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058『災厄の王』

「うん、向こうは大丈夫そうだね」


 瞼を閉ざしていた賢者様が、笑みを浮かべてそう言った。

 場所は王城、謁見の間。

 多くの貴族たちが集められたその場において、彼女は瞼を開くと父上……国王陛下へと視線を向ける。


「転移魔法って便利だね。どうやら、依頼に出てたソーマくんが駆けつけてくれたみたいだよ。今、なんかよく分からない使い魔を百体くらい出して交戦中」

「ひ、百……ですか。いけ好かない男ですが、実力は本物のようですね」


 賢者様の言葉に驚きが伝播していく。

 かくいう私も驚いたけれど、近くにいたマナ・エクサリアの声を聞いて苦笑してしまう。


「なんだい、マナ。お気に入りの冒険者が大敗喫して、それでもまだ信じていなかったのかい?」

「カルマ王子……。当たり前です。あの男が善き人格者でないことは明白。信じられるはずもありません」

「まぁ、性格はともかく善性であるのは間違いないと思うけど」


 そうこう話していると、父上から私たちへと声が掛かった。


「……本来、あの者にこの国を守る責務はない。にも関わらず、この窮地に立ち上がってくれた。……これを前に、私たちが胡座をかいている訳にもいくまい」


 父上は玉座から立ち上がる。

 その瞳には、たしかな決意が宿っていた。


「皆に告ぐ! 総力を挙げ、一刻も早く全ての人民を避難させよ! その上で、迅速に冒険者たちの援護を行う! 国の危機に動かずして何が【貴族】か!」


 貴族とは、国を守る番人である。

 国を治め、街を作り、有事の際には迅速に対応し、民を守る。

 自身よりも国のため。民のためへと献身する。

 故に民から敬われる。

 貴族として生きていける。


「……その通りです。普段から私達は、民よりも豪勢な暮らしをさせてもらっている。それはひとえに、こういう場点で役立つことを期待されているから。ここで動かずして貴族は名乗れません。そうでしょう国王陛下」

「カルマの言う通りだ。貴族であれば、ここで力を示して見せろ。自身の有益さを民へと示して見せろ」


 父上の言葉に、多くの貴族たちが膝をつき、頭を垂れる。

 もちろん私も、それに従った。

 だからこそ。




「ふむ。お前が王か」




 その()()に、なんの反応も出来なかった。

 気がついた時には黄金色の光線が頭上を走り抜け、凄まじい轟音と衝撃が周囲へと駆け抜けた。

 貴族たちから悲鳴が上がる中、焦り父上の方を見上げて……安堵する。


「開口一番に殺人光線……。そういう君は何者かな?」


 そこに居たのは、賢者様だ。

 彼女は父上の前に立ち、青色の結界を展開している。

 その結界を前に先程の光線は無効化されてしまったようだが……余波だけで謁見の間が壊滅状態になっている。

 天井は吹き飛び、壁は消え、吹き飛んでしまった貴族たちを護衛の冒険者たちが受け止め、安全な場所へと避難させている。

 そして。


「この俺を知らない……か。賢者というのも程度が知れる」


 背後から響いた声に、背筋が凍りついた。

 咄嗟に背後を振り返ると、そこには一人の男が立っている。

 灰色の髪に、闇のような黒い瞳。

 身体中には、この距離でも分かるほどに血の匂いが染み着いている。捕食者のような鋭い瞳に、獰猛な笑顔。

 そして、顔には無数の『縫い跡』が残されており、その姿に、その風格に、たった一つの名前が頭を過ぎる。


「……はぁ、嫌な予感がするけど、一応いいかな。君の名前」


 賢者様も、私と同じ名前を浮かべたのだろう。

 呆れたように、困ったように問う賢者様に、男は笑った。



「俺の名は【ナラク】。炎魔王様の左腕だ」



 大魔王が、最高幹部。

 数多の命を保有する不滅の魔物。

 それがその男……ナラク。

 大魔王、ムスペルの左腕と称される化け物だった。




 ☆☆☆




「悪いな、病み上がりを」

「はっ、どうってこたァないさ!」


 王城までの道中。

 僕は傷を癒したハーピィによって運ばれていた。

 彼女は両翼を力強く羽ばたかせて勢いよく突き進み、そのすぐ下をイザベラが物凄い勢いで追随している。


「ソーマ……。貴様、本当に大丈夫なのか? その、顔色が……」

「乗り物酔いに弱くてな。だから心配するな」


 頬へと手を当てると、カサついていた。

 唇は異様に乾いている。魔力欠損の初期症状だ。

 ちょっとばかし手榴弾で無茶しすぎたか……と苦笑していると、イザベラが思い切ったように口を開く。


「……この先、あの魔王が言った通りであれば、待ち受けているのは【災厄の王】か、或いは【永久の王】。後者であればもはや手立てもないが、前者だったとしても十中八九、この国は落ちる。たとえ賢者様でも……」

