035『召喚術式Lv.3』
「というわけで、逃げます」
お茶の間に激震が走った。
僕の言葉にホムラ……は、特に変わることなく飯を食い続けてるな。少しは注目して欲しいもんだが、それとうってかわってハクたち三人組の反応は面白いくらい大きかった。
「そ、それは……」
「おっと、勘違いするなよ三人とも。別に大層な理由があるわけじゃない、単に面倒くさそうだから逃げるだけだ」
そう、それ以外に理由はない。
この三人は、どこか僕を英雄のように見る節があるからな。大方、なにか特別な理由でもあるのだろう、とか。そんなことを考えて驚いたんだと思う。
「し、しかし……」
「カイ、なに勘違いしてるか知らないけど、僕をホムラと一緒にするなよ? ホムラがいくら僕を慕っていて、過剰評価していたとしても、所詮僕はただの人間だ。ホムラみたいな【特別】じゃない」
「……む、かじょうひょうか、してない」
「そういう所をいってんの」
むっと言い返してきたホムラに返し、ため息を漏らす。
確かに、僕は【特殊】の中に部類されるだろう。
だが、ホムラのような選ばれし【特別】には入れない。
特別ってのは、選ばれたほんのひと握り、稀有な才能を持ち合わせ、努力を重ねた者だけが立ち入ることが許される。
少なくとも僕みたいな、努力もしない、才能もない、あるのは能力だけの穀潰し野郎には立ち入り禁止の区域だろう。
「で、ですがっ、ご主人様は、私たちのこと助けてくれましたっ!」
「同意です。私も、マスターはとくべつだと思います」
ハクとレイもまたカイに同意して口を開くが、なんとなーくこのまま行っても平行線のような気がして頬をかく。
……うーん、どうすりゃいいんだろうか。
僕はニートだ、そこは変わらない。
間違っても子供たちに尊敬されるような人じゃない。
そこの所を分かってもらいたい、が、どこまで行っても平行線。
これは……もしかして、もう説得諦めるしかないのだろうか。
言葉じゃなく背中で語るべきなのだろうか。
自分が穀潰しにして働く気皆無のヒキニートであると、背中で語らなければならないのだろうか。それはそれで難し…………くも、なんともないな。フツーに引きこもってたらそのうち愛想つかれる自信がある。
「ま、いいや。普通に生きてりゃなるようになるか」
結局のところ、僕は生き方を曲げはしない。
だから極論言うとどうだっていいのだ。三人が僕をどう見ていて、他人が僕をどう思っていて、常識からして正しいのか間違っているのか。そんなことは至極どうだっていい。
だって、それが原因でニートを辞めるなど有り得ないのだから。
「というかソーマ様! 本気で逃げる気っすか!?」
アレッタが焦ったよつに声を上げる。
その言葉に僕の発言を思い出したか、三人は少し驚いたように僕を見上げる。が、答えは変わらない。
「うん、逃げるよ。だって面倒臭いでしょ、姫とか」
「失礼っすね!? まぁ否定しないっすけど……それで、仮に逃げるって言ってもどこに逃げるつもりっすか? 姫さまが王都の方からやってくると考えて……逃げられる先は多くないっすよ? 国外に出ることまで考えないと……」
そんなことを言い出したアレッタだったが、彼女は一つ勘違いをしている。
姫が来た、だから反対側に逃げる……ってのは別にいい。
が、こちとら子連れ、ホムラのワンマンパーティ。
対する相手は騎士団引き連れたAランク最強冒険者。
そんなもん、マトモに逃げて逃げ切れるわけが無い。
だからこそ。
「なぁ、アレッタ。こんな言葉知ってるか?」
不思議そうに首を傾げるアレッタ。
そんな彼女へと、僕は笑ってその言葉を口にする。
「――灯台もと暗し、ってな」
旅立つ先?
姫がわざわざ出払ってくれたんだ。
そんなもん、この国の『王都』に決まってる。
☆☆☆
――その後。
領主であるハイザへと『一身上の都合により王都に行くことになった』と告げると、全て察した様子の彼は苦笑していた。
『時期を見て、私も王都へ出向くとしよう。ソーマ殿との約束もあるし、なにより、君が居ないとアイシャが悲しむからな』
『……まさか、アイシャを連れて来る気で?』
爽やかな笑顔しか返さなかったハイザに一抹の不安を覚えながら、さすがに病み上がりの少女を連れて王都まで出向くほど馬鹿じゃないだろう。そう考え直したのは半刻前のこと。
ハイザに挨拶しに行った際、イザベラ姉様は本職……騎士団の仕事で見回りに出ていたし、アイシャはやはり体調がまだ万全ではないのか眠っていた。
だから僕がこの街を離れることはハイザしか知らない訳だが……まぁ、大丈夫だろう、たぶん。アイシャは荒れそうな気がするが、とりあえずイザベラに関しちゃ問題ない。
と、いうことで。
必要最低限の挨拶を済ませた僕達は、意気揚々と王都へと旅立った。
の、だったが。
「いやー、疲れるな、旅って」
「まだ出発して一分くらいっすよ」
後方にまだ街が見える中、僕の発した言葉にアレッタがツッコミを入れた。
現在、僕の召喚した『馬車』の中。
サスペンション完備、通風も完璧、操作性も良好。
ありとあらゆる『住み心地』を追求した至高の馬車。そんなのに揺られて早一分足らず。既に僕の中で限界が訪れかけていた。
「つい、僕としたことがうっかりしていた……。そうだよ、ニートがなんで旅なんてしてんだよ。ニートって引きこもるものだろ? なぁ、レイ」
「はい、そのとおりです」
ニートという言葉の意味さえこの世界では通じない。
が、そんなことを気にすることなく、たまたま近くにいたレイは即答した。うんうん、いい成長っぷりだ。ニートの戯言ってのは聞き流すもんだからな。
と、そんなことを考えていたら。
「影の英雄、マスターは、私たちのしらないところでたくさん働いているはずです。だから、せめて私たちのいるまえでは、お休みになってください」
「…………んん?」
働いてる……この、僕がか?
