040『王城へ』
――十数分後。
僕らは王子やイザベラと共に馬車の中に乗っていた。
「……なるほど、あのハイザが私たちの言葉に従わない……だなんて、余程のことだとは思っていたけれど。これは、……うん、上級貴族ばかりといえど、大勢の前で口に出来る力ではないな」
対面に座るのはカルマ王子。
彼は右手に携えた一振の剣を眺めながら、興奮とも困惑とも知れない表情を浮かべている。
「……【宝剣ラグナーク】。初代国王が用いたとされる、五大魔剣に次ぐ名剣中の名剣。遥か太古、勇者へと貸し出した後、魔王討伐に際して折れてしまった……と、されていたが」
「まぁ、想像さえつけば『ないもの』でも召喚できますし」
僕の言葉にカルマ王子は頬を引き攣らせる。
彼の言葉からもわかる通り、僕は彼の提示した【無理難題】を余裕のよっちゃんでクリアしてやったのだ。
彼は『無理難題のつもりだったんだけど……』みたいな顔で僕を見ていたが、肩に乗ってるスイミーさんが視界に入ったか、眉を顰めて頭を抱えた。
「……ご想像の通り、これでもこの男の本業は『テイマー』です。……おそらく、ゴブリンキングにしても、この男が衆目を気にすることなく本気を出せば、なんの被害もなく討伐することが出来ていたでしょう」
「……現実は小説よりも奇なり、か。世間で『黒炎姫』の功績とされているものの過半は、彼の力ということだね」
まぁ、ホムラも元を正せば僕の召喚獣だからな。
極論言ってしまえば『全部僕の仕業』って感じなのだが、そこら辺はあえてノータッチで貫いておく。説明するの面倒だし。
「で、一応の信用はされたんですか? こうして馬車乗って王城向かってる、ってことからも察してますが」
「あ、あぁ……、うん。ハイザがあそこまで君を推す理由がよく分かった。君の力は我が国の【益】になる。僕はそう確信している」
信用……とは、口にはしなかったなこの男。
なるほど、信用はまだ出来ないが、利用価値はある、と。
うんうん、堅実で実に良い。
今の答えで逆に『うんうん信用したよ! もう完全に信頼してる! 王様には僕から言っておくからこれからよろしくね!』なんてセリフが返ってきてたら、逆にこっちからの信用が無くなるところだ。
「そりゃよかった。なぁ、アレッタ」
「わ、私は何が何だか分からないっすよ……。そ、ソーマ様って、いったいどれだけの能力持ってるっすか……?」
うーん……五つくらい?
最初期から比べて【指揮】スキルが増えたから……うん、ちょうど五つだな。それ以外のスキルは一切ありません。
そんな内情など知る由もないアレッタに笑い返すと、彼女は「さすがっす……」とかなんとか呟いていた。
窓の外へと視線を向けると、すでに白亜の城は目前にまで迫っている。
「さて、と。首尾よくいけばいいんだけど」
あわよくば、これが最後の仕事になって欲しい。
そんな想いを込めて、僕は願いを呟いた。
☆☆☆
でも、そういうのってフラグだよね。うん知ってた。
王城へと馬車で乗り込んですぐ。
僕らを待っていたのは……『軍隊』だった。
「ひぃぃっ!?」
僕が悲鳴をあげるより先、アレッタが絶叫する。
なにせ彼らの視線は窓越しにバッチリ僕を捉えており、中には明らかーに殺る気満々の奴らも見える。こういう時に『殺気』やら何やらを捉えられる能力があればいいんだが、僕にはそんなもん分かりません。
「……カルマ王子。一応言っておきますが、万が一のことがあれば僕はこの国見捨てますよ。もちろん、その剣も没収です」
僕の『召喚術式』は存在しないものを創り出し、召喚できるというだけで、本質はどこかにある指定したものを呼び寄せる、という能力だ。その気になればいつだって奪い返せる。
「……分かっているさ。というか、これは私も驚いていてね。まさか、こんなことになってるとは思いもしていなかった」
「……おいソーマ。貴様、王子の側から離れるなよ。あまり好き勝手動かれると私だけでは守りきれん」
おいおい、この馬車護衛もついてるだろ。
とは、言い出せるはずもない。
「了解。ま、警戒しとけばいいんだろう? イザベラと王子以外の全員に対して」
僕の言葉にイザベラがニヤリと笑う。
言ってる意味を理解したか、アレッタがガクブルと震え始め、僕は肩のスイミーさん、そしてもう一人、『ティア』へと警戒を促す。
やがて、馬車は城の前に広がる大きな広場へ差し掛かる。
このまま城まで行ってくれればいいんだが……。
「……なんか、面倒事の予感」
瞼を閉ざしてそういった僕に、不思議そうな三つの視線が集まる。
されど、次の瞬間響いた声に、彼女らの意識はそちらへ向いた。
「そこの馬車、その場で止まりなさいッ!」
響いた声は、女性のものだ。
その声にイザベラが目に見えて顔を顰め、困惑した様子の御者が馬車を止める。
「今のは……」
「まぁ、想定通りの人物でしょうね」
仮にも『王族が乗ってる馬車』相手にそんなことを言える相手。
そんなもん、王族と同等、或いはそれに近しい立場の者以外にはありえない。
イザベラが警戒した様子で馬車を降り、特に気にすることも無く王子がその後に続く。
……ええ、もしかして僕も降りるの?
