034『不穏』
「いやー、良かったっす! ソーマ様みたいないいとこに拾われて!」
場所は冒険者ギルドの酒場。
ホムラも『午後からは、三人の訓練やる。ちょうど、伸び盛り』とのことで、三人を連れて宿屋へと戻ってしまった。どうやらあの三人は直前までギルド側には内緒にする予定らしい。
まぁ、僕が察するに新人冒険者だけど俺らTUEEEE、ってやつやりたいんだろ。
絡んできた酔っ払い冒険者ぶっ倒したり。新人なのに大物倒してきたり、それに驚いた受付嬢が大声で功績を広めたり……ふふ、懐かしいな。僕も僕とて色々やらかしてきたっけか。自作自演もあったけど。
閑話休題。
「まぁ、僕のところは緩いからな……。ぶっちゃけ頭の僕が働きたくないんだ。アレッタも、そう気負わず程々に頑張ってくれたらいいよ」
「そういう訳にも行かないっすよ! 私だって料理屋の娘の端くれ! 一度やると決めたら全力でやりきるっす!」
わぉ、すごい熱血。僕とは正反対の人間だ。
僕は乾いた笑みを浮かべると、ちらりと視線を感じてギルドを見渡す。
あの当時……キングゴブリン討伐から既に一週間以上経過している。以前の熱狂加減から比べたら随分と大人しくなったもんだが、それでもやっぱり目立つは目立つ。
『……!』
なんか来るよぉ! と肩のスイミーさんが注意喚起。
振り返ると、そこには久しぶりに見たギルマスの姿があり、彼は片手を上げて僕の方へと歩いてくる。
「おう、久しぶりじゃねぇかソーマ。いや、Cランク冒険者様、った方が響きがいいか?」
「ほへー……ソーマ様、全然強そうじゃないっすけどCランクなんすねぇ。私、弱いからそういうのよくわかんないっす」
アレッタの言葉にギルマスが苦笑する。
そりゃそうだ、僕って弱いもん。
キングゴブリンの討伐、魔力病の完全治癒、犯罪ギルド絶望の園の壊滅等々……色々な功績が重なった結果一気にCランクまで上がってしまったが、実際のところそれに値するだけの経験も技術もへったくれもない。
「ま、コイツは特別……ギルドの歴史を遡って見てもイレギュラーだからな。まだホムラ嬢の方が辛うじて類を見るぜ。Aランク、Sランクの中には若い頃に似たようなことした奴らも何人か居るしな」
「ホムラさんって……あの、黒髪に赤い髪混じってる子っすか? Aランクと比べられるって凄いんすねぇー……。私、なんか失礼なこと言ったりしませんでした?」
そんなことを今頃になって尋ねてくるアレッタ。
なんだかマイペースな子だなぁ、と内心思いながら首を横に振る。
「大丈夫、ホムラは滅多な事じゃ怒らないからな。ねぇ、ギルマス?」
「は、ははは……そう、だな」
滅多に怒らないホムラを激怒させたギルマスは空笑い。
そんな彼を不思議そうに見つめるアレッタは、そう言えば、と思い出したように手を叩く。
「というかソーマ様! 店を出すにしても、まず色々と考えることは多いっすよ! どんなものを作るかを決めて、それに必要な材料をどこから仕入れるか決めて、他にもまだまだやること沢山あるっす!」
「ん? あぁ……食材か。だいたいどんなの出すかは決めてるんだけど、食材の仕入れルートはまだ全然確立してないんだよなぁ……」
そう言うと、アレッタはキョトンと目を丸くし、ギルマスは興味深いと言った様子で近くの椅子に腰を下ろした。
「ほぉ? あのウマイモーンが絶賛し、初めて口にした味だ、と感動の涙を流したとまで噂に流れるお前さんの料理か……。前々から気になっちゃいたが、とうとう出るのか? それが表に」
「ウマイモーン…………ウマイモーン!? あ、ああ、あの昔っから表通りの一番目立つところに店を構えてる、あのウマイモーンっすか!? 宮廷料理人でさえ降参するってレベルの超一流料理人じゃないっすか! 私たち料理人の目標にして一番の到達点っすよ!?」
アレッタが驚いたようにこっちを見る。
