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060『先の夢』

 ニートとは、即ち働かないことと見つけたり。

 最近出来た僕の座右の銘である。


 ニートとは、働かない生物である。

 引きこもり、怠惰を極め、他人の脛を齧り生き続ける。

 それこそが本来のニートの在り方。


 それが……どうだ、ここ最近の僕は。

 ニートなんて名ばかりの一般人に成り果て……いや、成り上がってしまったじゃないか。何だこの体たらく。一年前の僕がみたら哀しみ泣き喚くぞ。


 そも、働こうと言うのが間違いなのだ。

 いや、働こうだなんて思ってもないんだが、やっと一段落つけそうになった所で魔王とかそこら辺が攻め込んでくるのが悪い。

 結果として、知り合いを見捨てられるほど非情になりきれない一般人(バンビー)は色々と働くことになってしまって……あぁ、もう嫌! 働きたくねぇ! 休ませろ!


 と、いうことで。


「休んでていい?」

「ダメだ起きろ」


 正装のイザベラが額に青筋を浮かべていた。


「貴様は……本当にバカなのか? まだ、この場に来たことは褒めてやろう。正直なところ、ここに来ること自体面倒くさがって、私が無理矢理引きずってくることまで視野に入れていた。だから純粋にそこは褒めてやる。が、ここに来て面倒なことを言い出すな面倒臭い」


 僕の隣に立っているイザベラへと視線を向ける。

 彼女はこの前、戦闘の時に装備していたものとはまた別の鎧を纏っている。多分これは()()()()()()で着用するようの見た目重視の鎧なんだろう。カッコイイしな。

 対する僕の服装も、普段とは大違いだ。


『ソーマさん! 今回ばかりは正装でないと……』

『そうっすよ! 普段通りのだらしない格好で行ったら世界中の笑いものっす! きちんとカッコつけて行くが吉っすよ!』


 とは、カイとアレッタの言。

 今僕は、貴族が着るような黒い正装に、上からスイミーさんのローブを羽織ってる。スイミーさんも珍しく意識してるのか、いつもよりゴージャスな模様とか表現しちゃってる。


「はぁ……めんどくせ」


 ソファーに横たわったまま、天井を見上げて息を吐く。


 ――ナラク襲撃から、一週間。

 危惧されていた魔物の軍勢だが、ナラクが死んだのと同時に統率を失ったらしく、あの後アレックスやホムラを中心にほとんど殲滅されてしまったらしい。


 また、ナラクについても問題なく死に絶えた。

 アイツが『どこに』命をストックしていたのかは知らないが、酸欠空気は瞬く間に奴の全身へと駆け巡り、三十分もしたころには全ての命がコロッと行ってたらしい。賢者がそう言ってた。


 今回の件による被害者は、ナラクに殺された一般人、冒険者、騎士、貴族が十数名。それと魔物の軍勢と戦っていた冒険者が数十名と言ったところで、他の面々は少なからず傷を負いながらも無事に襲撃を切り抜けた。

