038『三人の装備』
――翌日。
目立ったこともあり早々にギルドを引き上げた僕ら一行。
ギルドからほど近い……って訳でもないが、ほどほどの距離にある宿屋に一泊した僕は、毎度の如く布団に潜り込んできたホムラを蹴飛ばし、清々しい朝を迎えていた。
「む、ソーマ、いじわる」
「だーかーらー、何度言ったら分かるのかな? ねぇホムラさん? 君は四人部屋、僕は二人部屋。間違える要素なくない?」
「わたし、ねぼけてまちがえたみたい」
「おーおー、ホムラも冗談なんて覚えたんだなコノヤロウ」
彼女の頭をぐりぐりやっていると、子供たちとアレッタから困ったような視線が送られてきた。
「ふぁぁ、朝っぱらから元気いいっすね……。ここまで仲のいい兄妹っていうのも初めて見たっすよ」
「……私も、兄さんと一緒に寝るのは卒業しました」
「おいみろホムラ、お前レイに精神年齢で負けてるぞ」
「む、私はソーマが寂しそうだから添い寝させてあげてるだけ。別に負けてるわけじゃない。むしろ、圧勝」
「どの口が言う、どの口が」
ムニムニとホムラの頬を引っ張っていると、困ったように笑ったカイが口を開いた。
「そう言えばソーマさん。先日仰っていた、冒険者登録の話なのですが……」
「ん? あぁ……ホムラ。そろそろ三人も冒険者デビューさせていいんじゃないか? って、三人と話してたんだけど」
「う、あはひほ、ほーほほう。ははひか、ほーまはふいていへはほんはいない」
「何言ってるかわかんねぇや」
彼女の口から手を離すと、ムニムニとほっぺたをさすった彼女はもう一度同じことを言ってくれる。
「ん、私も、そーおもう。私か、ソーマがついていれば問題ない」
「ま、同感だな。僕はまだしもホムラがついてればよっぽどの事がない限り大丈夫だろ」
僕もまた同意を示すと、不安そうなアレッタがこっちを見ていた。
「ま、まさかとは思うっすけど、私は……その、えっと」
「大丈夫、アレッタは僕と同じく雑魚だからな。戦力には期待してない」
「なんか微妙な気分っす……」
王都までの道中、一度『アレッタの実力を見てみよう!』ということになったのだが、これがまさかの驚愕的。なんとアレッタ、僕と物理で戦って見事に互角の勝負を演じてみせたのだ。
まぁ、お互い本気も本気の殴り合いなのだが、これがまぁ低レベル。
ええ、珍しく子供たち三人の僕を見る目が生あたたかったですね。はい。
「大丈夫、アレッタは永遠に僕のライバルだ。胸を張れ」
「ソーマ様程度と互角で胸は張れないっすよ……」
はは、言うようになったなアレッタ。
まぁ、事実だからなんの文句もないけどね!
「で、話は戻るけど、取り敢えず三人の冒険者登録は……そうだな。今日、ご飯食べ終わったらホムラと一緒に行って済ませて来たらいい。僕は引きこも……じゃなかった。三人の武器でも作っておくよ」
「ほっ、本当ですかっ!?」
カイが珍しく興奮をあらわに席を立つ。
ほか二名もカイ程ではないが少し興奮しているようで、僕は苦笑混じりに頷き返す。
「ま、わざわざ作れるものを金払って買うこともないだろ。それに、他所で買うより僕が作った方が性能もいいしな。えっと……ハクは魔法使い、レイは剣士タイプ、カイは騎士タイプでいいか?」
「……! ソーマ。よく、分かったね」
「まぁ、前にちらっと聞いてたのもあったしな」
前に、ハクはまだ何な向いているか分からないため『杖』を。レイは前衛でアタッカー向きだから『剣』を。カイは守ることに長けてそうだから『盾』を。と、そんなことを聞いていた。
そこにここ最近の三人の様子を見てれば、何となく理解はできた。
魔力視を使えるハク。
闘争心丸出しで訓練していたレイ。
僕を守ろうといち早く前に出たカイ。
ま、あくまでも想像だったが、その反応を見るに正解らしい。
「ソーマ様って、ぼんやりテキトーに生きてる感じするっすけど、めっちゃ観察眼鋭いっすよね……」
「ん、ソーマは、馬鹿っぽいけど実は頭いい」
「おいコラそこ、褒めるようで貶すのはやめろ」
そうしてため息を漏らすと、僕はしっしと手を振った。
「ほれ、さっさと飯食ってギルド行ってこい。それぞれいい感じの武器でもなんでも作っておくから」
「は、はいっ!」
「ありがとう、ございます」
「た、楽しみにしてます!」
三人が頬を緩めて返事を返し、勢いよく朝食を平らげてゆく。
ホムラもホムラで変わったが……この三人も変わったな。随分と僕らに対して遠慮ってものがなくなった。いい傾向だ。
子供は子供らしく、元気にはしゃいで笑顔でいればいい。
その為にも……ちょっくら頑張って装備一式作ってやるか。
「さぁて、今日も一日お仕事だぁ……」
心の底から嫌そうに声を漏らして、ぐてっと背もたれに体を預ける。
ニートまでの道は、まだまだずっと続いていそうだ。
☆☆☆
「さて、やるかー」
「おぉー! っす!」
僕のやる気のない声にアレッタが拳を突き上げる。
場所は宿屋の男子部屋。
なんの警戒心もなく(というか何もやる気がないので警戒心もクソもないのだが)僕の部屋へとやってきたアレッタは、首をかしげて顎に手を当てる。
「にしても、装備って言われると難しいっすね……。素人考えでいいなら、ハクちゃんは杖とかローブとか。レイちゃんは剣と、鎧は軽い方がいいっすかね? カイくんは男の子っすし、盾と鎧とか……」
