044『謎の力』
「あー、帰りて」
「おっ、ソーマ様、お疲れさまっす」
中庭らしき場所。
お花と戯れていたらしいアレッタは僕に気がついて振り返り、すぐさま僕の近くにいた面々に気がついて震え上がった。
「ひ、ひいいい!? こ、国王陛下に、第二、第三王子殿下! しかも安定のクロスロード公爵家に、あのエクサリア公爵家のホムラさん勧誘に来てた危ない奴もいるじゃないっすか!」
「ねぇ下郎、あの方は貴方の親族の方ですか? さらっと侮辱してくるあたりが非常に良く似ています」
「安定とはなんだ安定とは……。まるで私が常日頃からこの男と一緒に居るみたいではないか……」
マナが青筋を浮かべて、イザベラがため息を吐く。
進み出た僕を確保し、すぐさま盾のように構えるアレッタ。少し目を離してたけど変わらないなぁ、と苦笑した僕は、改めてマナ・エクサリア、及びナグラス第三王子へと向き直る。
「で、どうするんですか。王子はともかくとして、どーせ、僕を戦わせることで、聞けなかった『秘密』の内容でも探ろうとしてるんでしょうけど」
「……あの妹にしてこの兄ですか。しかし深読みのし過ぎですね。私は単に貴方が嫌いなだけです」
「…………さようですか」
うーん、納得! 僕が嫌いならしょうがないね!
僕はポリポリ頬をかくと、マナは軽く手を叩いた。
途端にどこからともなく見覚えのある褐色戦士が現れ、彼女の傍に跪く。
「はっ、お呼びですかいマナ様」
「はい、近衛騎士数名と、ナグラス第三王子。それとアマゾン……貴方であの男をボコリなさい。遠慮はいりませんよ。腕の三、四本なら折っても構いません」
「あの男…………ひぃっ!? あ、あいつは……!」
「あっ、あの時の……」
魔法使い引連れて絡んできた褐色女戦士。
名前はアマゾンっていってたか? いかにもアマゾネスっぽくてなんとなーくだけど覚えてる。そして聖女様、腕は三、四本もありません。ほんと、まじ、勘弁して貰えませんか。お願いだから。
「ほ、本当にやるのか……? ま、まぁ、マナ様が言うなら従いますが、あんまり期待しないでくれよ?」
「……まぁ、程々に、ですね。ちょうど私も、あの男が本当に、正攻法で『純血の戦乙女』を壊滅させたのか知りたかったところです」
アマゾンが武器を持って前へと出ると、次いで白銀色の鎧を纏ったナグラス第三王子も姿を現す。
「サイン、コサン、タンジー! 来い、お前達も参戦しろ!」
「は、はっ!」
加えて近衛騎士とかいう、強そうな騎士達も三名ご参加だ。
これで、僕VS王子、アマゾン、近衛騎士三人の、一対五の構図ができ上がる。うーん、切実にやばいな戦力差が。
「……ソーマ君。君、言っちゃ悪いが魔力以外は雑魚中の雑魚だろう? ほんと、大丈夫? 反応も出来ずにやられちゃったりしたら目も当てられないよ」
「まぁ、大丈夫じゃないっすかね。たぶん」
「たぶんて……」
賢者が心配そうに声をかけてくる。
彼女も、実力的に問題ないのは理解してるはずだ。
だが、この場には『他人の目』がある。謁見の間で見せた大量召喚は使えない。せいぜい使えたとしてもゴーレム十体まで。……っていっても、たぶん近衛騎士やらアマゾンやら、ゴーレム程度じゃ足止めにもならないくらい強いしな。
「安心してくださいよ、賢者さん。僕は弱くても仲間は強いですよ」
虚空へと手を伸ばすと、優しい光がこぼれ落ちる。
その光景に、魔力視を持たない面々は不思議そうに、あるいは驚いたように目を丸くしていたが、こと、賢者の驚きようは常軌を逸していた。
