036『絡まれる』
と、いうことで。
馬車に揺られて一週間と少し。
馬の代わりに『ゴーレム馬』……と言っていいものなのか、全身鈍色の馬サイボーグ(試してみたら召喚できた。これはモンスター扱いではないようだ)を使っていたせいか、想定よりもずっと早く王都へと到着した。
ちなみに旅道中、やたら強そうな護衛たちを付けた豪華な馬車とすれ違ったのだが、おそらくはあれが件のお姫様だったのだろう。そろそろあの街まで着いた頃だろうか? まぁ、どーでもいいけれど。
「にしても、広いなぁ……。流石は王都」
門をくぐり抜けた先には、広大な街並み。
獣人、エルフ、巨人族に小人、様々な種族が往来を闊歩し、楽しげなざわめきが街全体を揺らしているようだ。
これぞファンタジーといった街並み。その中でも一際目立つのは、はるか遠方に聳え立つ白亜の城。あれが王城ってやつなのだろう。
「す、すごいです……こんなの、初めて見ました」
「ハクは街から出るの初めてだもんな。……まぁ、こんなの僕も初めて見たんだけどさ」
これでもヒキニート歴は結構長い。
住んでた場所が田舎だったってこともあり、こういった人混みを直に見たのは久しぶり……あるいは初めてかもしれない。
ちらりと残る二人のちびっ子たちを見ると、二人ともハクほどは驚いていない様子。二人はこういう光景には見覚えがあるらしいな。……ま、詳しいことは聞く気もないけど。
「さて、それじゃあ宿屋でも探すとするか」
「ん、それと、ギルドにいく。ギルマスが、王都にいったらギルドに報告、入れてほしーっていってた。まったく、しかたない」
「ほぉ……」
素直に『そうなのか』と思うと同時に、ホムラが僕の知らないところでギルマスと仲直りしていることに少し驚く。
召喚された当時……それこそ、ギルマスにブチ切れた頃のホムラからは考えられない光景だ。
「ホムラも、成長したな。僕は嬉しいよ」
「えっへん。レベルも、二十にあがった。私つよい」
そうして胸を張るホムラ。
王都へ来るまでの道中でも彼女のレベルは二つほど上がったようだ。おかげでそろそろゴブリンキングともマトモにやり会えそうな感じ……というか、Lv.20でLv.30オーバーのキンゴブと同格ってやべぇなホムラ。本格的にぶっ壊れチート極めてやがる。
それに引き替え、僕はLv.26だってのにステータスはLv.1の頃からほとんど変化なし。というか魔耐あたりはカンストしてる。もはやなんの変化も感じられないからな……。どれだけ1桁台が好きなんだい、魔耐さん。
「で、でもっ、ご主人様も、最初から比べたら、ずっと魔力量が増えてる……と、思います! 最初は魔道具ありできゅーてい魔道士さまと同じくらいでしたが、今では明らかに賢者様を超えてますっ!」
「ハク。ちょいと静かに喋ろうなー」
咄嗟に彼女の口を塞いで笑う。
……まぁ、魔力量はね。もう色々と諦めてますよ。
9999……だっけ? 表記がカンストしてて、それ以上は成長しないもんだと思ってたんだが、どうやら表記の限界超えて伸び続けてるらしいのだ。
最初からもう既に使い道がなかったってのに、今ではネームドモンスター三体を常時召喚していても、消耗速度は自然回復速度よりも遥かに低い。……この魔力量、底をつかせようと思ったらどうしたらいいんだろうな。
そしてハク。もう薄々気づいてたけど、お前さん魔力視できるのか? あれって修行を積んで一人前になった魔法使いしか使えないそうなんだが……。もしかして、天才ってやつだろうか。
