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054『竜の牙』

 魔力残量は、とっくに一割切っている。

 今朝から働きづくしで疲労もキている。

 空は夕焼け、太陽は半分沈みかけてる。

 背後には不安に瞳を揺らす冒険者達。

 前には絶望。

 それでも僕は、笑って言った。


「気張っていこう」


 声に応じて、地面を食い破って一本のつるが現れる。

 僕は目の前に差し出されたつるへと、腰にぶら下げていた布袋を掛けた。


「じゃ、まずは先手だ」


 そういうや否やズルズルと木のつるは伸びてゆき、やがて、鞭のように唸りを上げて袋を投げつけた。

 その腰袋は勢いよく敵の群れへと向かってゆき……そして、僕はタイミングを見て召喚術式を行使する。


「――召喚、()()()()


 途端、僕の目の前へと布の袋と、その中にぎっしり積み込まれた『安全ピン』が落ちてくる。

 前方を見れば、安全ピンを引き抜かれ、覆いを取られた『ソレ』らは制御を失い拡散してゆく。

 それらを前に、されど魔物の勢いは止まらない。

 イザベラから困惑したような視線が突き刺さり、そして――



「ぼんっ」



 僕の気の抜けた声が響いて。

 それを、大音量の爆音がかき消した。


「なぁ――ッ!?」

「ひいいいいい!?」


 イザベラとアレッタの声が、なんとか聞こえた。

 背後には、聞いたことも無い【爆音】というものに腰を抜かしている冒険者たち。中には失禁してる奴もいるみたいだが……前方は、それ以上の阿鼻叫喚が広がっていた。


「こ、れは……」

「あ、アンタ……なんてモノ持ってんのよ!」


 アレックス一行らが驚いている。

 前方には無数の【手榴弾】によって木っ端微塵に吹き飛ばされた群れの一角が広がっており、ポタリポタリとこっちの方にまで血の雨が降ってくる。

 ボタリと足元に肉片が落ちてきて、僕は吐きそうになるのをなんとかこらえ……られるかなぁ。結構胸元まで()()が上がってきてる。


「おっ、ぼぼぼぼぼぼ……」

「だ、大丈夫か、アレッタ」


 僕の隣で、肉片を浴びたアレッタが吐いていてた。

 こうはなりたくないなぁ、と思う傍ら、僕はもう一つ腰袋を取り出すと、その中身を目の前へとばらまいた。

 先程の爆発を体感した冒険者たちは体をビクッと跳ね上がらせるが、大丈夫、これはそっち系のブツじゃない。


「科学も魔法も使いよう。あるものは目一杯使わないとな」


 僕の目の前に散らばったのは――【竜の牙】。

 むかし、どっかで説明した覚えがあるが、これが何か知っているのは僕のパーティメンバーだけ。散らばっていったそれらにあのアレックスでさえ首を傾げて……次の瞬間、限界まで目を見開いた。



「顕現せよ――竜牙兵(スパルトイ)



 普通に地面にちらばって数秒後、撒かれた竜の牙は不気味な魔力に包まれた。

 魔力に充てられた牙は膨張し、やがて牙という殻を破って無数の兵士たちが姿を現す。

 体格は、成人男性と同程度。

 肉体のない骨の体に、竜を彷彿とさせる頭蓋骨。

 竜の牙より産み落とされし存在、竜牙兵(スパルトイ)である。

 これが、アレッタに預けていた百体と、僕がもしものためにストックしていた五十体。そして、手元に特別なヤツが残り一体。


「ソーマさん、これは……」

「焦るなよ、これからが本番さ」


 僕はコートになっているスイミーさんから、その一体分を取り出した。

 そこには接着剤やら何やらで固められ、大きく、禍々しく改良された竜の牙があり、僕はそれを放り投げると、直後に漆黒の魔力が溢れた。

 竜の牙の特徴は、改良できるということにある。

 故に僕は、暇な時を見つけてコツコツと竜の牙を重ね合わせ、くっつけ、時に削って、とにかく禍々しい改良バージョン竜の牙を作り上げていた。

 その現時点における努力の結晶が、この【竜騎士】だ。


『コォォォォ……ッ!』


 漆黒の魔力が弾け、その中から禍々しい竜牙兵が姿を現す。

 奴は物凄い音を立てて着地すると、ギロリと前方を睨み据える。

 体格的に成人男性と変わらない通常個体とは異なり、その体はゆうに二メートルを超えている。触れるだけで怪我をしてしまいそうなトゲの突き出た体に、尾てい骨の辺りからは骨の尻尾が伸びている。


 ――その名も、『竜騎士Ver.1』!


 Ver.って何だって?