「ちょ……!? は、はぁ!? な、なんだい、なんなんだいソレは! え、も、もしかして今まで隠れてたってわけかい!? そ、そんな、だって彼女は……」
「け、賢者様……? 一体何が……」
ハクでも見えたんだ、隠密系統のスキルを使わなければ賢者だって見えるはず。そして、賢者なら彼女がどう言った存在かも理解出来るはず。
僕は隣に浮かぶ彼女に笑うと、改めて眼前へと向き直る。
「かかってこい。僕の仲間が相手してやる」
さぁ、ティア。
お前のお披露目会と行こうじゃないか。
☆☆☆
「チッ、なんだか嫌な感じがするが……しゃらくせぇ! マナ様が行けって言ってんだ、殺す気で行くぜ影の英雄!」
真っ先に飛び込んできたのはアマゾン。
あれだけ調子こいてたんだ、ナグラス王子が来るのかな……とか、思ってたりもしてたんだが、うん。鎧のせいでものすごく遅いな。あれならゴーレム一体向かわせとけば問題ないだろ。彼の援護でおそらく近衛の騎士も一人引き付けられる。
と、言うことで。
「スイミーさん、モード『コート』!」
『……!』
わかったよぅ! とスイミーさんが形を変える。
スイミーさんはここ、王都までの旅道中でもレベルアップを重ね、とうとうひとつ上の位……【エルダースライ厶】へと進化を遂げている。
見た目の姿は変わらないが、その体内に保管している『本来の体積』はいままでの比ではなく、彼は体を流動化させ、僕の全身を青いコートのように包み込む。
「はっ! そんなスライムで防げると思ってんのかよ!」
アマゾンが叫び、一気に加速。
完全に僕の捉えられる限界を超えた。なるほど次期A級筆頭……か。こりゃ、僕じゃ視認することも出来なさそうだな。
だけど、それでも。
「――ッ!?」
アマゾンが剣を振るった先で、僕は消えた。
正確には、消えて、次の瞬間に違う場所に立っていた。
「おお……凄いな。ホントに出来た」
「な……!? て、転移魔法、ですって!?」
場外からマナの驚いた声が響く。
周囲へと驚きが伝播してゆき、アマゾンは愕然と目を見開いてこちらを振り返る。
「そ、そんなんありかよ……ッ、いや! そんな魔法が連発できるはずがねぇ! 一回限りの回避だろうが!」
「さぁ、どうだろうね」
言ってる先から眼前に剣が迫る。
その一撃一撃が僕にとっては必殺のもの。当然のように走馬灯が走る。スローモーションに見える眼前の危機に動けないでいると、次の瞬間にはまたもや別の場所に立っていた。
「ば……ッ」
「馬鹿な!? て、転移魔法は賢者様でも使えない超高難度の……」
「……正確には、魔力量が圧倒的に足りないんだ。こと、技術面ならどうとでもなる。けど、それを発動するには常軌を逸した膨大な魔力が必要となる」
つまり、僕には出来るという事だ。
といっても、発動するのは僕じゃない。
僕はただ、魔力を貸すだけ。彼女に魔力を与えてやるだけ。そうすればあとは勝手にやってくれる。
「ティア。時間さえ稼いでくれれば僕がやる。ま、気楽に頑張ってくれ」
『…………』
髪をくすぐるような風が吹いて、魔力がちょぴっと持っていかれる。
途端にくつくつと地鳴りが響き、やがて大地からは無数の『木のつる』が現れる。
「こ、これは……」
「チッ、木魔法まで使えんのか! 特殊な魔法ばっか使いやがって!」
木のつるが一斉に彼らへと襲い掛かる。
まずは一番動きの鈍いナグラス王子がつるに巻き取られて引き上げられるが、それを間一髪のところで近衛騎士が切り落とす。
アマゾンやもう二人の近衛騎士をみると、なんとまぁ、この手数を個々それぞれに防ぎ切っている。凄いなレベル差って。