「そんじゃ、僕と……そうだな。子供たち三人は宿探し。ホムラとアレッタはギルドに行って移動報告しといてくれ。僕らも終わったらギルド行くから……取り敢えず、ギルド内か、居づらければどっか近くで待機しててくれ」
「ん、わかった」
「了解っす、ソーマ様!」
無口とハツラツが返事をし、子供たちの視線が僕に突き刺さる。
その視線には、どこか喜びが含まれているような気がして、随分懐かれたもんだと僕は苦笑い。
「さ、行くぞー」
「「「はいっ!」」」
元気な返事をして、僕の後ろをちょこちょこ三人がついてくる。
なんだかんだで、この三人のことはホムラに預けっぱなしだったからな。たまにはこうして、ホムラ抜きで一緒に歩くのも悪くは無い。
☆☆☆
とか。
そんなことを思っていたのがフラグだったのか。
こういう新たな場面に移ってなんのアクシデントも事件も起きず、平穏に日々が過ぎていくはずがなかったのか。
いずれにしても、三人を引き連れて歩き始めて十数分後。
宿屋を確保し、ギルドへと向かおうという僕らの目の前にアクシデントが舞い降りた。
「おいお前、噂に聞く『影の英雄』だな」
「あっ、人違いですぅー」
「ちょ、ちょっと待てぃ! サラッと嘘を吐いて通り過ぎようとすんなッ!」
スルーしようと思ったのだが、肩を掴まれ引っ張られる。
振り返れば、そこには僕を睨むように立っている……誰だこの人。全く身に覚えのない女戦士っぽいのが立っている。
よくよく見れば、周囲にはお仲間と思しき女の人達が立っており、彼女らの僕を見る目は酷く冷ややかだ。
「その黒髪に、肩に載せたスライム! グスカの街の【影の英雄】……勇者の血を引く【黒炎姫】の兄だろう!?」
「グスカ?」
グスカ…………グスカ?
あぁ、もしかしてあの街の名前? 全然興味無さすぎて忘れてた。というか一度でもそんな名前出てきてたっけ……。
そんなことを考えていると、女戦士から僕を庇うように、子供たち三人が僕の前に割り込んでくる。
「ソーマさんっ、ここは僕達がっ!」
「頼もしいかぎりだけど……ちょいと相手を考えような、三人とも。多分この人たち、強いから」
改めて周囲へと視線を向ける。
もしかして僕が目的なのだろうか。彼女らの仲間のうち、八割がたが魔法使い……つまるところ魔力視の能力持ちだ。
僕は小さくため息を漏らすと、改めて目の前の女戦士へと視線を向ける。
「へぇ……。子供たちを奴隷としている……って聞いてたから、どんな屑かと思ってたが……。なるほど、思った程じゃねぇようだ」
「はいはい、というかなんだよいきなり。僕も見ての通り忙しいんだ。これからやることが山ほどあるんでな」
ギルドに行って、宿に戻って、引きこもる。
あぁ、いやだ、まだこんなにやることが残ってる。どれだけ忙しければ気が済むんだ僕の人生。あぁ、ニートがなんでこんな目に。
とか、そんなことを考えていると、女戦士は口の端を吊り上げる。
「ほぉ? 私たちの用事がお前の私用より劣るとでも思ってんのか? おいおい、私たちを誰だと思って――」
「知らないし興味もないなぁ」
「…………今なんつった?」
ビキリ、と女戦士の額に青筋が浮かぶ。
僕は子供たち三人を下がらせて女戦士の前へと歩み出る。
「興味ないって言ったんだ。で、話は終わりか?」
「……お前、覚悟出来てるんだろうな? 私達はエクサリア公爵家、長女の『マナ・エクサリア』率いるBランク冒険者パーティ【純血の戦乙女】。私らに楯突くってことは、公爵家に喧嘩売るってことだぜ?」
チラリと召喚した腕時計へと視線をやる。
うーん、なかなか解放されないな。もう数分だぞ数分。
小さなため息と共に肩をすくめると、目の前からブチッと音がした。