Cランクとかなんとか言ってた時よりもずっと大きなリアクションだ。にしてもあの人そんなに凄かったんだな、ウマイモーン。お好み焼き食わせたら泣き始めたからそうでもない人なのかと思ってた。
「そ、ソーマ様って、思ってたよりずっとすごい人なんすか!?」
「そりゃそうだ。賢者様でさえなし得なかった魔力病の完全治癒をやってのけ、ホムラ嬢と協力して犠牲者の一人もなくキングゴブリンを討伐した。加えて圧倒的な戦力で犯罪ギルド【絶望の園】を壊滅させた男だぜ? すごくないわけねぇだろう」
「す、凄いっすね……! ちょっと凄すぎて理解が追いつかないっす!」
なんだろう、むず痒い。
ギルマスの僕に対する評価がいつの間にかうなぎ登りになっていたらしい。加えてアレッタからも尊敬の眼差し。やめいや僕はただのニート。欲望に忠実に生きてるだけさ。
「それにしたって近接弱けりゃただの雑魚さ。で、話戻るけど、アレッタに協力してもらいたいのはその料理の練習。そして、僕と一緒に仕入れルートを確立させることだ」
しばらくはこの街で色々とやっていく予定だ。
少なくとも一回は王都に収集かかると思うが、それ以外はこの街を拠点として活動していく。将来街を作るにしてもこの街の近辺にする予定だしな。領主のハイザとも上手くやってるし。
「わ、私なんかに、上手く作れるっすかね……? あのウマイモーンを唸らせる料理だなんて……」
アレッタはガクブルと震えながらそんなことを言っている。
が、それに関しては問題皆無。僕みたいなズブの素人が作っても辛うじて食える程度のブツができ上がる程には簡単極まりない。
と、言うことで。
「それじゃ、試しに食べてみるか? その料理」
「「…………えっ?」」
アレッタとギルマスは、唖然とした声を漏らした。
☆☆☆
「私、ソーマ様に一生ついて行くっす」
恍惚とした顔でそんなことをほざくアレッタ。
あれから三十分後、僕らは帰途へついていた。
アレッタとギルマスには、ウマイモーンに食わせたのと全く同じお好み焼きを食べさせてやった。すると二人とも大袈裟ってくらい感動を示し、そんでもって今の発言に繋がるわけだ。
「おう、是非ともそうしてくれ。僕が死ぬまで働かせてやる」
「ロマンチックの欠けらも無いっすけど事実上の永久就職っすね! あの料理を食べられるなら望むところっすよ!」
僕も労働力が手に入るなら望むところだ。
ニートを極めるためにいくら労働力があっても足りないとは思わない。だって僕は働かないのだ。働きたくないとかそういう以前に働かない。働くつもりは微塵もない。なら、人手は多くあった方がいいに決まってる。
そして、アレッタみたいな裏表のない人物だとなお好ましい。めんどくさい人間付き合いとか、そういうのとは無縁で在りたいからね。
「うん、アレッタを選んでよかったよ」
「……? よくわかんないっすけど、私もソーマ様に買ってもらってよかったっす!」
そう、笑顔を返してくるアレッタ。
ちょうどウチのパーティにいなかった天真爛漫さというか、ムードメーカーっぽさというか。
うむ……。彼女が馴染んでくれたら、ハクたち三人ももう少し元気になるだろうか? あの三人はまだどっか遠慮してるというか……暗いというか。特にレイとカイの二人は陰りが取れ切ってないからな。
別に過去を引きずるなとは言わんが、せめて今だけは楽しく生きて貰いたい。過去を忘れられずに今をつまらなく生きるより、過去は忘れられなくとも今も楽しく生きる方がずっといい。それが僕のニートとしての心構えだ。
「ま、これからよろしく頼むよ。アレッタ」
「はいっす! ソーマ様!」
差し出した手に、アレッタは握手で応じてくる。
にしても……アレだな。引きこもってなんの取り柄もなかった(今でも中身は変わらんが)僕が、気がつけば外を出歩いて女の子とお手手握りあったりしてんだもんな。人生ってのは分からないもんだ。
「さて、と。それじゃ、とりあえず帰っー」