「勝てない、ってか? あの化け物が」


 賢者は、僕が知る中で一番の化け物だ。

 間違いなく先程戦ったデュラハンよりも強い。

 そんな存在が負けるんだとしたら……その時はもうどうなっちゃうんだろうな。僕だって正直なところ、この行軍は無意味なんじゃないかと思い始めてる。

 せいぜい、逃げ遅れた人たちを避難させるとか。

 ささやかながら賢者の援護をさせてもらうとか。

 どっちかって言うと、勝つだろう賢者の『勝利』を確実なものにするために、動いてる。

 最初からあの化け物が負けるだなんて想定してない。


「大丈夫、賢者はきっと……」


 勝ってるから。

 特に気負うことなくそう言うと、前方に王城が見えてきた。

 城の門は砕かれたように開け放たれており、その中からは多くの人々が逃げるように飛び出してきてる。


「まずいな……これで、あの軍勢を街中に入れる訳にはいかなくなった」

「……それに、想像以上かもしれないな」


 人混みをかき分けて中へと入ると、見覚えのある冒険者たちが倒れている。

 Aランク冒険者【金獅子】のガダン。

 同じくAランク冒険者【紅】のキキョウ。

 二人を始めとして、多くの冒険者、騎士たちが王城敷地内には倒れ伏しており、僕は明らかに『手遅れ』な人物を除いて間に合いそうな人達を数え、ポーションを召喚する。


「ぐ……ッ」

「お、おいオジキ! 無茶すんな!」


 フラリと視界が揺れ、ハーピィが僕の体を受け止める。

 まぁ、アレだ。これくらいはすぐ回復する。それに、こんな怪我人をそのまま放置しておく訳にも行かないだろう。

 と、そこまで考えたところで、城の方から複数の気配がしてそちらへと視線を向ける。

 すると、何やら軽傷を負った様子の貴族たちがゾロゾロと姿を現し、その先頭を走っていた一人の男を見て声を上げる。


「ハイザパパ……! 脳筋娘連れてきたぞ!」

「その失礼な声……ソーマ殿か!」


 なんともまぁ、独特な判断方法だなおいコラ。

 ハイザは僕の方を見ると、貴族たちになにやら指示を出した後僕の方へと駆け寄ってくる。

 彼は気を失った様子のアイシャを腕に抱えており、彼女の額に巻かれた血染めの包帯を見てイザベラが顔色を青く染め上げた。


「あ、アイ……」

「……比較的軽傷だ。血も止まりかけている。親としてはすぐにでもポーション類を与えたいところだが……我々軽傷者が贅沢を言っていられる場合でもあるまい」


 ハイザの言葉に、イザベラが目に見えて安堵の息を吐く。

 改めて、貴族連中へと視線を向ける。

 そこには……ハイザの指示だろうか。率先的に、或いは嫌々ながらも冒険者、騎士たちの治療を始める貴族たちの姿があり、その中に、僕の知っている顔ぶれはほとんど居ない。


「……国王と、カルマ王子。あとついでにナグラス王子とマナ・エクサリア。ここに居ないってことは……」

「……済まない。国王様からの指示で()()()()()()()()を優先的に避難させた」

「……そういう事か」


 完全に、僕の中から楽観が消えた。

 賢者は確実に強い。普通に戦えば最高幹部だろうとおそらく勝てる。

 が、あの場所には守るべき存在が多すぎる。

 加えて、一方的にやられたAランク冒険者たち。


「敵は……」

「……炎魔王が左腕【災厄の王】ナラク」


 ()()の方じゃなかったか、と半分安堵。

 けど、このハイザが……()S()()()()()()()()()()()()()まんまと撤退してきてる、ってことは。


「……ソーマ殿。国王様から伝言だ。『すまないが。どうやら約束は守れそうにない』……とのことだ」


 ハイザの言葉に、歯を食いしばる。

 拳を硬く握り、未だ戦闘音の響いてくる城を見上げる。


「……ハイザ。一つ質問。災厄の王は……生物か?」

「……ソーマ殿。なにを、言っている?」


 ハイザが、眉を寄せて問うてくる。

 今の僕にできることは、とても少ない。

 ただでさえ無力な僕。

 唯一の武器たる魔力もほとんど底をついてる。


 敵は、僕が思ってる数倍強いらしい。

 賢者は、僕が思ってる十倍ピンチらしい。

 そして僕は、僕が思ってる等倍限界きてる。

 それでも。


「……まだ、僕に出来る事」


 ポツリと呟き、改めてハイザへと問いかける。



「早くしてくれ。災厄の王は……生物系の魔物なのか?」



 死霊やゴーレムには、相性は悪いけれど。

 相手が生物だとしたら。

 まだ、僕に出来ることは残ってる。


 最後の最後の、とびっきりの【奥の手】が。



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