051『ソーマVS黒騎士』
ハーピィと別れて十数分。
突如として現れた高位不死族、デュラハンに、森の中へと展開された巨大な結界。それを前に、『とりあえず魔力過多にすれば壊せるんじゃないか?』と考えた僕は即実行。
んでもって、全力で魔力を流し始めてから数秒もしないうちに結界を破壊することに成功した。
「ッたく、遅いんだよオジキ」
ニマニマしながらそう言ってるハーピィ。
彼女に手を貸しながら立ち上がらせると……ふと、その右翼が血に染っていることに気がついた。
視線をデュラハンの方へと向けると、焦った様子が見て取れる。
『な、何故……どうして! こ、こんな男が、あの方以上の魔力量を秘めているとでも言うのか……!?』
「……まぁ、色々と聞きたいことはあるんだけどさ。とりあえず聞かせてくれ」
軽い調子で右手を上げて、声をかける。
その言葉にデュラハンは僕の目を見て――息を飲んだ。
「お前さ、僕が狙いって訳じゃないんだろ?」
こいつは開口一番に僕の名前を出してた。
だから、僕が狙いなんだろうなぁ……だなんて、そんな安直なことは考えない。考えるなら、もう少し深い場所まで考える。
『……ッ、な、何故っ』
「どーせ、ゴブリンキングとの戦い、見てたんだろ? ……いや、お前じゃない第三者って可能性もあるが、少なくともお前らはなにか意図を持ってキングゴブリンに知恵を貸し、その目的を遂行する道中で僕を発見。これは放置できないと判断して、一時の標的を僕に変えた。……あくまでも、最初の標的は変わっちゃいない」
それと、ちなみに、だがな。
子供たち三人は森の外に置いてきた。
デュラハンは標的がこの場に居ないことに小さく呻くと、それを見た隣のホムラが首を傾げる。
「と、なると?」
「ま、こっから先は完全に妄想だからな。やめとくよ」
恐らく、標的はあの三人のうち誰かだ。
まぁ、なんとなーくそこら辺も分かってはいるが、時間稼ぎにしたってこれくらいで十分だろう。もう、こいつを追い払えるだけの準備時間は余裕で稼げてる。
「と、いうわけで」
僕は爽やかにサムズアップすると。
親指で、首を掻っ切るような仕草を放った。
「お前、そろそろ死ねよ」
瞬間的に弾けた魔力。
途端に僕の背後へと土の山が出現し、奴の足元にあった地面が一瞬にして消え失せる。
『ば――』
「召喚術式展開――『聖水』」
焦るデュラハン、次手を打つ僕。
落下し始め、焦るデュラハンをよそに、情け容赦なく大量の聖水を召喚する。
場所はもちろんデュラハンの直上。
奴は慌てて逃げ道を探るが、彼の視界全ては膨大な量の聖水で埋め尽くしてある。
一手……いや、二手遅いんだよ。
なぁ、僕は敵だぜ?
なに余裕ぶっこいて会話してんだよ。馬鹿ですかお前?
『こ、れは――ッ』
「知ってるよ、アンデッドって聖水に弱いんだろ?」
そう笑うと同時に、奴の体を聖水の濁流が飲み込んだ。
これで大ダメージは入っただろう。そう安堵の息を漏らしかけて……ふっと、僕の背後で青い炎が立ち上がった。
『ですが、当たらなければ意味無きことッ!』
振り返ると同時に、黒い剣が眼前へと迫る。
スイミーさんの防御も間に合わない。ので、僕は腰の剣に手をかけると――次の瞬間、僕はデュラハンの背後に立っていた。
『な――』
「同じ言葉、そのまま返すぞ」
ジャリッと鞘から抜き放たれた魔神剣グラム。
それは初心者丸出しの太刀筋をもって奴の背中を大きく抉り、ワンテンポ遅れてデュラハンは再び転移で距離をとる。
『ば、馬鹿な……! 転移魔法だなんて!』
「ぽんぽん転移使ってるお前に言われたかないよ」
まぁ、お前のは種族特性っていうか、純粋な転移魔法とはまた別種のものなんだろうけどな。転移魔法ほど魔力消費は大きくないと見たが、代わりにデメリット……例えばそうだな。『一定範囲内にしか転移できない』とか、『わずかなクールタイム』とか、そんなモンがありそうだ。
「ホムラ、渡してたポーション、ハーピィに使って二人で下がれ。悪いけど、今回は裏方がどうの言っていられる相手じゃない」
僕の言葉にホムラは難しそうに顔を顰めたが、やがて首を縦に振る。
彼女はハーピィを抱えて後方へと駆けてゆくと、それを見送った黒騎士は剣を体の正面で構えてみせた。
『……上策、とは言い難いですね。これで邪魔だてなく貴方を殺せる』
そうだな、ホムラを手放すのは確かに痛手だ。
だけど……なぁ、デュラハン。
「お前、僕のこと舐めてるだろ」