 かくいう僕も、当時は魔力を使いすぎてぶっ倒れたくらいだけど、一週間ほど引き篭れたおかげで魔力も全快。

 むしろ大幅なレベルアップで当時よりも魔力量が上がってるほどだ。今じゃ隠蔽済みの魔力量でも大魔王クラスだと賢者が言ってたしな。

 それと、この女もなんだかんだで生き延びた。


「ソーマ様、面倒臭ければボイコットするのも一興かと思いますよ。そういえばちょうど有名な茶菓子が手に入ったのです。宜しければ我が家にてお茶でもどうでしょう?」

「え。やだよ、疲れそうだし」


 僕の言葉にその少女――マナ・エクサリアは頬を引き攣らせた。

 そう、何だこの礼儀正しい少女は……と思うだろうが、この女、あの辛辣にして悪辣の帝王、マナ・エクサリアである。

 この前までは『聖女なんて名ばかりだろ』としか思ってなかったが、何があったのかあの件以来こんな感じの『ガチ聖女』へとクラスチェンジした様子。

 そんなことを考えていると、イザベラが頬に怒りマークを浮かべていた。


「おい貴様……、随分とこの男に対する態度が違うようじゃないか。なんだ、右足が()()()()()()()気でも触れたか?」

「あらやだ、無神経な脳筋がいらっしゃいますね。そんなことを言われてしまうと泣いてしまいます……」

「貴様はそんなキャラではないだろうに……」


 イザベラがため息を漏らし、マナの右足へと視線を向ける。

 結局、彼女の足は完治しなかった。

 瓦礫によって潰された右足。何とかポーション類やら回復魔法やらで形は取り戻したものの、神経は完全にやられてしまったようだ。

 彼女は今、杖なくては歩けない体らしく、僕がもうちょっと早く駆けつけられていれば……と、ほんの少し後悔が滲む。

 ま、ほんの少しだけ。だけどな。


「それに、この方は私の命の恩人です。態度を改めるのは当然でしょう。ねぇ、イザベラ」

「ま、まぁ……そう、だな」


 イザベラ(の妹であるアイシャ)の命の恩人だからな、僕。

 彼女もなんとなーくマナの気持ちは分かるんだろう。なんとも言えない表情でイザベラは頷き返す。


「ま、態度を改めたのはハイザだけで、どっかの脳筋貴族は最初から変わらないけどな」

「だ、誰が脳筋貴族だ!」


 ポツリと呟いた言葉にイザベラが反応する。

 真っ赤な顔をする彼女に苦笑していると、コンコンっとノックが聞こえて体を起こす。


「ソーマ様、お時間です」

「あぁ、はいよ。今行きます」


 ソファーから立ち上がると、服を軽く払って整える。

 面倒臭いが……面倒臭いけど……本当に面倒だけど!

 これやっといた方が後々楽だしなぁ。ほんと嫌で嫌でしょうがないんだけど、やっといた方が良いっぽいから、やるしかないわけで。


「それじゃ、行くか叙勲式!」


 まぁ、貰うのは勲章じゃなく、別のものなんだが。

 細かいところは置いといて、国王と、ついでに国民が待ってるみたいだし。さっさと行って、さっさと帰ろう。

 そんなことを考えながら、僕は部屋の扉を開いた。




 ☆☆☆





 もう、歓声しか聞こえない。

 メインストリートは人々で埋め尽くされてる。

 どういう原理か、空中には正装をした一般人の映像が映ってる。何だこの背伸びして着飾った一般人(バンビー)は、とか思ってよく見たら自分だった。


「冒険者、ソーマ・ヒッキーよ!」


 国王ゼスタの声が響いた。

 たった一声で歓声を全て黙らせる王の風格。

 その姿を真正面から見据えると、色んなものが目に入る。

 ニタニタ笑ってるカルマ王子。

 不満そうに顔を背けるナグラス王子。

 薄く微笑む賢者に、イザベラとマナ。


「此度、貴殿は王都襲撃において多くの戦力を動員して民を守り、また城を襲った【災厄の王】ナラクを単独で撃破した! 加え、犯罪ギルド【絶望の園(デスパイア)】の壊滅、公爵家の魔力病治癒、グスカの街の防衛など……、貴殿が行った数多の功績を此処に称える!」


 再び歓声が響く中、僕は瞼を閉ざす。

 思い出せば、色々あった。

 最初は目立たないことをメインに、色々頑張った。

 けど、土地を貰おうって以上、目立たないことなんてまず不可能だと考え至って、そこから次にまた違うことを考えた。

 国の下につくことなく、土地を貰う。

 そのためには圧倒的な功績が必要だと、結論着いた。

 だから、目立つことを諦め、自分の力を使ってきた。


 そして今、ここに立ってる。


(うん、概ね予定通り)


 予定外なのは、何故かこんなに大掛かりになってるってこと。

 功績って言っても大魔王の左腕を倒す予定はなかったってこと。

 あと、何故か国王の使ってる拡声器がふたつある事。

 まるで、もう一人誰かに喋ってもらう予定であるかのように。

 瞼を開くと、珍しく国王が笑っていた。

 しかしその顔はイタズラ小僧が笑っているようで、嫌な予感しかしなかった。


「故に、冒険者ソーマ・ヒッキー! お主に最上級勲章を与えると同時に、我が国の【伯爵】として向かい入れる!」


 その言葉に歓声が響くが……おいおいちょっと待て国王コラ。話がちげえじゃねぇかコノヤロウ。

 思わず素で睨むと、彼は楽しそうに僕の方へと拡声器を投げてくる。

 なんとかそれを受け止めると、うん。電源入ってやがる。否定したいならこの場でやれってことか? その髭むしり取るぞ国王。

 僕は大きく息を吐く。

 眼下には僕を祝福してくれてる人達が大勢いるけど。

 とりあえず、僕はその歓声に冷水をぶっかけるとしよう。


「あっ、お断りします」


 即答即断、断固拒否。

 先程まで響いていた歓声はピタリと消えて、国王が難しそうな顔を取り繕う。わざとらしすぎるだろこの野郎。


「……断る、と?」

「ええ。まぁ。お断りします」


 下の方からざわめきが聞こえてくる。

 どういうことだ、だとか。

 何考えてる、だとか。

 平民、貴族、関係なしに困惑が広がっていく中、僕はそれらしい言葉を重ねてゆく。


「僕は、あくまでも凡人。天才でもなければ秀才でもない。今回とて、たまたま偶然努力が報われただけ……。貴族の一員としてこの国を担っていくのは、僕には荷が重過ぎます」

