039『王子』
それから一週間。
……え? ハクたちの活躍?
いやー、僕は見てないけど、かなり凄いらしいよ?
初心者とは思えない能力を持ったスーパールーキー。しかも黒炎姫の弟子だって言うんだから一躍有名になっちゃって、加えて初っ端から難しい依頼を連続してこなしちゃうもんだから凄いのなんの。最近じゃ、お留守番してる僕のところにハクたちの友達が尋ねてくるほど。
「いやー、すまんな。三人とも依頼で出払ってるんだ」
「そうなんですか……」
今日も今日とて、見知らぬ少女がしょぼんとしてる。
なんだか最近はニートよりもハクたちのお留守番係してるような気がしてアレだが、よく考えたら働いてないのでギリセーフ。部屋から出るのはまだ許そう。働くのは断じて許さんがな。
「ところで、貴方はハクさんたちの……なんなのですか? 黒髪……ですけど、さすがに貴方が【影の英雄】ってわけでもないでしょうし」
「はははー、なんなんだろうね。お兄さんも分かんないや」
影の英雄? 誰だっけそれ。
そんな感じを地で行く僕です。
肩のスイミーさんが、そーまのことだよぉ、と言ってくるが、最近では自分か『影の英雄』だなんて言われてたのが大昔の事のように思えてきてる。引きこもりって偉大よね。
そんなことを考えていると、目の前の少女がムッと僕を睨んでる。
もしかしてふざけてると捉えられたかな……。実際ふざけて答えてるんだから怒られてもしょうがないんだけど。
そう考えていると、少女は何か口を開きかけて。
「ソーマ! ソーマ・ヒッキーは居るかァ!」
懐かしい声と共に、宿の扉が開け放たれた。
「……っ!? い、一体何が……」
「うげっ」
少女が焦ったように振り返り、僕は呻く。
なにせ宿の入口前にはめちゃくちゃ見知った銀髪女騎士が立っており、キョロキョロと周囲を見渡した某公爵家長女様は、やがて僕のことをロックオン。遠慮も知らずズイズイと間を縮めてくる。
「ふ、ふふふ、ようやく見つけたぞソーマ・ヒッキー! 貴様が居ないせいで何度アイシャが夜泣きしたことか……ッ! 貴様は気に食わんが貴様が居ないとアイシャが泣く! どう責任とってくれるつもりだ貴様ァ!」
「えーっと、誰でしたっけ」
「イザベラ・クロスロードッ! クロスロード公爵家の長女にしてグスカの街の守衛隊長を務める女だ! その顔、覚えて言っているな貴様!」
あぁ、そうだったそうだった、イザベラ姉様だ。
「あぁ、そう言えばいたね。調子乗って『アイシャを治せたらこの身などくれてやる』とかほざいておきながら、いざアイシャが治ったと思えば途端に記憶があやふやになるお姉様」
「そ、そそそ、それは……それは、その、アレだ! 貴様の思い過ごしだ! 私はアイシャを治せたら、その、なんと言ったのだったか? とにかくアレだ! 貴様が私を娶るなど三年早いわ! 心の準備をさせろ!」
嫌に現実的な年数だな……。
まぁ、養ってくれるなら万々歳なんだけど。
とか、そんなことを思っていると、隣にいたハクの友達らしき少女が腰を抜かしているのに気が付いた。
「く、くくく、クロスロー、ド、公爵家……!? あ、ああ、あの、ハイザ・クロスロード様の……!」
「ん? 何だこの小娘は。貴様、まさかとは思うが……」
「百パーセント気のせいだと保証しますよ。で、そのクロスロード公爵家の長女様がなんの用です? まさか本当に文句言いに来たってだけじゃないでしょう?」
彼女は僕の言葉に『うぐっ』と呻く。
同時に沈黙が広がってゆき、僕が気まずさに口を開こうとした瞬間、入口の方からもう一人の声が聞こえてきた。
「なるほど……君が噂に聞くソーマ君か」
聞いただけでわかる、イケメンの声だ。
視線を向けると、そこには金髪碧眼……つまり【王族】の特徴を色濃く出した一人の男が立っており、その姿に隣の少女が息を呑む。
「あ、あなっ、あな、た、様は……!」
「……あぁ、なるほど」
この国に、王族は六人いる。
一人目、国王。
二人目、正室、王妃。
三人目、側室。
四人目、正室の娘、第一王女のお転婆姫様。
五人目、正室の息子、第二王子。
六人目、側室の息子、第三王子。
その中で、僕と年齢も近く、その上これだけの王族の特徴を色濃く映し出している奴なんて、僕は一人しか知りはしない。
小さく息を吐くと、僕はその男へと口を開く。
「お初にお目にかかります。影の英雄、ソーマ・ヒッキーと申します。あなたは……第二王子、カルマ・ウル・ナザーク様でよろしですか?」
僕の言葉に、第二王子は嬉しそうに笑って返す。
それは、言外の『肯定』なのだろうと、僕は受け取った。
☆☆☆
「イザベラからは、『働く気力もないろくでなし』……と聞いていたけれど、やはり自分の目で見るに限るね。百聞は一見にしかず、と。君のご先祖さまの言葉だったかな?」