 もちろんこれからも改良を続けていくからに決まっているだろう。これが召喚獣でもないのに僕の切り札のひとつとなった努力の結晶だ。


「……ふふ、ソーマさんには、いつも驚かされますね」


 アレックスが笑い、腰の剣を抜き放つ。

 それを見て、腰を抜かしていた冒険者たちも立ち上がる。

 それに加えて、竜騎士を初めとした、竜牙兵総勢151体。


「あぁ、これで少しはマシになったろ」


 手榴弾で死、あるいは負傷した魔物は数百体に及ぶ。

 それも全体からすればごく一部だが、それでも確実に群れの勢いは止まった。群れ全体へと恐怖が走った。それだけで十分だ。


「勢いが消えた、つまり、個々だけ見れば十分に狩れるだけの相手に堕ちた」

「なら、ここで十分に狩り尽くせます」


 アレックスが前に出る。

 次いで、賢者の弟子、イルミーナ。

 戦士のウルベルクに、盗賊のエリアが進み出る。

 神官のオシリアが僕の隣に並び立ち、アレックスは笑みを浮かべた。


「さぁ、撃滅の龍! Aランクの名にかけて、ソーマさんより頑張ろう!」

「当たり前よ! こーんなCランク風情に負けてちゃ世話無いもの!」


 彼らの声に背中を押され、武器を構えた冒険者たちが続々と彼らの後ろに続いてゆく。その中には、先程僕に突っかかってきたハクのお友達の姿も見える。

 そんな中、剣を構えたアレックスは、鋭い瞳を浮かべて走り出す。


「さぁ、開戦だ!」

「「「うぉぉぉぉぉォォォオオオオオ!!」」」


 そして、戦場は加速する。

 攻める側と、守る側。

 先程までそう決定づけられていた攻守は完全に入れ替わっていた。

 撤退戦にあるまじき前進。

 その先頭にはアレックスの姿があり、彼は眼前へと迫った魔物の群れへと剣を薙ぎ払い――次の瞬間、周囲を衝撃波が突き抜けた。

 周囲にいた魔物達は一瞬にして命を刈り尽くされ、動揺した群れへと間を置くことなく竜牙兵たちが突撃してゆく。


『コォォォォ!』

「ぬっ、なかなかやりおる」


 その中でも異彩を放つのは竜騎士Ver.1。

 彼は武器とかそういうのは一切合切無視し、全身凶器の体を使って殴り、蹴り、払って、薙いで、ただひたすらに敵を叩き潰していた。文字通りの意味で。

 その近くには大剣を振り回して敵を屠る『撃滅の龍』所属の戦士、ウルベルクの姿もあり、二人してその周囲にいる魔物を完全に狩りつくしてしまいそうな勢いだ。


「あっ、あ、あ、あのっ、魔力、大丈夫でしょうかっ?」


 ふと、となりの神官、オシリアから声が聞こえた。


「まぁ、竜牙兵は魔力関係ないからな。ちょっと休めばすぐ良くなるさ」


 というのは、少し嘘だ。

 多分僕の魔力量が全快するってなったら一日二日じゃまず無理だろう。

 休んだところで回復できる量は限られている。

 けど、アレックス達に最前線を任せる間、総魔力量の一割でも回復できれば、今回はそれで十分事足りる。


「っていっても、休ませて貰えるとは限らないけど……なッ」


 右手を勢いよく掲げると、同時に目の前へと巨大な木の壁が出来上がる。

 同時にドドドドッ、と木の壁へと衝撃が走り抜け、僕の背後にいた魔法使い、神官たちから悲鳴が上がる。


「い、今のは……!」

「これだけの大軍。なんかしら【裏】があるとは思ってたけど、やっぱり僕を狙ってくるか……」


 壁を構築していた無数の木々が、ズルズルと音を立てて地面の中へと戻ってゆく。その際に見えたのは黒く焦げた木の表面だ。


「ひ、火魔法……! 皆さん! 敵の中に魔法を使える魔物がいます! 気をつけてください!」


 オシリアの言葉に背後の冒険者たちが一斉に頷く。

 隣を見ると、ティアから警戒がジンジンと伝わってくる。

 そうだな。この最悪のタイミング、そして真っ先に僕を狙ってきたってことは……間違いない。あのデュラハンが関わってやがる。


「ティア、今から厄介なヤツら全員割り出す。……一気にやれるか?」


 僕の言葉に、ティアは笑った気がした。

 何となく「魔力供給なしで、自分の力で役に立ちたい」といった感情が伝わってきて、僕は苦笑する。


「……了解。今回も全部任せる」

『――――』


 ティアは僕の言葉にくるりと回り、笑顔で返す。

 こっから先は、僕の『守り』は一旦気にするな。



「さぁ、ティア。()()()の力、振るってこい」



 かくして、ティアの体から膨大な魔力が溢れた。



次回、ついにお披露目、第三のネームド召喚獣。

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