『……ええ、まぁ。厄介であっても負けるとは思っていません』
デュラハンは剣を構えて足に力を込める。
さっきの聖水でコイツの馬は倒してる。
けど、馬を降りても純粋なスペックで僕を遥かに上回る。
パワーで負け、タフネスで負け、速度で負け、技術で負け。
魔力以外の全てで劣ってる。
そう言いかけて……ふと、もう一つ勝っているところを思い出す。
「そうか。じゃあ、せいぜい頑張れよ、孤立無援」
パチンと指を鳴らすと、途端にデュラハンが震え上がる。
奴は驚いたように周囲へと視線をめぐらせて……唖然と声を上げた。
『ば、馬鹿な……!』
「馬鹿はお前だよ。なーにが邪魔だてなく、だよ。そもそもお前さ、僕が誰だか分かってる?」
影の英雄にして、異界の勇者。
魔力量の多い地球人の中で一番に選ばれた魔力量を誇り、女神から貰える特典をたった一つの能力に極振りした大の愚か者。
そんな常識外れの大バカ者だが、僕は勇敢なんかじゃないんでな。
僕は全力で、お前に集団リンチを申し込む。
森の中から無数の魔物が姿を現す。
スライムの群れ。
ゴーレムの軍勢。
ダークバッドの大軍。
エレメンタルの軍隊。
そして、空を埋めつく無数のハーピィ。
『百……二百、三百……そ、それどころではない! な、何がどうなっ……き、貴様! 貴様は本当に人間――』
「人間だよ。ただし、とびっきり人任せなダメ人間さ」
軍勢が一気に行進を開始する。
それを前にデュラハンは咄嗟に剣を構え――次の瞬間、群れの中から飛来した無数のスライムを見て小さく呻いた。
『こんなもの――ッ!?』
「おお、いいのか斬っちゃって」
デュラハンは咄嗟にそれら全てを切り捨て……次の瞬間、斬られ、弾けたスライムが被弾した自分の肉体を見て狼狽を示した。
『な、ば……ッ』
「特製、聖水入りスライム。召喚した時、聖水を限界ギリギリまでたらふく飲ませておいた。いいこと教えてやろうかデュラハン」
被弾した場所は、溶けていた。
散ったスライムの残骸はブワリと内側から膨張を始め、それを見たデュラハンは咄嗟に瞬間移動で回避しようとするが――
「そのスライム、斬ったら中から飛び出してくるぞ」
回避するには、あまりにも遅かった。
スライムの体内から吹き出してきたのは大量の聖水。
それは瞬く間に周囲を海へと変える。
まるで濁流のような聖水の量に、僕は咄嗟に木の上へと転移する。
眼下では回避するのが遅れたデュラハンが聖水の濁流に飲み込まれてゆき、僕の軍勢はゴーレムたちを盾に未だ進軍を進めている。
「なぁに、これで終わりだとは思ってないさ」
高位のデュラハン。
聖水ぶっかけただけで勝てるだなんて思ってない。
だから、正真正銘、全身全霊で、一切手を抜くことなく潰しにかかる。
「悪いが、油断はない」
呟いて……瞬間、僕の視界が移り変わる。
見れば、先程まで僕のいた木は真っ二つに切り裂かれており、濁流の中から斬撃を放ったデュラハンは目に見えて肩で息をしている。
『が、はぁっ、ぜぇ、はぁっ……き、貴様ァァァァッ!』
「おいおい、どうした格上。息が上がってるぞ」
木の上から再び指を鳴らすと、奴の頭上に岩石が現れる。
奴は舌打ち混じりにその岩石を切り刻むが、明らかに動きが鈍くなってる。
間違いなく弱体化してる。ならば。
「ゴーレム、容赦なく突撃かけろ。他部隊はゴーレムを盾に強襲。僕は僕で妨害しに行く」
『『『『ゴォォォォォォォォオオ!!』』』』
マッド、アイアンゴーレムが一気に突撃してゆく。
その中でも一際『早い』ゴーレムが居てそちらを見ると、そこには銅色に輝く新たなゴーレムの姿があった。
召喚獣式Lv.3で、新しく召喚できるようになったゴーレムの新シリーズ。その名も『ブロンズゴーレム』。
硬度は鉄と同等……あるいはそれ以下かもしれないが、速度は圧倒的にアイアンゴーレムを上回る。そして重量はほぼ変わらず、ときたものだ。
『くっ、そッ!』
デュラハンは迫り来るブロンズゴーレムたちを切り刻む。
奴の一振りで彼らは瞬く間に両断されていくが、その僅かなタイミングを見計らって空中からハーピィたちが襲いかかる。
ハーピィたちの急襲によってデュラハンは大きく体勢を崩し、その隙を見逃すことなく、控えていたアイアンゴーレムたちがデュラハン目掛けて突撃してゆく。
『こ、この――』
「もひとつ教えてやろう。僕はとっても臆病だ。敵が確実に死ぬまで安心できない。だから安心しろ、お前が死ぬまで僕が油断、慢心、まして手を抜くことはありえない」
