006『3つの試練』
冒険者ギルド。
それは、人々や街、国からの依頼を『冒険者』と呼ばれる者達へと斡旋する組合で、斡旋される仕事の中には荷物運びや雑草むしりといった雑務から、中には滅多にないがドラゴン討伐なんてのもあるらしい。ちなみにこれらは八百屋のおばちゃん情報だ。お上りさん的な雰囲気醸し出してたら楽勝だったね。
「へぇ、これが……」
ギルドに入って一番に、案外綺麗だな、って感想を覚える。
受付のカウンターに、上の階へと続く階段。奥の……訓練場か? それっぽい運動場へと繋がる廊下に、ホールに隣接された小さな酒場。
まさしく冒険者ギルド。ただし小奇麗。
なんだか全体的に神殿のような雰囲気を感じる。石造りの床は大理石でできてるんじゃないかってくらい綺麗な輝きを放っているし……これだけ綺麗だとすこし歩くの躊躇うな。まぁ、躊躇った時間はコンマ一秒にも満たなかったけど。
「あの、すいません」
「あら、少々お待ちくださーい……」
ガラリと空いてる受け付けに行って呼びかけると、奥の方から受付のお姉さんが小走りで走ってくる。
「申し訳ありません。如何しましたか?」
「あの、冒険者登録したいんですが」
と、ここで「おいおい、あのガキ冒険者登録したいんだってよ!」と絡んでくる酔っ払い冒険者……の姿はない。酔っ払いはみんな酒に夢中だ。
「承りました。それではこちらに記入をお願いします」
そう言って渡されたのは一枚の紙。
その紙には【名前】【種族】【年齢】【職業】【得意武器】【一言】との欄がある。多分これを埋めろってことだろう。
……にしても、現代日本のものと比べればガサッガサのゴワッゴワだが、こういう所にも一応紙は流通してるんだな。商会開いた時の参考にしよう。
同時に受け取ったインク付けて書くペンみたいなので、四苦八苦しながらそれらの欄を埋めてゆく。どうやら『書く』方にも翻訳機能は有効なようで、特に何ら困ることなくそれらの欄を埋めてゆく。
とりあえず間違いないかもう一度確認してから受付嬢へと紙を渡すと、それを見た彼女が目に見えて頬を引き攣らせる。
【名前】ソーマ・ヒッキー
【種族】人族
【年齢】22
【職業】テイマー
【得意武器】皆無
【一言】戦えません
「……………本当に冒険者しに来たんですか?」
「ええ、テイマーですので」
「そ、そうですよね……はい。分かりました。それではこちらの水晶に手を当ててください」
戸惑った様子の様子の受付嬢さんだが、テイマーと言った途端に納得してくれたようだ。時間が無くて荒くれ者たちからは情報を聞き出せなかったが……テイマーは基本脆弱職って考えた方が良さそうだな。これで納得されるってことは。
閑話休題。
ということで、彼女が取り出したのは台付きの水晶。
彼女の言葉に従って右手で触れると、水晶玉が僅かに光輝く。彼女の様子からするに……特に問題はなかったみたいだな。
「はい、犯罪歴等ないことは確認出来ましたので、こちら、最下級である『Fランク』のギルドカードとなります。Fランクの状態でこちらの出す依頼を三つ完遂できましたら、ギルド登録費のお支払いと共に、Eランク冒険者として正式に登録をすることになっております。ソーマ様は現時点ではまだ『仮』の冒険者、という扱いですので、諸々ご注意ください」
なるほど、この時点で冒険者に向いてさそうな輩は落とすって算段か。そんでもって依頼を完遂できると確信できた時点で正式な契約……と。随分と用心深いんだな。渡された鉄色のギルドカードを見ながら内心思う。
「分かりました。詳しい説明もその時って感じですかね」
「そうですね。とりあえず現時点で注意して頂きたいのは、こちらで出す三つの依頼を三日以内に完遂しなければいけないということです。また、何らかの要因で傷を負った、命を落としたとあってもギルドは一切責任を負いませんので、そこら辺はお気をつけ下さい」
まあ、仮登録ってならそんなもんか。
その言葉に首肯で返すと、受付嬢さんはカウンターの下から五枚の依頼書を取り出した。
それぞれ『ゴブリン三体の討伐』『バトルラビット五体の討伐』『薬草三束の採取』『農家の雑草むしり』『街のゴミ拾い』とのタイトルがあり、それらを前にふむと唸る。
「とりあえずタイトルから大まかな内容は察せられると思いますが、一応この中から三つ、依頼を選んでいただきます。また、依頼の変更は認められませんので、ご注意願います」
依頼の変更は認めない……か。まぁそうだよな。冒険者になって『難しそーなんでやっぱこの依頼やーめた!』とか言ってたらぶん殴られるもんな、たぶん。
「バトルラビットってのは……あの恐ろしい白獣のことですよね」
「恐ろ……? え、ええ。はい。一応……その、魔物の中では最低位ランクに位置づけられてる魔物なのですが……」