数分後。
ハクの友人少女を半ば追い返すようにして帰した僕は、宿屋の自室に王子、及びイザベラ姉様を招待していた。
「おお、おおおおお、お、おお、お茶でご、ざいますぅぅっす!」
ガクブルと震えるアレッタが茶を出す。
彼女はひと任務終えると瞬くような速度で僕の背後へと回り込む。なんだろう、主なのに盾にされてる気分だよアレッタさん。
「ちょっとイザベラ姉様。人のこと過剰評価しすぎだろ。僕は働く気力がないんじゃない。そもそも働いたら負けだと思ってるんだ」
「……とまぁ、ソーマはこのような男です。これでなんの力もないのであれば掃いて捨てるほど転がっている路上のゴミクズと同位でしかないのですが」
おおっと、イザベラ姉様辛辣だなぁ。
世界中のニートに謝れよ、と内心考えていると、イザベラの言葉に第二王子、カルマは笑って返す。
「はは、王族、公爵家を前にここまで言えるのだから大したものさ。加えて、よく私たちのことを調べている。私を見て、一目で誰か言い当てるなど、とてもじゃないが、田舎から上がってきたばかりのろくでなしの言動じゃない」
「光栄の極みです」
とりあえず難しい単語を並びたて、それっぽく返してみる。
まぁ、ニート生活の合間にな。
ちょいちょい偵察の召喚獣飛ばしたり、図書館行って調べ物したり、屋台のおっちゃんおばちゃんから情報収集したりと……色々やったと言えばやったのだ。
だけど、それで評価されたところでなぁ……。
お茶を片手にチラリと見ると、王子はテーブルの上に乗っているスイミーさんを撫でて微笑んでいる。
その雰囲気は『優しげ』の一言で、それだけ見れば心優しい王子様、って感じもするわけだが。
「それで。イザベラ同伴ってことは、交渉の下見ですか?」
王子がその動きをピタリと止め、イザベラが喉を鳴らす。
そも、グスカの街にいたイザベラがこっちに来てるってことは、一緒にハイザパパやアイシャも来ている可能性が高い。でもって、ハイザが来たって言うことは、王族に僕の話が通ったということ。
それで今日の『今までの流れ』を思い返してみれば、容易に『そこ』まで考え至る。
「本来なら、王族への交渉なんて断られて当然。だけど、僕やホムラには【力】がある。それこそ、王族が一考するレベルの功績がある。なら、見定める役として宰相か……あるいはもっと低ランクの貴族でも向かわせるべきなんだろうが、既に王国の懐刀、この国のどこよりも信頼が厚い【クロスロード家】が僕らに味方していると来た。なら、もう並の貴族を向かわせられるレベルじゃない」
「そ、ソーマ様……、なんか、雰囲気が……」
背後のアレッタが不安そうに僕の服を握る。
心配するなアレッタ。単に、珍しく『やる気』が出てるってだけさ。
雰囲気が変わるのなんて当たり前。
珍しく、今の僕は本気と書いてガチと読む。
「……王子。饒舌に話し始めたこの男は厄介です」
「あぁ、今、理解したよ」
理解した……ねぇ。
まぁいいや、そう思うんだったらそうなんだろう。僕は知らんが。
近くのソファーへと腰を下ろすと、僕は改めて王子を見据える。
「で、答えは?」
「……ご名答。僕は君を見定めに来た」
王子の瞳が鋭さを増す。
……うん、よくこういう展開目にするけど、なんなんだろうね。なんか傍目に見たら睨みつけてるだけなんだよな。鋭さを増してなにか見定めることでもできるのだろうか。よくわからん。
「つい先日、クロスロード家の当主……君も知るハイザから話があってね。というのも、最近名を上げ始めた黒炎姫……の、オマケでついてきてる影の英雄が、よりにもよって私たち王族に交渉を願い出てると言うんだ。この話、客観的に聞いてどう思うかな?」
「馬鹿のすることだな。間違っても正気じゃない」
なんだよその影の英雄、頭沸いてんじゃねぇの?
とは、言えるはずもない。だって僕ですものそれ。
ただまぁ、客観的に聞いてるとすっごいバカ。もう何考えてんの頭おかしいんじゃないのかってレベルのアホさ加減。
だが、僕の回答を聞いて王子は興味を深めたようだ。
「……自分で自分の言動、理解出来ているようだね。その上で、全てをわかった上で『勝ち目がある』とでも思っているのかい? ここまで事を大きくしておいて、大したことの無い力だったら大変だよ?」
大変……なんて言葉で済むんだったら嬉しいな。
多分普通に打首だろう。クロスロード家が後ろ盾になってくれても奴隷落ちがいい所。加えてクロスロード家にも大きな迷惑がかかってしまう。それはいけない。と、いうことで。
僕は小さく息を吐くと、薄く笑ってこう言った。
「ねぇ王子、なんか欲しいものあったりします?」
とりあえず、王子に賄賂をぶちかまそうと思う。




