053『気張っていこう』
普段とは、多分雰囲気が違ったのだろう。
歩みを進める僕へと、隣に追いついてきたイザベラが問うてくる。
「……しかし、良いのかソーマ。貴様は確か……」
「目立ちたくない、働きたくない、楽して生きたい。そんな信条の元に生きてるさ。けど、優先順位、ってものがある」
だって、もう働いてるし楽してないし、目立ってるし。
僕の信条、尽くって言っていいほど破られている。
でもそれは、それ以上に大切なことがあるからこそ。
「全部破ってでも、信条ぶっ壊してでも手に入れたいものがある」
問題。それはなんでしょう?
というか、もういい加減お分かりでしょう。
ええ、そうです。NEETです。
ニート。うん、引きこもり。
将来の完全無欠なヒキニート。
そのためなら、目立つことだって屁じゃないさ。嫌だけど。
「なにより、そんな余裕ぶっこいてられる状態じゃないんでね」
「ソーマさん! よかった、やっと見つけられた……」
人混み中から聞き覚えのある声がした。
そちらを見ると、こっちへと走ってくるAランク冒険者、アレックスの姿があり、彼は僕の姿を前までやってくると安堵の息を吐いた。
「先日ぶりですソーマさん、今回は力を貸して頂いても……」
「……そんなに下手に出んでくださいよ。僕よりアンタの方が強いでしょう」
なにせ、魔剣持ちの滅龍士である。
人類最強の一角にして、Aランク冒険者である。
ドラゴンスレイヤーである。
もうなんか、それだけで主人公張っていけそうな男である。
そんな人に『さん』付けで呼ばれ、さらにはこんな態度取られると身体中がむず痒くなってくる。
「ははは……御冗談を。それよりソーマさん、ホムラさんたちは?」
「……あー、悪い。少し前まで高位のデュラハンと戦ってて。とりあえず転移魔法で僕は戻ってきたんだが……」
「……なるほど。魔力量が足りずにホムラさんは転移無しでの帰還中……ということですね」
いや、お前転移魔法のことサラッと受け流しすぎだろ。
とは思ったが、よくよく考えたらこの男、仲間に賢者の弟子を連れてるんだ。そりゃ転移魔法の一つや二つ、弟子伝に彼の元まで伝わってるだろう。
「……なによ、ジロジロ見て……文句あるわけ?」
「いんや? べっつにー」
ギロリと睨んできたイルミーナから視線を外す。
「というかアンタ、デュラハンとか大丈夫だったわけ? しかも高位ってことは……Lv.50前後、Aランク冒険者でも勝てるか微妙なところよ」
「そ、そうだぞソーマ! 貴様怪我でもしているんじゃないだろうな! 無茶して死ねばアイシャが悲しむんだぞ!」
イザベラが僕の体をぺたぺた触ってくるが、ペシリと手を叩き落とした。
「大丈夫だって。……ただ、魔力消耗が激しくてな。たぶん、ゴーレムとか使役コストが低い奴しか今は使えないってこと。あと、使役できる総数が全開時から比べて減ってるってこと。その二つは頭に入れておいてくれ」
「……む? それならば問題ないだろう。先程ギルドから高級マナポーションが届いて……」
と、イザベラが何か言いかけたが。
「……アイシャに使った高級ポーション。あれの魔力回復版を飲んで、一パーセントも魔力量が回復してないんだ。……言いたいことわかるな」
と、耳元で呟くと、彼女は目を剥きながらも頷き返す。
「そ、そう……だったな。貴様は化け物だった。普段の貴様を見慣れ過ぎていて、すっかり忘れかけていたところだ」
「失礼な奴だな……。まぁ、今はそれよりもやる事あるだろ」
ある程度の状態説明は終わった。
僕はアレックスへと視線を向けると、彼は頷き説明を始める。
「……はい、ソーマさんもイザベラ様から聞いていると思いますが、今回、主としてやるべき事は敵の戦力を削ること。そしてこちらに被害を出さないことにあります」
「あぁ、敵戦力を削りながら後退。全員の避難が住んだところで、城に退避しての籠城戦。じわじわ敵を倒してく、って話だろ?」
コクリと首肯するアレックス。
そんな彼に対して、僕は腰布を漁りながら問いかける。
「それで、アレックス。作戦ってもう決まってる?」
「いえ、これといったものは特には決まってませんよ。あまりにも急な出来事でしたし……それに、冒険者相手に事細かに作戦を伝えても意味は薄そうですし。なにより、やるべき事は決まってますからね」
敵戦力を削りながら、城まで逃げる。
確かにシンプルでわかりやすい。
それなら変に作戦とか付け加えない方がいいだろう。今から作戦を立案してみんなに認めさせて、その上周知させるなんてことも現実的ではないだろうし。
それに、作戦がないならこっちもある程度の『好き勝手』が許されるしね。
「じゃあ、依頼開始前に、少し削ってきても問題ないんだな?」
「……なにを、するつもりなんですか?」
アレックスが、少し興味を持ったようすで問いかけてくる。
僕は腰布から無数のソレを取り出すと、それをアレックスへと見せつけた。
「なに、ちょっとな」
僕にだって、足掻けることは残ってる。
☆☆☆
私は、回ってきたその情報に唖然とした。
「は、はぁ!? ほ、ホムラさん居ないんですか!?」
私の声が響いて、周囲の冒険者たちが顔を俯かせる。
私の名前はクナイ。
最近、ハクたち『白麗会』のメンバーと仲良くさせてもらっている、駆け出しの冒険者だ。
と言っても実力はハクたち以上の自信がある。生まれつき戦う訓練やら何やらをしていて冒険者になるのが遅れただけで、実力だけならCランクは間違いないだろう。
と、今はそれどころじゃなかったんだ!