「……ほう、ならば。なにを望む」


 国王は問いかける。

 答えなんてわかりきったその問いを。


「金か」

「否」

「名誉か」

「いいえ」

「女か」

「違います」

「権力か」

「いいや」


「ならばお主は何を望む?」

「土地を望みます」


 まるで示し合わせたような問答。

 街の中を静寂が包み、誰かの喉の音さえ聞こえてきそうだ。

 そんな中で、僕は拡声器へと声を当てる。


「今回のことで知りました。魔王はあまりにも強大。その力は簡単に人の想像を超えてくる。……このままでは、僕ら人類に未来はない」


 街づくりのための、土地の獲得。

 そこまでは国王やイザベラたちにも言ってある。

 だけど、()()()に関してはまだ何も言ってなかったよな。

 僕は大きく息を吸うと、国王たちに笑顔を返す。



「故に、僕は魔王に勝てる人材――【勇者】を育てる学舎を創る」



 その言葉に、驚愕が広がってゆく。

 さしもの国王でも目を見開いて固まっており、こりゃ話を振っても意味ないな、と少しだけ言葉を重ねていく。


「勇者とは、決して異世界から召喚された者を指す言葉じゃない。魔王を……いや、()()()()()()()()()()()に与えられる至高の勲章」

「……つ、まり」


 国王がなんとか言葉を絞り出し。

 そして。僕は自信満々にこう告げた。


「勇者とは伝説にあらず。勇者とは育てるものだ」


 もちろん、そう呼ばれる存在は確かに居る。

 伝説の中の勇者本人に、僕やホムラと言った力を継承した者達。

 他にも世界中には天才や秀才がゴロゴロ居る。

 けれど、勇者とは本来そういうものだ。

 大魔王を、討伐した者。

 ソイツは天才であれ凡人であれ、等しく勇者と称えられる。


「だから、土地を下さい。僕は街を作り、学舎を作り、世界中から、人種関係なく、国も関係なく、一般人、貴族、奴隷、果ては魔物まで、望む者全てを招待し、育てましょう。その中にたった一人、勇者が現れればそれでいい」


 僕の言葉に国王は目を見開き、最後には笑った。


「く、くく、くかははははは! なるほど、勇者を育てる……か! しかし、貴様にそれができるのか? かつての勇者が成した大偉業、それ以降一人たりともなし得なかった大魔王討伐。それが出来るだけの人材を育てる。その自信があるのか?」

「ありますよ。僕はその片腕を倒した。なら、僕より強い奴を育てればいい」


 その中にはもちろんホムラも含む。

 これから増えるだろう僕の召喚獣たち。

 そして、これから成長する(かもしれない)僕自身。

 世界中の誰か一人でも、その到達点まで行ければいい。


「だから、僕は王国の下にはつきません。僕はあくまで、全ての国と中立でありたい。全ての国から勇者の卵を選出したい。……もちろん、この国からも」


 眼下を見下ろす。

 さーっと視線を動かしただけだが、何人かくらいは『目が合った』と感じてくれる人もいるだろう。


「だから、僕が望むのは土地だけです」


 改めて国王へと視線を向ける。

 正直ね、世界平和とかは興味無いんですよ。

 この学舎プランだって『街には戦える戦力多い方がいいだろ』って考えてた奴だし。元々こんな大袈裟にするつもりはなかった。けど。


(大魔王、お前さ……、少し、はしゃぎ過ぎたんじゃないか?)


 別にお山の大将やってんのはいいよ。

 ただ、手ぇ出す相手を間違えたな。

 こちとら女神からチート貰ってる異界の勇者。

 スペックだけならかつての勇者にも負ける気はしない。

 そんな僕に、ちょっかいかけてきやがった。

 しかも、一回ならず、二度、三度までも。


(仏の顔は三度まで。けど、僕の顔は二度で終わりだ)


 僕の進む道は揺るがない。

 もしもその道に障害物があるのなら。

 邪魔立てする大魔王がいるのなら。

 その時は、容赦なく全力で挽き殺す。



「大魔王討伐、そのために」



 歓声が爆発し、国王が呆れたように笑う。

 ちょっとばかし、進路変更だ。

 学校作って、商会作って、街整えて。

 色んな国と交渉やって、引きこもろう思ってた。

 けど、もうひとつ寄り道することが出来た。


 ――炎魔王ムスペルをぶっ飛ばす。


 キングゴブリンに、デュラハンに、ナラク。

 三度も邪魔してきやがったんだ。

 いっちょ、ぶん殴られる覚悟、出来てんだろうな。


 僕は薄く笑って、遠く南の方へと視線を向けた。



《完》



まだ続きを考えたりもしてますが。

一旦、物語はこの辺で。

続きのお話は、完結後のおまけとして、まったり出していく予定です。


というわけで。

今までご愛読ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
完結おつかれさまです!その後の話も楽しみにしてます!
完結おめでとうございますこの主人公なら勇者を育てるのもやってくれそうですね
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