見れば女戦士は顔を真っ赤に染めており、それが怒りからだってのは容易に想像が着いた。
だから、僕は周囲へと視線をめぐらせて。
――ほんの一瞬だけ、指輪を外した。
「「「――ッ」」」
自分で、体が軽くなったのがわかった。
同時に周囲へとわずかな風が吹き抜けてゆき、それと同時に女戦士の仲間たち――『魔法使い』の連中が白目を剥いて倒れてゆく。
「な……ッ!?」
「おいおい大丈夫かぁ? お仲間の連中、熱中症かなんかでぶっ倒れてるけど」
そう言いながら、同じようにふらりと来ていたハクを抱き留める。
ハクがもし、生まれながらの『魔力視』持ちだったとしたら、僕の『素』なんて嫌ってくらい見てきたことだろう。
だからこうして、レベルアップを重ねて人外極まってる『僕の魔力』を見たところで、気絶することなく耐えられる。
が、初めて見たやつに関しては話は別だ。
「お、お前……何をしたッ!?」
「何もしてないさ。むしろ、僕がなにかしたように思えたのか?」
「……っ、こ、この――」
図書館で、賢者とやらの本を読んだ。
曰く、膨大すぎる魔力は凶器に等しい……そうだ。
僕には到底理解できないことだが、魔力視を持つものからすれば、膨大な魔力っていうのは一目見るだけで体が硬直するものらしい。
だから、仮に、机上の空論的に、膨大を超えてさらに膨れ上がった魔力なんか見ちゃった時は、もう呆然とか通り越して気絶する。三半規管を思いっきり振り回されたような気持ちの悪さと、濃厚な『死』のビジョン。それらを受けて身体が勝手に意識を手放す。
この国の賢者でさえそういうことが出来るらしいからな。
それと同じことを僕がやったら、どうなるか。
恐怖の視線を向けてくる女戦士へ、僕はにっこり笑う。
「ひ、ひぃっ」
人の笑顔見て悲鳴とか失礼な奴だな……。
そう考えながら、なんとなーく彼女へと手を伸ばすと、途端にその体が震え始める。やがてその足は一歩、二歩と後ろへと下がってゆき。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「て、撤退ーッ! 撤退だッ!」
「くそぉっ! 覚えてやがれ!」
誰かの悲鳴と共に、残ってた仲間たちが全員逃げ出す。
一人は倒れる仲間には目もくれず。
一人はまともに走ることも出来ずに転げ回り。
一人は気絶した仲間たちを引きずりながら、逃げていく。
街のど真ん中で巻き起こった悲鳴にぞろぞろと野次馬達がやってきて……僕は、サラッとその野次馬の中へと紛れ込む。
「さーて、それじゃ、さっさとギルド行って宿屋に戻るか」
「は、はひっ!」
僕の腕の中で顔を真っ赤にしたハクが頷く。
レイとカイを見れば、二人は唖然としたように、それでいて興奮したように僕を見上げている。
「……やっぱり、ソーマさんは……」
「とくべつ、だって確信しました」
見当外れなことを言う二人に苦笑する。
もう何言っても無駄だろうな、と察した僕は、誤魔化すように二人の頭をポンポン撫でて、再びギルドへの道を歩き出す。
「それじゃ、さっさと行こうか。そろそろ三人も冒険者登録しといた方が良さそうだしな」
ふと思い出すのは、先程僕を庇うように割り込んできた三人の姿。
まだまだホムラと比べれば見劣りするが、それでも今の僕よりかは遥かに鋭く、迅速な反応だった。ここからさらに経験を積めば……きっと、遠くない内に僕の想像を遥かに超えてくるだろう。
「楽しみにしてるぞ、ハク、レイ、カイ」
「「「は、はいっ!」」」
緊張気味の三人の声が響く。
彼女らを連れる僕の視線の先には、この街のギルドが見えてきていた。