「そんじゃ、追加するか。『ダークバット』」
腕を振ると、光と共に召喚されるダークバット十体。
その光景に『何故そんな雑魚を……』といった顔を浮かべた彼らだったが、すぐにダークバットの『攻撃方法』を思い出す。
「ま、まさか……」
「おい貴様ら気をつけろ! ダークバットは……ぐぅっ!?」
キーン、と超音波の高音が響く。
彼らを包囲するように十体並んだダークバットたち。彼らはアマゾンたちへと向かって超音波の塊を撃ち放つ。
個々では大した力もないその攻撃。
同レベル帯ならまだしも、このレベル差では通用しない。
されど、中心地でそれは耳をつんざくような爆音になる。
「が……ぁ!?」
「く、み、耳がッ!」
近衛騎士の二人が耳を押さえて膝をつき、その僅かな隙に地面から現れた木のつるがその体を雁字搦めに縛り付ける。
見ればナグラス王子は既に気絶した様子で、彼を守りながら超音波、そして木のつると戦っていた様子の近衛騎士も時間の問題って所だろう。
となると、問題は……。
「グぅぁぁぁぁぁあああアッ! しゃらくせぇ!」
アマゾンが叫び……そして、衝撃波が突き抜けた。
咄嗟にスイミーさんが防御を固めたが、その上から突き抜けるような衝撃。僕は数メートル転がってなんとか体勢を整える。
「うっはぁ……人外」
視線の先には、身体中から赤い蒸気を吹き出すアマゾンの姿があり、周囲にあったはずの木のつるは既に一本残らず切り落とされていた。
「おーい、ソーマ君。気をつけたまえ。アマゾネスの一族は【血気】という一種の奥義を持っていてね。その力は肉体の許容限度を簡単に超えてくる。さっきまでとは別人……間違いなくAランク相当の実力だよ」
うっわ、何それチート。
今までそんな能力持ってんのに僕に対して怖がってたのかこの人。
僕は思わず頬を引き攣らせると、真っ赤に充血したアマゾンの瞳が僕を捉える。
「言っておくけれど、【不完全体】の彼女じゃ相手にならないよ?」
いつの間にか賢者か近くまてまやって来ていた。
えっ、ティアって完全体じゃないのか? ……まぁ、名前からすれば確かにレベルが低すぎるような気もするけど。
そんなことを思う傍ら、僕は前方へと手をかざす。
「なぁ、アマゾン。言葉が通じてると仮定して質問するけど」
「…………?」
一瞬の硬直。
その瞬間を笑った僕は、たった一言問いかける。
「そろそろ、頭痛がしてきたんじゃないか?」
「……ッ! な、なにを――」
なるほど、反応からしてもう影響は出始めてるか。
隣の賢者が不思議そうに眉根を寄せ、アマゾンはその顔に恐怖を映らせる。
「先に言っとく。降参しろ。じゃないと気絶するぞ」
「な、何を馬鹿な……ぐぅっ!?」
頭を押さえてアマゾンが膝をつく。
いつの間にか彼女の『血気』とやらは解けている。
褐色の肌は青白く染まり、その唇は目に見えて乾いている。
「見た感じ、もう回ってるな。なら、諦めて降参しろ。現に、他の騎士達はとっくに全員限界来てる」
見れば、同じような頭痛を受けていた近衛騎士達はとっくのとうに気絶しており、唯一その適用外としていたナグラス王子はそれ以前に気絶中。残るはアマゾンだけだが……彼女にしたってもう限界だろう。
「が、ぁ、ぅ……い、きが……ッ」
喉を押さえてアマゾンが倒れ伏す。
その光景に誰もが目を剥き呆然と立ち尽くしており、そんな中で僕は、一人疲れたように頭をかいた。
「さて、僕の能力が分かったか? マナ・エクサリア」
自分で聞いてて自分で思う。
こんなふざけた力、想像出来るはずもない、って。




