048『調査依頼』
ギルドへと連行されて。
結果、普通に怒られた。
「はぁ……そろそろ依頼受けろってか」
頭をかきながら、二階から冒険者ギルドのロビーへと戻る。
さっそくホムラたちに相談しようと視線を巡らせると、酒場の方で知らない冒険者達と楽しげに話してるホムラたちの姿があった。
「ふむ」
さて、ここで問題。
ニートたる僕に赤の他人が半数を占める『輪』に入っていけると思う人挙手。はい、もちろんここで手をあげるような人はいませんね? 答えは不可能。考えるまでもなく無理難題である。
「おっ、ソーマ様、おかえりっす」
しかし、ここでアレッタが気付いてしまう。
彼女の言葉に会話していた全員が振り返る。全く知らない人たちにジロジロ見られて、無性に帰りたくなってきた。
「あっ、あなたは……」
「……?」
その中で一人、何やらこっちを見て驚いた様子の少女。
そっちを見ると……どこかで見覚えがあるような無いような。そういえば王子が宿へと襲来してきた時、ハクたちを訪ねに来ていた少女があんな雰囲気だったかもしれない。
「ん、ソーマ、せっきょー終わった?」
「ん? あぁ、まぁな」
ホムラがちょっと視認が難しい速度で近くに寄ってくる。
気が付いたら隣に立ってたレベルのすばやさだ。
これはもう速度だけならBランク最高位レベルかもな。そんなことを思いながら、僕は少し考える。
「……ホムラ、あれってハクたちの友達か?」
「ん、そう。私はきほん、ソーマのいない時のソーマぽじ。監督してるだけ。だから、特に友達でもなんでもない。興味ないし」
「うん、お父さんはホムラの交友関係が心配になってきました」
ちゃんと友達作ってるのかこの子。
心配になってきて額を押さえていると、なにやらハクたちの友達数人が僕の前へと歩いてきた。
「ど、どうも、初めまして! Eランクパーティ【虹の果て】リーダをやってます、アカムって言います! よろしくお願いシャッス!」
「……あぁ、どうもご丁寧に。ソーマです。いつもハクたちがお世話になってます」
取り敢えずテンプレートの模範解答をお返しする。
すると赤髪の少年、アカムは驚いたように顔を上げた。
「そ、そんな……! いつもお世話になってるのは俺たちの方ッスよ! ハクの魔法、レイの戦闘技術、カイの防御力、どれも目を見張るものがあるし……」
「ほーん……そうなんだ」
ちらりと見ると、三人とも恥ずかしそうにモジモジしてる。
なんならこれから依頼に行こうかと思ってたし、これを機に三人の実力でも確認しておこうかな。なんだか少し楽しみだ。
「あっ、それで、こっちが俺のパーティメンバーッス」
「わ、私、キイって言います! 盗賊やってます!」
「私はミドリっていいます。ナサリア教の見習いシスターです」
小柄な金髪の少女と、どこかおっとりとした緑髪の少女。
ナサリア教……と聞けば嫌でも聖女様、マナ・エクサリアを思い出すが、中にはこういった普通のシスターも居るのだろう。そういえば、アレックスたち【撃滅の龍】にもナサリア教シスターが居たはずだしな。
とか、そんなことを思っていると、アカム少年は困ったようにもう一人の少年へと声をかけていた。
「お、おいコン! お前どうしたんだよさっきから。いつもだったら真っ先に嫌味でも言いそうなのに……」
集まってきた四人のうち最後の一人。
青色の髪をした魔法使いと思しき少年。
メガネの奥の瞳はいかにも神経質といった雰囲気で、こりゃ突っかかれるかもな、なんて想像したけれど。
「……私とて、突っかかる相手くらい考えるさ。私はコン。このパーティのサブリーダーをやっている。よろしくお願いします、ソーマ殿」
「ご主人様、コンくんは魔力視が使えるんですよ」
コン君本人の反応と、ハクの言葉を受けて色々察した。
多分この少年も僕の魔力量を見た口だろう。間違いなく彼が思ってるほど優れた人物じゃないんだが、なんだか訂正するのも面倒だったので素直に握手で返してやる。
「以上、四人でEランクパーティやってるんだ……ッス!」
「あぁ、さっきから思ってたけど無理に敬語使う必要ないよ。僕はそんなに大層な人間じゃないからね」
だってニートだぜ。
そんなのが将来有望そうな少年たちに敬語なんて使われて……もう、なんかゾワッとするね。申し訳なさ過ぎてゾワッとする。
僕の言葉に安心したようなアカム少年は改めて自分の言葉で話し出す。
「で、前々から、こんな三人を育て上げたホムラさんを影から支える【影の英雄】! 歴代最短でCランクまで上り詰めたソーマさんと一目会いたいと思ってたんだ!」
「うぇ、最短なのか……」
道理で目立つと思ったよ。
僕がそんな声を漏らすと、「ま、まさか、知らなかったのか……?」とでも言いたげなアカム少年、及び、『虹の果て』の面々。
「ふふん、ご主人様は、そういうお方ですから」
「マスターは、そんな名声に興味はありません。目指すべき道をしかと定めたお方です。だからこそ、その背中は私たちに様々なことを教えてくれる」
とは、ハクとレイの言。
