042『交渉』
「ひとつ、聞かせてくれないかい?」
必要最低限の者のみを残し、全員が退出した謁見の間。
賢者の手によって鎖から解放された僕は、ふわふわと浮かぶ賢者から質問を受ける。
「さっきの問答でなんとなーく察せたよ。君はそこそこ頭がいい。だからこそ疑問に思うんだ。何故こんなに回りくどいことをした?」
回りくどいこと……ねぇ。
僕は周囲へと視線を巡らせる。
今居るのは……国王に、第二王子カルマ、賢者、ハイザパパにイザベラ。あとは人っ子一人見当たらない。
本当に『必要最低限』だな……と苦笑する傍ら、この面々なら問題もないかと素をさらけ出す。
「僕は王国の『支配下』につくつもりは無いんでね。普通にやってたら『報酬』としての土地の授与、しかも『爵位』なんていう厄介な拘束具までついて来かねない。だからやめた。回りくどいことをして支配下にならない手を選んだ」
あの程度で爵位が手に入るのか、ってのも疑問だが。
どっちにしても、僕は『上から目線』での土地の授与は要らないんだ。だってそれだと、後になってから返せ、その土地はこっちで管理するー、とか、そういう後出しも出来るだろ?
だから嫌だ、僕は自分の力でソレを勝ち取る。
誰にも手出しできない理想郷には、それは必須条件だ。
「ほほう、なるほどなるほど……納得したよ」
「納得したついでにこっちからも質問いいか? 百歩譲ってマナ・エクサリアはいいとする。けど、なんで第三王子まで退出させたんだ?」
先程から気になっていた。
なぜ、王族がこの席から外されているのか。
そんな疑問に、されど答えたのは国王だった。
「……アレは、まだまだ心が幼い。カルマのように自制が出来るならば話は別だが、今のあやつに賢者の言う『秘密』を預ける訳にはいかない」
そのせいで退出する時めっちゃ睨まれてたんですけど。
とは、口が裂けても言えなかった。だって王様ですし。
なるほどなるほど、とコクコク頷いていると、先程からウズウズしているイザベラが視界に入った。
「……っと。イザベラ嬢がそろそろ待ちきれない、って感じだね。かくいう僕も気になってるし……早速本題に入ろう。君はどんな力を持っているんだい?【異界の勇者】ソーマ・ヒッキー。いや、ヒッキー・ソーマと言うべきかな?」
「な……ッ!? ゆ、勇者、と言いましたか賢者様!?」
背後のカルマ王子が驚いている。
見れば玉座に座る国王もまた大きく目を見開いており、背後を見るとクロスロード家の二人は……うん、思った以上に冷静っぽい。
「……賢者様、その男はかつても自身を勇者等と騙ったことがあります。今回もその類の嘘ではないかと……」
ハイザパパの辛辣な言葉が飛び出してくる。
が、対する賢者は静かに首を横に振る。
「いいや、今回ばかりは本当だとも。私の鑑定、看破のスキルは共に限界まで伸び切っている。そんな二つのスキルをもってして、彼のステータスに刻まれた【勇者】の文字が見えている」
「な……!? き、貴様! 本当に勇者だったのか!? あ、ああ、アレはアイシャを和ますためのジョークだと……」
イザベラはそんなことを言いながら、かつて僕が言った言葉を思い起こして……はたと、その事実に気がついたようで目を見開いた。
「ま、ままま、まさかッ!」
「一言も、嘘発見器を誤魔化す魔導具を持っている、とは、言ってなかったぞ。悪いがアレは全部本当だ」
「お、おおおお前ぇぇぇぇぇ! 良くもたばかったな!」
イザベラが逆ギレする中、ハイザは静かに笑っていた。
「これは……私としたことがしてやられたな」
「ハイザが……珍しいこともあるものだね! さーてと、驚きの新事実も明らかになったところで? さっさと本題突き進もーか!」
仕切り直すように手を叩く賢者。
その言葉に、先程まで硬直していた国王が再び動き出す。
「……なるほど、勇者、か。して、なぜ勇者がここに居る」