なんとなーく降りる流れが出来上がってて嫌なんだが、僕とアレッタも続いて馬車から降りてゆく。
「……貴様、なんの真似だ。マナ・エクサリア」
突き刺さるような無数の視線と、明らかに怒ってるイザベラの声。
彼女の方を見ると、イザベラは額に青筋を浮かべて前方を睨んでおり、その先には……うん、知ってた。この前ホムラを勧誘に来てた公爵家長女にして、ナサリア教の聖女、マナ・エクサリアの姿があった。
「あら、久しぶりですねイザベラ。でも、今は貴方に用はないの。今、私たちのお目当ては……そこの、後ろにいる者です」
イザベラがくるりと後ろを見る。
その後ろにいた王子が後ろを振り返る。
その背後にいた僕が背後を見る。
最後尾にいたアレッタが愕然と目を見開いた。
「わ、わたっ、わた……私、っすか?」
アレッタの困ったような声に、マナの額に青筋が浮かんだ。
「ふ、ふふふ、ふふふふ……どうやら、余程私をコケにしたいようですね。ええ、ならば名指しで指名しましょう! 影の英雄ソーマ・ヒッキー! そこの獣人の一つ前! 王子の一つ後ろに立っている黒髪の男!」
「あぁ、もしかして僕?」
いやー、分からんかった。
そんな内心が伝わったか、聖女様の頬が引き攣る。
「良かったなアレッタ。お前じゃないってさ」
「ほ、ほんとにっすよ……。心臓止まるかと思ったっす」
「それは大変だー。急いで帰らないと」
アレッタが死んでしまう。さっそくアレッタを連れて帰ろうとすると、帰途をずらずらずらーっと騎士達が塞いでしまう。
「…………貴方は、私を馬鹿にしているのですか?」
「なんのことですか? ホムラをご大層な理由を掲げて勧誘しに来た結果、本心を見透かされてまんまと逃げ帰ったマナ・エクサリア様」
ビキッ、とどこからか音がした。
振り返ると、清々しいまでの笑顔を浮かべたマナ・エクサリア。彼女は菩薩のような優しげな笑顔で僕を見つめていたが……怖いなぁ、全く目が笑ってない。
「どうやら、余程の愚か者と見えます。周囲が見えていないのですか?」
「どうやら余程の頑固者と見える。周囲が見えた上でこの言動だと思わないんですか? マナ・エクサリア」
うん、そろそろ限界そうだし、真面目に話を進めるとしようか。
僕は改めて彼女へと向き直ると、おふざけムードを一掃する。
「この国は……というか、この大陸にある全ての国は、今、南北に存在する魔王に対する防衛、攻勢に過半の兵力を向かわせている」
今、この大陸において国同士の戦争はありえない。
そんな事をやって消耗していたら、まず間違いなく魔王にその隙を狙われて打ち滅ぼされる。そう理解ができるから、兵力の過半を魔王領の方へと向かわせられる。
「この国、この城を守っているのは必要最低限の戦力のみ。……これはあくまで推測だが、こうして見える兵士たちのうち六~八割。多分怪我して前線に出れない兵士か、或いはなりたての新人か……。すくなくとも、真面目に強いのはうち二、三割って所じゃないか?」
「ご大層な妄想ですね。だとしたらどうしましたか?」
いやなに、全員が全員強いんだったら、手加減できなかったなって話だ。
僕は大きくため息を漏らすと、目を細めて笑ってやった。
「『本気』でやったら、僕はホムラよりずっと強いよ」
その言葉に、近くにいたイザベラと王子がゾッと顔を歪ませる。
マナ・エクサリアは頬を引き攣らせて一歩後ずさり、兵士たちは上手く理解出来ていないのか、困惑した表情を浮かべている。
「……それは、ここにいる全員を倒せるとでも?」
「いんや? 僕は手加減がとても苦手だ。本気でここにいる全員を無効化しようと思うと皆殺しになる。それは嫌だろ? お互いに」
人殺しなんてやりたくもない。
実力的にどうこうじゃなく、気分的にやりたくない。
僕の言葉に兵士たちから失笑がこぼれるが、王子、イザベラ、マナ・エクサリアの三名からすれば笑い事でもなんでもないだろう。
この中で一番僕の『本質』に近い部分を知っているイザベラ。
イザベラから僕の力を知り、その目で見ているカルマ王子。
そして、数日前に部下を片手間に一掃されたマナ・エクサリア。
「ちょ、ちょっと待てソーマ! 待て! 頼むからそれはやめろ!」
「み、皆、今すぐに武器を捨てろ! これは王族の命令だ!」
イザベラと王子の切羽詰まった声。
それに顔を見合わせた兵士たちは、困惑しながら、それでも王族の命令とあって一人、また一人と武器を手放してゆく。
それをマナ・エクサリアは止めようと口を開くが、残念ながらその先の『声』は出てこない。僕の目を見て完全に思考が停止していた。
言っとくが、これは嘘じゃない。
やろうと思えばここにいる全員を皆殺しにできる。
それも、従魔の力を一切使うことなく、だ。
……まぁ、これは言ってみれば『反則』だしな。
それになにより、調整が難しい。
この場で使ってしまうと、うっかりマナまで巻き添えになって死にかねないしな。極力使いたくはないのだ。
あくまでも、極力、の話だけど。
「……くっ、こ、この……ッ」
マナ・エクサリアは心底悔しそうに吐き捨てる。
しかし現状は変わることなく、王子の命令によって王城への道が開けた。
「それじゃ、行きましょうか」
僕はそう言って王子とイザベラを振り返る。
二人の瞳には、僕に対する恐怖があった。