お前ら前から思ってたけど何でもかんでも都合よく解釈し過ぎじゃないか? 常に同じ部屋で生活してるカイに至っては、いい加減僕の『性根』に気づき始めて苦笑い浮かべてるぞ。
「……まぁ、癖の強い方ではありますが、全部含めた上で尊敬し、憧れてるんです。その強さにも、その揺るがぬ信念にも、生き方にも」
「ん、生き方はやめといたほーがいい」
ホムラ、珍しく良い事言ったな。
お前が言ってなかったら僕が言ってたところだ。
ススス、と無言で頭を寄せてきたホムラを撫でていると、三人の言葉を聞いた『虹の果て』面々は僕に対してキラッキラした視線を向けてきた。
「さ、流石は影の英雄……」
「本物は違う、ということか……」
なんだかむず痒くなってきて頬をかくと、僕は空気を変えるようにしてホムラやハクたちへと口を開いた。
「まぁ、で、なんだ。全く関係ない話になるんだが、ホムラ、ハク、レイ、カイ。ちょいと依頼を受けることになったから手伝ってくれ」
「わ、私たちも、ですかっ!?」
ハクが驚いたように立ち上がる。
まぁ、基本的に彼女たちは僕とは別行動が多かったしな。この前一緒に出歩いた時もアマゾンたちに絡まれて終わったし……。
見れば、レイもカイもどこか驚いたような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべている。
きっと彼女たちからすれば、僕と一緒に冒険するっていうことに、何か思うところがあるのだろう。
「で、ソーマ。なんの依頼?」
「ああ、なんかやってほしいのがあったみたいでな」
そういって懐から受注済の依頼書を取り出すと、ぞろぞろと僕の広げた依頼書をホムラたちがのぞき込んでくる。なんで虹の果てメンバーも混ざってるのかは知らないが。……もしかしてついてくる気じゃないだろうな。
「うんと……『森の調査依頼』、っすか?」
「む、なんか地味」
ホムラが率直な感想を述べる。
――森の調査依頼。
個人的に、これだけサボってたんだしキツそうな討伐依頼でもくるんだろうなあ、とか思ってた手前、僕もギルドマスター直々にこの依頼を手渡されたときは少し戸惑った。えっ、こんなに簡単でいいの? って気もしなくもなかった。
けれど、よくよく説明を聞くと、僕の内情は一転した。
「調査依頼……場所は、静寂の森……ですか」
カイが難しい表情でその名を漏らす。
静寂の森、この町近辺の森の名前だ。
きっと冒険者としていろいろやってく上で、近隣の地名くらいはギルドから聞かされたりしてるのだろう。まあそれも、絶対に立ち入ってはいけない場所、としてだろうけど。
「静寂の森……。特殊な木々によって構成された深い森。木々の発する特殊な匂いが野生の魔物を遠ざけることから、魔物の寄り付かない世界一安全な森、として認識されている場所。……僕の知識はあってるか?」
「はい。……ただ、僕らがこの町へとくる一週間ほど前から静寂の森で『獣の咆哮』が聞こえてくると噂が立ち始めたらしく。冒険者たちが数名、その調査に乗り上げたらしいのですが……」
「いまだ、帰還者はゼロ」
カイの言葉をレイが引き継いだ。
「最近では、一般人の間にもその情報がでまわりつつあるらしく、今日もここに来るまで、なんにんか静寂の森についてはなしているひとを見つけました」
「……察するに、そういう噂が立つと厄介っすから、ソーマ様にそこらへん、ささっと解決してほしい、って話っすか?」
「まだ調査だよ、生きて帰るのが第一優先だ」
ギルドからの話によると、これは公にはなっていないらしいが、行方不明になった冒険者の中にはBランク冒険者も含まれているらしい。
それだけの危険度。
というかそんな依頼をCランクに任せるなよと言ってやりたい所だが、まぁ、調査だけだからな。それだけなら危険性も許容できる範囲内だ。
「と、いうことで。依頼内容は静寂の森の調査。ホムラ、ハク、レイ、カイは静寂の森まで僕の護衛を。アレッタは留守番だな」
「はいっす、ついてっても足でまといっすからねー……」
僕と殴り合いして互角、つまりは雑魚のアレッタ。
まぁ、彼女には護衛に数体召喚獣つけて、あと予備のために魔道具の一つや二つ預けておけば大丈夫だろう。
どっちかって言うと、今回問題になるのは僕らの方だ。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
正体不明の行方不明。
となるとそこには『なにか』が居るはず。
一体、魔物の寄り付かない森に、何が棲みついたのか。
僕は様々な想像を浮かべて、その度にため息をつきかける。
僕らの到着に合わせるように、変貌した静寂の森。
そして森と来て思い出すのは、どこか違和感を拭いきれないキングゴブリンの策略と、アレックスらが戦った正体不明の高位の不死族。
誰かの陰謀だって言われた方がずっと納得出来る。キンゴブも不死族も第三者が裏で操っていた、って言われた方が分かりやすい。
そして今回のコレもまた、その一部だって言われると納得出来てしまいそうで怖くなる。
「なるべく、簡単に終わればいいんだけどな」
何となく、直感で。
そう簡単に終わる問題ではない気がしていた。