「簡単ですよ。呼び出される直前、名前も知らない女神にあって面接を受けました。その際、召喚側の意図しない性格をしていることに気付いた女神は、僕を全く関係ない草原へと送り込んだ。そこがグスカの街近辺の草原です」
「なんと……」
国王は驚いた様子だが、今のでクロスロード家二人は納得した様子。
「なるほど、ソーマ殿だしな」
「あぁ、こんな働く気もない社会不適合、召喚する側からしてもたまったものでは無いでしょう。納得です。流石は女神様」
「ふ、二人とも……」
王子が思わずと言ったふうに口を挟むが、その顔は苦笑に歪んでる。まぁ、王子もなんとなーく僕の『素』には気付いてるんだろうな。
「その後はもっと簡単。街について、道に迷った先で犯罪ギルドから逃げ出してきた奴隷と出会い、成り行きで【絶望の園】を破壊。そこでイザベラと出会い、彼女を上手くいいくるめてアイシャの魔力病を治癒。時間が余ったからキングゴブリン討伐にも乗り出し、粛々と功績稼ぎをしてた、って訳です」
「ま、待ってくれ! そ、それでは……噂に聞く君の妹君、黒炎姫のホムラ嬢はどうなるんだい!? もしかして彼女も一緒に……」
「――あぁ、なるほど」
王子が焦ったように口を開いて。
そして、賢者が全てに納得を示した。
……この賢者、見た目によらず本当に頭がいいな。僕の説明と、僕の詳細不明のステータス。そして語られなかったホムラの登場シーンから全てのことを察しやがった。頭脳チートってこういうことを言うのだろうか。
僕は軽く頭をかくと、右手を横方向に軽く薙いだ。
「ご名答、僕の能力は召喚術式。在るものを呼び出し、無いものは生み出して召喚し、そして……様々な魔物を創り出し、使役する能力」
光が瞬き、魔力の本流が溢れ出す。
途端に現れたのは、魔物の軍勢。
スライム。
ゴーレム。
ダークバッド。
エレメンタル。
新しく仲間になった二種類は奥の手として残すにしても、四種類……マッドゴーレム、アイアンゴーレムを含めれば五種類、総勢五十体にも及ぶ魔物の軍勢が一瞬にして姿を現す。
「……ッ!?」
「こ、これは……」
「……へ、へぇ、凄いねこれは」
それらを見た面々はそれぞれの反応を示す。
イザベラ、ハイザは予め知っていたこともあり、目を見張る程度の比較的軽い驚き。されど、王子や国王、賢者の驚きは見てるこっちが笑ってしまいそうになるほどだ。
「察しの通り、ホムラもまた、僕の召喚獣。正式名称は『ホムンクルス』。僕の勇者としての才能全てを持って生まれた、文字通り勇者の再来ですよ」
「そ、それは……嘘だと信じたいけれど、勇者と同等の才能を秘めたホムンクルスを、何度でも、複数体、召喚できる……と、言うことかな?」
「さすがにそれはないですよ。僕が今召喚できる『特別なヤツ』は、ホムラに、肩に乗ってるスライムのスイミーさん。そしてもう一人くらいです」
ま、見えてないだけでここに居るんだけどな、そいつも。
賢者なら見えるんじゃないだろうか……とも思ってたんだが、さすがに『透明化』スキル解除しないと賢者でも見えないか。
そんなことを一人考えていると、国王からの声が響いた。
「つまり、貴様の『与えられるもの』というのは……」
「もしもの際の僕の同情。そして、召喚術式で呼び出せるものならなんでも一つくれてやります」
ここで『救援』とは口にはしない。
言ったが最後、どんなに破滅的な状態でも助けを求められる。
だから、助けるかもしれないという同情しか提示しない。
加えて『なんでも一つ欲しいもの』と来たもんだ。
「国王陛下、貴方は一体何が欲しい?」
僕の言葉に、彼は静かに瞼を閉ざす。
静かな沈黙。まるで世界から音が消えたような刹那の瞬間。
しかして最後に目を開いた彼は、僕を見下ろし端的に問うた。
「影の英雄、ソーマ・ヒッキー。貴様が欲しい土地を示せ」
僕は勝利を確信した。
とりあえず、第一目標達成である。