「まぁ、僕もだいたい似たような考えだな……」
というか、それが正解だと僕は思う。
なにせ、一番最初の装備だ。初っ端から思いつく限りの最大限を与えてやったらそれはそれで成長が止まりかねない。ここは素人考えに、必要最低限のものを与えてやるべきだろう。ま、品質に関して手は抜かないけど。
「ついでに僕やホムラの装備も一新したいところだけど……」
僕がついてるから大丈夫だよぉ! とはスイミーさんの言。
戦闘ではほとんど攻勢に出ていないため、僕やホムラと比べればまだレベルで劣る彼だが、もう既にレベルは『9』。一つ目の進化を目前に控えた期待の星だ。僕に関していえばスイミーさんの潜在能力を信じる、ということで防具は不要だろう。
「というか、ホムラもホムラで攻撃に当たらないからな……」
「そうなんすよねぇ……」
ホムラの能力値の中で最も優れているのは速度だ。
こと、速度だけならば以前に不死族と戦っているのを見た【滅龍士】アレックスともまともに勝負できるだろう。
そう思えるほどに尖った能力を持つ彼女だ。強心のエンブレムで硬直状態を完全に無効化できる今、彼女が攻撃を受けるだなんて滅多なことではありえない。
「ま、ホムラに関してはおいおい考えるとして……今は三人の装備だな」
呟いて、顎に手を当て考える。
まぁ、なんとなーくのイメージはついている。
あとは形にするだけなんだが、これが一番難しい。
「さて、と。それじゃあやりますか。召喚術式!」
召喚術式を展開し、想像を現実へと映し出す。
僕にしては珍しく本気で用いた召喚術式。
まだ詳しく僕の力を知らないアレッタは大きく目を見開いており、やがて僕の前に出来上がった装備一色を見て喉を鳴らした。
「こ、これって……」
「あぁ、我ながら自信作かもしれないな」
なにせ、けっこう魔力持ってかれたからな。
そんなことを思いながら、椅子の背もたれへと体重を預ける。
☆☆☆
かくして、ちょこちょこ休憩を挟みながら何とか完遂。
しばらく経ってギルドから戻ってきた三人は、どたどたと慌てた様子で部屋の中へと駆け込んできて、目の前に広がった装備一色を見て瞳を輝かせている。
「こ、これは……っ!」
「む、私のときより、ごーか」
後に続いて部屋に入ってきたホムラが不満を漏らす。
今、彼女らの目の前に広がっているのは三つの無色装備だ。
ハク用に作った、白色の杖と、白色のポンチョ。
レイ用に作った、白色の剣と、白色の軽鎧。
カイ用に作った、白色の指輪と、白色の鎧。
それらには一切の色はついておらず、装備を見つめる三人へと咳払いをしてから説明を始める。
「これは、ちょいと特別製でな。手に取った時点で、望んだ色に変化する。赤がよければ赤色に。青がよければ青色に。無論、やろうと思えば透明にもできる。デザインは決まってるが、好きな色を選んでくれ」
「そ、そんなことが出来るんですね……」
カイが唖然と声を漏らす。
そりゃそうだ、僕だって驚いてる。
出来るかなー、とか思ってやってみたら、通常の数倍ほど魔力を持っていかれたが、おかげでこんな感じの武器防具が出来上がった。
「ま、性能は安心してくれ。僕のお墨付きだ」
ニートのお墨付きが果たして期待できるのか、という疑問は飲み込んで。
三人はそれぞれの武器の前へと足を踏み出す。
視線を感じて頷き返すと、三人はそれらの武器へと手を伸ばす。
「わ、私は……赤色が、いいです」
ハクは、燃え盛る炎のような赤色を選んだ。
杖は紅色に染め上がり、先端の宝玉にはしかと炎が命を宿した。
ポンチョは炎のように陽炎を宿しながら、それでも実態として確かにその場に存在している。
「……私は、黒色。ホムラさんのような、強いひとになります」
レイは、ホムラと同じ黒色を選んだ。
剣は黒一色へと変貌し、その凶暴さに一層の磨きが掛かる。
軽鎧は光を一切反射しない闇色へと染まり、まるで狼の毛皮を纏っているような荒々しさすら垣間見せる。
「僕は、無色。決して染まらず、決して歪まず。そうありたいと思っています」
カイは、何ものにも染まらぬ、無色を選んだ。
白色の鎧はその色を薄め、希薄なものへと変化を遂げる。
輝かしい全身鎧はその姿を消してゆき、今では視界にも映らない。見えないようで、確かにそこにある。決して染まらぬ頑強な鎧だ。
「……ん、面白い」
「あぁ、これは想定外」
個人的には、全員が同じ色を選ぶんじゃないかと思ってた。
なにせ、僕に引き取られた当時、僕と全く同じ服装を注文してきた三人だ。
それこそ、三人で顔を見合わせて、遠慮気味に、良くも悪くもない『白のまま』あたりを選ぶんじゃないかと、そう思ってた。
だから、自分の意思を通した三人を見て、嬉しく思う。
それはホムラも同じようで、彼女は珍しく頬を緩めて三人を見つめている。
「ハク、レイ、カイ。それ貰って、結果出さなきゃうそになる、よ?」
「……分かっています。だから、命にかえても、マスターの期待にこたえてみせます」
なにも命にかえなくとも、とは思うが、彼女らの決意を足蹴にするような真似はしたくない。僕は小さく頬をかくと、いつもの軽口に蓋をする。
「あぁ、期待してる」
今の三人にかける言葉は、きっと重たいくらいがちょうどいい。
そう、思った。