「な、なんで――」
「な、なんでもクソもねぇよ! ギルマスが影の英雄に【静寂の森】の調査依頼なんか出しちまって、それについて行っちまったらしい!」
「せ、静寂の森……!?」
冒険者の言葉に思わず歯噛みする。
ホムラさんが出たのは……おそらく今日のことだろう。
昼頃、ギルドでホムラさんたちの姿を見たから。その時にギルドの二階から降りてきたあの男……影の英雄、ソーマの姿もあった。
となると、あの後にこの街を出て、もしかしたら今頃静寂の森に着いた頃かも知れない。
「というか、なんでホムラさんがついて行くんだ……!」
私の叫びに、周囲が沈黙してしまう。
影の英雄、ソーマ・ヒッキー。
彼の噂は枚挙に暇がない。
曰く、数多の魔物を使役するテイマー。
曰く、犯罪ギルド【絶望の園】を壊滅させた怪物。
曰く、賢者でも癒せなかった公爵家次女を救った聖人。
曰く、誰もが認める料理の達人。
曰く、歴代最速でCランクまで上り詰めた天才。
曰く、誰もが倒れる中、キングゴブリンと単騎で渡り合った強者。
曰く、手も触れずBランク最高位パーティを壊滅させた化け物。
曰く、公爵家はもとより王族とも友好関係がある人物。
曰く、あのオコノミヤキ美味かった。
様々な噂が行き交う中、誰もが彼の活躍を知らなかった。
正確には、見たことがなかったのだ。
「アレでも……英雄でしょう!? なんでホムラさんがついていく必要があるんだ、いくら危険だからって、一人で足る話じゃないんですか!」
私の言葉に、誰も否定の言葉は発さなかった。
私も、その噂の一部が本当であることは知っている。
他でもないホムラさんが語っていたし、なにより、私は実際にあの男が公爵家、そして王族と話しているところを目撃している。
ハクたちを訪ねに宿屋へ言った際に、あのカルマ第三王子殿下と、公爵家長女イザベラ様があの男を迎えに来ていた。だから、噂が全て嘘だとは思えない。
と同時に、奴の力も信じられない。
「くっ、ホムラさんさえ居れば……」
黒炎姫、ホムラさん。
Dランク冒険者とは到底思えない力量を持ち、絡んできた冒険者を片手間に倒してしまったことも数しれず。
鼻につく貴族を撃退し。
悪い噂のあった冒険者を粛清し。
瞬く間にその実力をギルド中へと知らしめた真の強者。
あの人がこの場に居れば、きっとなんとかなったと思う。
そう誰もが思うほどに、彼女の存在は強烈だった。
その不在ひとつで、ここまで絶望感が募る程に。
誰もが俯き、拳を握り締める。
徐々に魔物達の足音が迫ってくる。声が聞こえてくる。
そして、私の目の前を一人の男が横切った。
「な――っ」
思わず驚き、顔を上げる。
風に揺れる青いローブに、見たことも無い黒髪。
その腰に差した剣は、噂に聞く魔神剣グラムだろうか。
かつて見た姿とは異なり、威風堂々たるその姿。
覚悟の据わった瞳に思わず体が硬直したけれど、すぐに私は立ち直った。
「お、お前! ソーマ・ヒッキー! な、何故こんな所に――」
「おい小娘、少し邪魔だ」
突っかかって行ったところを、首根っこを捕まれ転ばされる。
咄嗟にその相手を睨んでしまうが、そこにいた顔ぶれを見て蒼白する。
「あ、あ、ああ……」
眩い銀髪と、女神のような美しい佇まい。
誰もが知る、現・王国最強の貴族。
他でもない、英雄ハイザ・クロスロードの血を色濃く継いだ、誰もが認める武闘派貴族、イザベラ・クロスロード。
「大丈夫かい? ……まぁ、今はちょっと余裕がなさそうだから、少し大人しくしておいてくれ」
声が聞こえてそちらを見れば、さらに驚く。
そこには誰もが知るAランク最高位パーティ【撃滅の龍】が存在しており、滅龍士アレックス、賢者の弟子イルミーナを先頭として影の英雄に続いてゆく。
「あっ、え……、な、な……」
まるで物語のワンシーンだ。
子供の頃に読み聞かされてきた、英雄譚の一幕だ。
私はただ呆然と目を見開いてその光景を見つめる。
その先頭には、今見ても頼りない一人の男が立っており、彼の隣に……一瞬だけ、目も眩むような美しい妖精の姿が見えた。
「それじゃあ、みんな」
男の声が響く。
同時に、声が届いた全員の体が僅かに輝く。
――指揮スキル。
一目でそれだと察しが着いた。
が、そのスキルは希少も希少。率いる全ての存在の力を向上させる。伝説や物語の中でしか聞かないような、そんな有り得ない力。
私を含め、冒険者たちは立ち尽くす。
その先頭で勢いよく掌を合わせた男は、確かに笑った。
「気張っていこう」
そして、私は。私達は。
この日、新たな伝説を目撃する。
魔力は底をつき。
右腕たる黒炎姫も不在。
強敵との戦闘の直後、精神的にも削られて。
控えめに言っても満身創痍。
帰って寝たい。
けれど。
「帰る場所すら守れなくて、何が引きこもりだ」
そう笑って、彼は正道を歩み始める。




