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050『ハーピィ』

 あたしはハーピィ。名前は()()ない。

 まだって言うのは、あたしを召喚したらしいソーマのオジキが、この任務から生きて帰ったら名前をくれる、と約束してくれたからだ。


「ったく、そういうのフラグってんだろう? アンタの世界じゃさ」


 あたしの中には、オジキに記憶が入ってる。

 もちろん全部ってわけじゃないと思う。

 先に召喚されてたスイミーの兄貴も、ホムラの姉貴も、あと、オジキの隣に浮いてたティアの姉貴も、全員が全員、オジキの記憶を貰ってたみたいだけど、どれも似たりよったりの半端な記憶。肝心な部分だけが全部欠落してる。


「個人的には、なーんでオジキがニートに落ちぶれたか、とか。そういうのが気になるんだけどねぇ」

『おいこら、なに僕の一番の黒歴史ほじくろうとしてる』


 一人つぶやくと、頭の中にオジキの声がした。

 まだ出会って間もないけれど、聞くと不思議と落ち着く声。

 ……うん、やっぱりオジキはあたしの父親なんだな、って、この声を聞いてると嫌でも理解できるよ。


「なんだいオジキ、あたしがいなくて寂しくなったかい?」

『悪いがこっちにはハクたちがいるんでな。賑やかすぎて、なんかもう、むしろ帰りたくなって来るほどさ』

「そりゃ重症だ」


 というかもう末期だね。

 あたしはそう笑うと、改めて視線を周囲へと巡らせる。

 ――場所は、静寂の森、内部。

 あたしの周囲には……なーにが二十体だか。全部で百体近いエレメンタル、ダークバッドが飛んでいて、本当にとんでもない魔力量だって頬が引き攣りそうになる。

 これに加えて、常時スイミーの兄貴、ホムラの姉貴、そしてティアの姉貴を召喚し続けてるってわけだろう?

 ……ほんと、『デタラメ』って言葉以外出てきやしないよ。


『で、どうだ中身は』

「中身って……魔物の体内みたいな言い方するね」


 まぁ、全面的に同意だけどね。

 私は近くの枝に止まると、額に滲み始めた冷や汗を翼で払う。

 正直、さっきから嫌な予感がビンビンする。

 ホムラの姉貴は『魔物の気配がない』って言ってたけれど、中に入ってすぐに分かった。それは正確じゃない。


 正確には、生き物の気配がひとつもない。


 魔物や、動物だけじゃない。

 虫も、植物だって、全てが死んでいる。

 木の幹に止まっていた小さな昆虫へと翼を伸ばすが、触れた傍からその身体が朽ち、滅びていく。

 止まっている木は既に枯れている。

 まだ水分は残っているし……病気だろうか。にしては外観になんの違和感もな――


『ハーピィ!』

「……ッ!?」


 思考を塗り潰すようにオジキの声が響き、咄嗟にその場から飛びのいた。

 その直後に、私の止まっていた木へと襲来したのは『黒い斬撃』。それはもう、スパッと、綺麗にスパッと大木を()()()()し、その光景にあたしは思わず頬を引き攣らせた。


「おいおい、嘘だと言ってくれよオジキ……」

『嘘……じゃ、なさそうだな。ハーピィ、調査開始して早々悪いが、誰も帰ってこない原因がわかった。今から――』



『――はて、何を話しているのでしょう』



 割り込むように声が響いて、ブチリとオジキの声が頭から消えた。

 焦ってオジキのいる後方を見るも、遠くからはまだオジキの気配がある。ってことは向こうが潰されたわけじゃない。なら……。


「アンタかい? あたしらの通信、遮断したのは」

『ご名答。この森に魔物が入ってきた時点で察してはいましたが。なるほど、影の英雄ソーマ・ヒッキー。聞いていた通りの魔力量』


 オジキの名前が出て、思わず眉尻が反応した。

 声の方向へと視線を向けると、そこには悪夢が立っていた。

 大きな黒馬に、青い炎を纏った黒の騎士。

 されどそこにあるはずの『首』はなく、そこに立っているだけで感じられる威圧感に、思わず私は喉を鳴らした。



「……Lv.40オーバー。高位不死族(アンデッド)、【デュラハン】」



 再び黒騎士は剣を振るうと、その剣から斬撃が()()()

