さで絶叫しながら転げ周り――次の瞬間、彼女の蹴りが男の胴体を直撃する。
途端にギャグ漫画みたいな勢いで吹き飛んでいく男の姿。
対してホムラは小さなため息を漏らすと、スっと鋭い視線を残る二人へと突きつける。
「て、て、テメェ!」
「不意打ちなんてふざけた真似を……!」
そんな言葉と共に残る二人も武器を構える。
――が、直後にはそれらの武器は細切れになっており、その光景に男二人の頬が大きく引き攣る。
対し、剣を鞘に収めたホムラは、両の拳を振りかぶる。
「これで、おしまい」
かくして、二人の胴へと彼女の拳が突き刺さる。
気がつけば最初の一人同様に二人の体は大きく吹き飛ばされており、その光景に唖然と目を見開く受付嬢さんに、ホムラは自信満々にこう言った。
「正当防衛、もんだいなし」
……うん、正当防衛には違いないけど、ホムラさん。
その、ちょーっと、やりすぎじゃありません?
生まれて初めて見た『リアルお約束』に、僕は頬を引き攣らせながらそう思った。