だから、僕は未来を提示しよう。
「ここで死ぬか、情けなく逃げ帰るか。お前の道は二つに一つだ」
デュラハンの体へと無数の魔法が着弾する。
幾重にも重なった超音波が奴を包み込み、超重量のゴーレムたちは途切れる気配も見えない。
未だに聖水は止むことがなく、水位が減れば直ぐに追加がやってくる。
水に紛れて流れてくるスライムには聖水が含まれている。少しでも触れればスライムは即死、すぐ目の前で大量の聖水が体を襲い、姿勢が崩れる。
そうなればハーピィたちが遅いかかり、それに対応すればそれ以外のいずれかに対応が出来なくなり、弱体化が進行する。
つまり、詰みだ。
『……ッ』
デュラハンの体を青い炎が包み込む。
途端にその姿が消失し、僕は少し離れた場所にある大きな木へと視線を向ける。その枝には満身創痍のデュラハンが膝をついており、奴は無い瞳で僕をしっかり睨んでいた。
『このような屈辱……覚えておきなさい、影の英雄。今、この瞬間から私の標的は貴方へと変わりました。いつの日か、確実に殺す』
「悪いが興味無いものを覚えるのは苦手でね。次会うときは確実にお前のことなんざ覚えてないが、まぁ安心しろ。次は逃がさない。確実に詰ませるだけの戦力を揃えておく」
まだまだ、僕の力は不完全だ。
これから兵力を揃え、戦力を増やして、次はもっとえげつない大軍を用意しておく。だから、今回は情けなーく、それはもう涙とか鼻水とか流しながら逃げ帰るのを許してやるよ。今の僕じゃ、深追いすると一気に『ボロ』が出かねない。
『――貴方のことは、我が主にも伝えておきましょう』
デュラハンはそう言い残して、足元に何かを叩きつける。
途端に奴の体を黒い闇が包み込み、気がついた時には奴の姿はその場から消えていた。
奴が消えたのを確認して瞼を閉ざす……が、少なくともこの近くには奴の姿はもう見えない。一体どんな能力なのかは知らないが……、多分もうこの森の中には居ないんだろう。
「転移系の、魔道、具……か」
大きく息を吐き、なんとか言葉を絞り出す。
散策中の召喚獣達から、周囲の安全を確認する。
僕は転移魔法で木の下まで降りると……ふっと、大きな目眩が体を襲った。
「っ、と、とと……」
「ソーマ!」
聞きなれた声がして、気がつけば僕の体はホムラに支えられていた。
「……ったく、下がってろって、言ったろ」
「心配した……物凄く。ソーマ、みんなには内緒してたけど、あの結界破るのに、魔力ほとんど持ってかれてる。今、ほとんど魔力のこしてない」
彼女の言葉に苦笑して、そっとホムラに体重を預けた。
……まぁ、彼女の言ってることは事実だ。
数秒とはいえど、思った以上に結界を破るのに手間取った。
無限にも思える魔力の、ほとんどを持ってかれた。
そのせいで、デュラハンと戦い始めた時点で僕の魔力量はほとんど底をついていた。まぁ、底をついていてもあの程度なら全然使役できるんだが、それにしたって長引かせればこっちが自滅していたことだろう。
「……まさか、魔力量に不足を感じるとはな」
「……おもった以上に、敵がつよい。あのデュラハン、ひとめみて、絶対勝てないって、わかった。初めて、敵に向かって怖いと思った」
そりゃそうだ。
僕だって不意打ちで聖水塗れにしてないと間違いなくこっちがやられてた。真正面から召喚したヤツら全員斬り伏せられて、その上で打つ手もなくやられてた。もう一度同じことやれって言われたら普通に死ぬ自信がある。そのレベルの相手だった。
「……強くならないとな。僕も、ホムラも」
「……ん、ほんとに、そーおもった」
彼女の手に力がこもる。
その横顔には決意がこもっていて、僕は苦笑しながら瞼を閉ざす。
そして――大きく、目を見開いた。
「な……ッ、う、嘘だろ!?」
頭を手を当ててそう叫ぶと、隣のホムラが不安げに瞳を揺らす。
「ソーマ、どした? ハクたちなら姿、隠して無事に……」
「そっちじゃない! そっちは大丈夫でも、アレッタの方だ!」
僕の言葉に、ホムラの顔が青く染まった。
敵の標的は、僕か子供たちのどっちかだと確信していた。
だから、それはないだろうと思いながらも、必要最低限の準備はしていた。
アレッタには防護用の魔道具と、召喚獣を預けてる。
けれど、それでも――。
「ま、街が……魔物の軍勢に襲われてる……ッ!」
アレッタに預けた召喚獣から見えた景色は。
楽観するにはあまりにも、絶望的だった。
規格外の召喚術師――完勝。
されど、払った犠牲はあまりにも大きい。