 まるで飛ぶ斬撃。オジキの世界の漫画かよ! と叫びたい気持ちを押さえて回避に移ると、私のすぐ隣を黒い斬撃が通り抜けてゆく。


「その力……Lv.40どころじゃないね? Lv.50……いや、下手をすればその先、もしかして最高位への進化目前かい?」

『はて、そんな私の攻撃を避けられるハーピィ……。記憶にはありませんね。せっかくです、ここで消しておきましょう』

「はっ、そう簡単に行くと思うかい!」


 あたしは迷うことなく逃げ出した。

 通信が切れてから一向にあたしを呼び戻す気配がない。それはたぶん、このデュラハンが通信と一緒にそういった機能まで全部妨害してるんだと思う。

 それが範囲性のものなのか、あるいは時間経過によって解除されるものなのか。

 詳しいことは分からないけど、とりあえず。


「原因がわかったなら、生きて帰るに限るね! オジキ!」


 通信が切れる間際、オジキが言いたかったことは察してた。

『もう原因がわかったから、開始早々悪いが帰ってきてくれ』

 なんともまぁ、あの人が言いそうなセリフだ。

 あたしはそう考えて笑みを浮かべると、一気に加速して木々の合間を縫うようにして飛んでゆく。けど。


『逃がすとお思いで?』

「な――」


 青い炎が前方に浮かぶ。

 声が響くと、その炎の中より単騎のデュラハンが姿を現し、あたしの目の前でその剣をふりかぶる。


「て、転移能力って……反則――」

『かどうかは、死ぬ者には無関係でしょう』


 剣が一息に振り下ろされる。

 あたしは咄嗟に身を捻ってそれを躱すが、翼の先を僅かにかすめた。

 掠っただけで吹き飛んでしまいそうな威力にバランスを崩し、制御も出来ずに地面へと転落。翼の先に走った痛みと転落の衝撃でぐぐもった悲鳴が漏れた。


「っ、痛いなぁ、もう」

『今のをかわしますか……。それなりに殺す気でしたのに』


 上空より少し遅れて落ちてきた黒騎士。

 奴は地上を走って追いついてきた黒馬の上へと着地すると、そのままスピードを緩めつつあたしの方へと近寄ってくる。


『速度……というより、機動力、でしょうか。空中における制御性が高いのですね。……まぁ、そのような翼ではもう意味の無い話ですが』

「…………ッ」


 本当に……いちいち癇に障る野郎だね。

 あたしとしては、掠っただけのつもりだった。

 というか、実際に直撃なんざしてないだろう。けど、掠ったあたしの片翼はズタボロに切り裂かれていて、こんなんじゃ……もう、空を飛ぶなんざ出来やしない。


「……だから、言ったろオジキ。フラグだっての」


 なーにが、帰ったら名前をくれる、だ。

 あたしはなんとか立ち上がると、翼を震わせ、奴を睨む。


『諦めの悪い女は、嫌われますよ』

「悪いね、あたしの男はそういうのが好みみたいでさ」


 言われなくともわかってるよ、オジキ。

 こんな所で犬死になんて、真っ平御免さ。

 あたしゃ、まだまだ生きたりねぇよ。

 まだ生きていたい、やり残したことなんざ山ほどある。

 なにせ、さっき産まれたばかりの生後数分だ。これからって時にこんなよくわからねぇ場所の、よくわからねぇ野郎に殺されてたまるかってんだ。


「く……っ、悪い、頼むぜアンタら!」

『……? 一体何を……ッ』


 不思議そうに首をかしげたデュラハンに、無数の風の刃が襲いかかる。

 どうやら、魔力視は持っちゃいないみたいだね。

 デュラハンはなんとかそれら全ての刃をかわしきると、周囲へと視線を向けて驚きをあらわにした。


『まさか……精霊、エレメンタルの類ですか。コウモリだけでもかなりの量と思っていましたが……これは、想定外』

「はっ! アンタはそこで足止めくらってな!」


 エレメンタル、ダークバットたちには本当に悪いし申し訳ないと思うが、アイツらが召喚された理由の一つに『あたしを命を賭して逃がすこと』ってのが含まれていた。