そうですか……最低位ランクですか。
となると、その最低位ランクに手も足も出なかった僕は一体何なのか。
たぶん最低位ランクなんてぶっちぎったどこかに位置してるんだろう。
となると……戦闘はなるべく避けたいところだけど、正直スイミーさんとゴーレムさえいればここら辺の敵はなんとかなると思う。スイミーさんも荒くれ者戦でレベルアップしてるだろうし。
問題は複数体出てきた時だが……あっ、そういやこっちも複数体召喚できるんだった。ならなんの問題もないな、うん。
「それじゃ、『ゴブリン討伐』『バトルラビット討伐』『街のゴミ拾い』でお願いします」
「はい、分かりまし……街のゴミ拾い? え、よりにもよって今までに誰も選んだことの無い依頼ですけど……」
「あぁ、スライムの従魔が何体かいますので、うってつけかと」
スライム個々人の能力までは知らないが、少なくともスイミーさんは物理攻撃への耐性と、体の中に何かを取り込み、収納する能力を持っている。ちなみに道中で倒した白き猛獣バトルラビットもスイミーさんの中に収納している。
「あ、あぁ……なるほど。テイマーですもんね……」
「田舎から出てきたばかりで世俗に疎いんですが……テイマーってそんなに珍しいんですか?」
ここぞとばかりに聞いてみると、他に並んでる冒険者もいないということで受付嬢さんは親切に教えてくれた。
「そう……ですね。少なくとも私は初めて見ましたね。かなりレアな職業で、噂では百万人に一人の割合でしか発現しないとの話もありますね。……まぁ、その代わりにステータスの成長率が低下するのと、自分で倒した魔物しかテイムできないこと。その他にもテイムした魔物を使役するにはかなりの魔力量が必要だともありますね」
……なるほど。
僕の脆弱ステータスを理由付けるにはいい感じの職業だが……そうなるとなんで倒せもしないゴーレムをテイムしてるのか、って話になるよな。
百万人に一人しかテイマーが居ないなら『裏技見つけましてね』とか言っても通せそうだが……さてどうしたもんか。
しばらくはゴーレムさん抜きで行くしかないかな、と考えている間にも依頼の受注処理が終わったようだ。
「はい、それでは受注完了しました。……テイマーはかなり戦闘面でデメリットがあると聞きます。難しければ無理しないように頑張ってください。あと、スライム単体で街中を移動させる際は、テイムされてる目印として何かしらの対応をお願いしますね? さすがに魔物が街中に溢れていたら大事ですので」
「あ、はい。分かりました」
とりあえず赤いスカーフでもスライムに持たせて動かせるか。
そうすれば問題あるまい。
そんなことを思いながら、僕はギルドを後にする。
まずはゴブリン討伐……の前に昼だな。さすがに少し腹減った。
☆☆☆
昼飯を終えて。
門番の人にゴブリンは街を出て南に行った森(異世界に来て最初に見た場所)に生息してるとの情報を貰ったので、僕は来た道を再び戻っていた。
こういう時に騎乗できる召喚獣でも居れば楽なんだが……まだそういう系は居ないんだよな。スキルレベルが上がれば召喚できるようになるのかもしれないが……今後に期待である。
えっ?
車を召喚できないのかって?
ニートが免許持ってるわけないでしょ!
ちょっとは考えてから発言なさい!
「さて、森に来たわけだが」
『……!』
道中でのラビットによる襲撃はなかった。
もしかして最初のラビットは特異個体……徘徊系のボスだったのかもしれない。そう考えると僕も負けて当然。むしろ徘徊系のボス相手にLv.1であそこまでやれたのは奇跡……って、こんな現実逃避は止めておこう。あれは単純にはぐれラビット。そんでもって僕は雑魚。下手に現実逃避しても虚しくなるだけだ。
「気配……なんてもんは分からんが、ゴブリン居るのかね」
突然襲撃掛けられても嫌だ。
とりあえず召喚術式を使って防具っぽいものを呼び出してみる。
「召喚『軽くて硬い、あと初心者にも装備しやすい鎧』」
頭の中でなんとなくイメージはある。
白くて硬い胸当てに、必要最低限の場所……腕や足なんかを守ってくれる白い鎧。目を開いて召喚を始めると、目の前には想像した通りの防具が転がっていた。
「よし、これでいい感じだろ」
初心者でもつけやすいということで、かちゃんかちゃんとあっという間に装備は完了。頭の装備……も必要だな。とりあえず頭まで真っ白にするのはあれなので、黒いヘルメットを召喚する。顔まではないが、サバイバルとかでも使えそうなガチゴチっとしたやつだ。
「さて、それじゃあ行くか!」
とりあえずできる準備は全部済ませた。
肩で元気よく跳ねるスイミーさんと共に、僕は森の中へと足を踏みだす。
メインヒロイン登場まで、あと2話。