おいおい冗談よせやいレイちゃん。そう言おうと彼女の顔を見ると至って真面目。今の発言がガチだったと気がついたのはハクとカイが同意してから。
「そうですよご主人様っ! ご主人様のお仕事は私たちがやりますので、どうぞゆっくりお休みになってください!」
「僕らも……まだ、ホムラさんの足元にも及ばないですが、それでも一生懸命頑張ります! なんでも言ってください!」
なんだろうな、このすごい信頼。
僕がやった事といえば、三人をまとめて救い出して、引き取って、美味しいご飯食べさせて、ホムラに訓練させて……と、それくらいしかしてないんだが、なんでったってこんなに過剰評価されてるんだ?
「……ん。それだけやってたら、懐かれるに十分」
ホムラの声が隣から聞こえてくる。
横を見ると、いつもの事ながらべったりと僕にくっついてくるホムラの姿があり、ふと、彼女が何やら紙に書いているのを見て目を丸くする
「で、ホムラは何やってるんだ?」
「ん、お絵描き」
お絵描きかー。
数色のクレヨン(僕が出した)で、画用紙(これも僕が出した)に、まるで子供のようにお絵かきする姿は幼子のよう。
これでもホムラ、この中じゃ一番の年少者だもんな……。そんなことを今更ながら考えていると……。
「おっ?」
ふと、嫌な予感を受けて、窓の外へと視線を向ける。
「ん? ソーマ、いきなりどうし――……た、の? え、おかしい、普通じゃない」
ホムラが何か言いかけて、途中から本格的に僕のことを心配し始める。窓の外を見れば、そこにはこの馬車を狙っているであろう狼の群れが迫っており、彼女は僕の額へと掌を当てる。
「ソーマ、熱ある? おかしい、あのソーマが、ありえない。気配察知だなんて場所からは最も縁遠い場所にいる、あのソーマが、私より先に気配に気がつくだなんて…………風邪ひいた?」
「おいおい失礼だな。縁遠いんじゃない、僕は縁が無いんだ。縁遠い人達に失礼だろう?」
全く、少しは言葉を選びなさいホムラ。
僕が気配察知? んなもん出来るわけないでしょう。今のだってちょっとした仕組みがあってこそ。僕だって奥の手の一つや二つ持っているんだからな。
「ちょ、ちょちょちょっとお二人共! あれエルダーウルフの群れっすよ!? なんでそんなに落ち着いてるっすか!?」
「ん? あぁ、そうだな。やってくれティア」
その名を呼ぶと、途端に僕の周囲に燐光が弾けた。
その光景を見て、ハクが唖然と目を見開いて硬直する。……ほほう、その反応。今の状態のティアが見えるってことは……ハクも魔法使いタイプかな。
そんなことを思う傍ら、『なにしてるの?』と言わんばかりに首をかしげたホムラの眼前で。
『『『『ギャゥッ!?』』』』
瞬く間に、エルダーウルフの群れが『全滅した』。
「な……!?」
ホムラが焦ったように剣へと手をかける。
目の前には地中から現れた無数の『木』によって串刺しにされたエルダーウルフの群れが広がっており、その死屍累々とした光景に思わずえずく。やっべぇな。カッコつけてみたはいいけどグロすぎて吐きそう。
「ご、ご主人様……そ、その方は、一体……」
ほぼ全員が目の前の光景に固まる中。
ただ一人、『彼女』から目を離そうとしなかったハクは、緊張に大粒の汗を流しながら口を開く。
その言葉に機嫌良さげな燐光が舞い、僕は苦笑う。
「なに、僕も成長してるってことさ。遺憾ながらな」
かくして、僕は今のステータスを思い出す。
【名前】ソーマ・ヒッキー
【種族】人族Lv.26
【職業】ニート
【筋力】5
【耐久】8
【敏捷】7
【知力】9999
【魔耐】9
【スキル】
召喚術式Lv.3、知覚共有Lv.4、並列思考Lv.5、指揮Lv.2、隠蔽Lv.3
【称号】
異界の勇者、影の英雄、特級ニート、引き籠る者
まぁ、色々と変化(能力値以外)あるわけだが。
注目すべきは、召喚術式『Lv.3』。
つまるところ、僕には新たな【固有召喚】が可能となっていた。