帰って、引きこもろう。
もういい加減働きすぎた。昨日まで引きこもってた気がするけど、もう既に疲れた。三日くらいはひきこもりたい。外での連続稼働時間に限界きてる。
というわけで、僕は気を取り直して宿屋の方へと向き直り。
「……あ。奇遇ね、ソーマじゃないの」
「げっ」
目の前にいた女に、そんな声で返してしまう。
長い赤髪に、魔法使然としたローブ姿。
目尻の吊りあがった強気な瞳に、堂々たる態度。
「お前……たしか、アレックスのところの」
「イルミーナよ、名前くらい覚えなさい」
「ははは……」
すまんなイルミーナ。
僕はつい先日まで『名前? どーせ使う機会なんてないんだし、覚える必要なんてなくね?』を地でいってたヒキニートだ。人の名前を覚えるのは少し苦手なんだ。
「それと、アンタの横の……もしかして奴隷かしら?」
「ん? あぁ、ちょっとした出店開こうと思ってな。その従業員を確保してきた。名前はアレッタだ」
「アレッタっす! もしかしてっすけど、数年前に『賢者の弟子』って有名になってたイルミーナさんっすか!?」
「よくそんな昔のこと知ってるわね……。今はただのBランク冒険者よ。そんな肩書きは数年前に捨ててきたわ」
へぇ……賢者の弟子か。
賢者といえば、クロスロード家の次女、アイシャを救えなかった人物、というイメージで定着しちゃっているのだが。まぁ、それに関してはアイシャの魔力量が多すぎた、ってのが問題なんだろうけどな。
「というかソーマ。アンタに用事があるんだったわ」
「……ん? ホムラじゃなくてか?」
僕とホムラだったらホムラに頼み事した方がいいと思うぞ。だって僕なんてただのニートだし。というか今思い出したけど引きこもりに移行する最中だったんだ。
「ま、急用がないんなら今度にしてくれ。僕はちょいと外せない用」
「なんか、アンタに会いにお姫様が来るらしいわよ」
「詳しく聞こうか」
なんだその面倒臭い……じゃなかった、光栄な話は。
光栄だが……光栄なんだが、如何せん僕と王女ではあまりにも釣り合いが取れなさすぎる。こんな僕が姫様の御注目を賜るなど如何ともし難い苦痛である。何としても避けねば。
「……アンタ、逃げる気でしょ。顔に書いてあるわよ」
「まさかそんなそんな……。で、僕に会いに来るとかどういう気の迷いだ? 血迷ったのか?」
「アンタねぇ……、まぁいいわ。この国のお姫様は、完全っなる脳筋タイプでね。あとAランク冒険者。下手したらアレックスより強いも有り得る怪物よ。そんなお方が、勇者の末裔、しかも圧倒的格上のキングゴブリンを打ち倒した兄妹がいる、って聞いていて王都を発ったらいしわ。さっき師匠から念話あったから間違いないわね。あの姫様全く話聞かないし……厄介なのよねぇ」
はっはっはー、なんちゅーお転婆姫様だ。一応は王族だし、直接交渉できるかなー、なんて思った僕が馬鹿だった。
よぉーし、色々と言いたいことはあるが、とりあえず逃げるか!
「さーて、アレッタ。宿行って荷物まとめるぞー」
「ちょ、ちょちょ、ほ、本気っすかソーマ様! お姫様っすよお姫様! 私の体内情報は数年前で止まってるからアレっすけど、この国のお姫様って言ったら月の精かと見紛うほど美しく可憐な超絶美少女で有名っすよ!」
「興味無いな、さて行こう」
美少女? そんなもんはホムラたちで十分だ。
あの堅物イザベラ姉様も『妹を治せたらこの身などくれてやる』とか大口叩いてたし。ぶっちゃけ異性に困っちゃいない。というか女よりもまず引きこもりたい。引きこもってから考えたい。
「ちょ、ちょっとソーマ様ぁ!」
早足で歩き始める僕に、焦ったようなアレッタがついてくる。
そんな僕の背中を見ながら、イルミーナは不穏なことを口走る。
「……知ってた? あのお姫様から逃げれた奴は居ないのよ」
ならば、僕がその一番最初の偉業をなしとげてやろう。
そう、僕はいつになく本気になった。