 本当、最悪の場合って話だったんだけど……くそっ、胸糞悪い話だけど、これしか逃げ切れる手段がないってのが悔しいね。

 考えながら、あたしは飛ぶことを捨てて自分の脚で走り出し……。



『想定外……ですが、予定外ではありません』

「う、ぐっ!?」



 直後、あたしは見えない壁へと顔を激突させ、思わずその場に倒れ込んだ。


「こっ、これ、は……!」

『障壁魔術の一種ですよ。外との物理的、魔術的な繋がりを全て断ち切る高位結界。展開したが最後、神でさえこれを壊すことは叶いません』


 神でさえ、壊せない。

 その言葉に、あたしは背後を振り返る。

 そこにはダークバッドたちを切り刻み、見えないはずのエレメンタルたちを払い除けるデュラハンの姿があった。


『我が主は、魔力量にかけて言えば間違いなく世界最高でして。そんな我が主が、全力をもってしてもこの障壁だけは壊せなかった。……仮に、この結界を破ろうと思えば、我が主の数倍……いや、数十倍の魔力量を一気にこの結界へと流す必要がある。……故に、この結界はたとえ神でも破れないのです』


 世界最高の魔力量。

 その、数倍から数十倍の魔力量を、一気に流す。

 それ以外にこの結界を壊す手立てはなくて。

 そんなもの、神の魔力量をもってしても不可能。


『……質問します。絶望しましたか?』


 デュラハンは再び剣をふりかぶる。

 殺す間際に質問なんて、いいご趣味だと笑ってやりたい。

 そして同時にこうも思う。

 そんなもの、考えるまでもないね、ってさ。



「じゃあ、神様より魔力量が多い奴がいたら、どうするんだい?」



 その言葉に、初めてデュラハンは硬直して。

 そして……結界内へと【ピキリ】という音が響いた。


『な……ッ!?』

「悪いね。あたしの主は、そんな『自称』なんてレベルじゃないほど、魔力量が最強ぶっちぎっててさ。本人曰く、『魔力量だけなら神様超えてる』だそうだよ」

『そ、そんな……、あ、有り得ない、有り得ませんよそんな話――』


 デュラハンは困惑と、ひと握りの恐怖を滲ませ周囲を見渡す。

 周囲の空間へと徐々にヒビが走り抜けてゆく。

 まるで世界そのものが壊れてゆくような、異様な光景。

 されど、不思議とそんな光景に、私は安堵の息を吐いた。



「――悪い、少し手間取った」



 聞きなれた男の声が響いて、一気に結界が弾け飛ぶ。

 神様でも壊せないという最高位結界。それをいとも簡単に壊してみせた私の男は、気がつけば私の目の前に立っていた。


「……ったく、危うく間に合わなくなる所だったよ」


 見上げた顔は、どこまでも優しい。

 頼りなくて、弱々しくて。

 それでも、きっと何とかしてくれる。

 そんな確信だけが、そこにはあった。


『あ、ありえない……な、何故、どうして!』


 狼狽するデュラハン。

 奴を一瞥したオジキは、されど私へと視線を戻す。



「言ったろ、原因がわかった。だから、()()()()()()()()、ってさ」



 そう言って、彼は私に手を差し伸べる。

 想像とはある意味で正反対のその言葉に、私は呆然としつつも、少し笑った。


「……本当に、変わったオジキだよ、アンタって人は」


 これだから、みんなアンタに懐くんだ。

 ホムラの姉御たちも、奴隷のこどもたちも。

 そしてそれは、きっとあたしも例外じゃない。

 なんとなく、そう思った。



次回、ソーマVSデュラハン。

レベル格差は歴然。

身体能力の隔絶は、大人と幼子以上のもの。

されど、不思議と敗色は感じない。

いくら腐れども、彼は規格外の召喚術師。


彼が仮に、誰かを殺すためだけに力を振るったのならば――。

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