033『奴隷商』
「奴隷を買います」
唐突な発言に、朝食の場が静まり返った。
「え、えっと……」
「……マスター、もしかして」
「あぁ、いや、別にお前達がいらなくなったから新しい子を調達しようってわけじゃない。単純に人手が足りないな、って思っただけだよ」
不安そうな表情を浮かべたハクたちにそう言うと、三人は目に見えて『ほっ』と安堵の息を吐いた。ちなみにちょぴっと『捨てられないよう頑張ろう!』みたいな感じでやる気が出たっぽいが、そこまで考えての発言では決してない。
「ん。ソーマ、人手なら、ゴーレムでもスライムでも、出せばいい」
この中で唯一僕の発言にも食事の手を止めようとしなかったのは、我らが黒炎姫にして勇者の末裔 (ということになっている)ホムラ嬢。
相変わらずの食い意地っぷりにため息も出そうになるが、なんとか堪えて答えを返す。
「いやさ。そう言えば以前に『料理依頼』的なやつを受けてさ。その報酬に移動式の屋台を貰ったんだけど……そのまんまスイミーさんの中に封印しっぱなしだなぁ、と思ってさ」
「……なるほど。勿体ないから使いたいけど、働くのめんどくさい。なら、奴隷でも買って働かせれば、ばっちぐー。そゆこと?」
「はっはー、そゆことだ。さすがホムラ分かってるなー!」
そうしてホムラと二人で笑っていると、子供たちから困ったような視線が突き刺さる。残念だったな、英雄とかなんとか言われても僕は変わらん。欲望に忠実でいるまでさ! 僕は働かんぞ! 絶対にだ!
「ということで、今日、朝ごはん終わったら奴隷見に行きます。ついていく人手ぇあげてー」
「「「「はい」」」」
見事に四人の手が上がる。
我ながら物凄い懐かれっぷりだ。僕が行く以上ホムラがついてきて、ホムラがついてくる=修行がない=僕と一緒に遊べる=三人組もついてくる。
「よし、じゃあさっさとご飯食べて奴隷商いくぞ!」
「おぉー」
ホムラが気の抜けた返事を返し、僕らは再び朝食へと向かいなおる。
いつの間にか、朝食の八割がホムラの胃に消えていた。
☆☆☆
というわけで、着きました奴隷商。
ちなみに場所はハクが知っていた。
「私は生まれてこの方、この街の物乞いやってますので!」
「おー、偉い偉い」
「えへへ……」
物乞いだからこそ、こういった裏路地の地理には詳しいのだろう。あえて暗い雰囲気を出さずに頭を撫でると、彼女は嬉しそうに頬を緩ませた。ふむ、可愛い。
「む、私もまだ数度しか撫でてもらったこと、ない」
「朝食を一人で八割喰らい尽くすような奴が何言ってる」
「むっ」
ホムラが突っかかってきたが論破。
しずしずとホムラが退散してゆき、僕は改めて目の前の奴隷商を見上げた。
裏路地にひっそりと佇む数階建ての木造建築。
いかにも怪しげな雰囲気が醸し出されており、僕は特に気にすることなく奴隷商の中へと踏み込んだ。
「こんちわー。影の英雄ですー。いい感じの奴隷探しに来ましたー」
「こんちー。黒炎姫がきたぞー」
「ちょ、ちょっとお二人とも!?」
カイが焦ったような声を出す。
そして、奴隷商の奥からも焦ったような声が聞こえてきた。
しばらく経ってドドドドっと足音が聞こえてくると、息を荒らげた奴隷商のお偉いさんっぽい男が僕らの前に姿を現す。
「はぁっ、はぁっ、こ、ここ、これはこれは、黒炎姫さまに、影の英雄さま……! き、今日は一体どのようなご要件で? と、当店は不法な奴隷は一切扱っておりませんが!」
「扱ってなくて当然でしょう。今日はちょいと奴隷を探しに来ました。料理上手な……性別はどっちがいいかな、ホムラ」
「おんな。おとこはソーマとカイで十分、むさ苦しいのは嫌」
「だそうで、女性の料理上手な人探してます」
その男は僕らの言葉に『はぁ』と困惑したように言葉を返したが、すぐに正気に戻って首をコクコクと縦に振る。
「う、承りました! ただいま当店中から良い奴隷をかき集めますので、しばしお待ちくださいませ。……おい! この方たちをご案内しろ!」
「は、はいっ!」
緊張感MAXのアルバイト君……かな? ボーイの子が僕らを接客室っぽいところへ案内してくれる。
数人掛けのソファーと、小さな机と。
机の前には不自然なスペースが空いており、多分ここに奴隷達がぞろぞろ現れるんだろうなぁ、なんて考える。
「あー、疲れた」
そう言ってソファーに腰を下ろすと、もはや当然のようにすぐ隣へとホムラが着席。相変わらずファザコンが過ぎるなぁ、まぁいいんですけどね。
「ほら、三人も座っとけ。今なら特等席で僕かホムラの膝の上が空いてるぞ」
「!?」
物凄い反応が返ってくる。主にハクから。
おや、もしかしてホムラの膝の上がご所望かな? なーんてすっとぼけてもいいんだが、特に意地悪する必要も無いしな。
「よっ、と」
「ふわわっ!?」
ソワソワし始めたハクの両脇に手を入れて持ち上げると、ご所望通りホムラ……ではなく、僕の膝の上へと乗せてやる。
「ご、ごこごごつ、ごっ、ご主人様っ! そ、そそそそそ――」
「ハイハイわかったわかった。大人しくしてなさい」
目に見えて慌て出すハク。やだ可愛い。
その頬は目に見えて真っ赤に染わっている。今にも『ぼふんっ』と頭から煙が吹き出してきそうな勢いだ。
まぁね、ニートやってたもんだから随分と他人と関わってこなかった僕だけど、ハクがめちゃくちゃ僕に懐いてるのは察してる。それが恋愛感情かって聞かれたら違うだろうと答えるが、ま、年上のお兄さんに憧れちゃうお年頃なんだろう。
「む、うらやま」
と、そんなことを呟くホムラ。
ハクを後ろから抱きしめると、無表情のレイと困ったようなカイが端っこの方にちょこんと座る。
まだまだ遠慮が残ってるなぁ、と苦笑していると、タイミングよく奴隷商の男が戻ってくる。
「お、お待たせ致しました! ご要望の通り、料理上手なうら若い美女たちを連れて参りました!」
☆☆☆
その奴隷たちを眺めて、ふむと頷く。
右から、人族、獣人族、ドワーフ(?)、エルフ、と言った順番に六人の女性が並んでいる。ドワーフっぽいのは幼女なのかドワーフなのか区別がつかないからとりあえず置いておくとして。
「……これ、本当に料理できる人集めたんですか?」
「え? ……あ、あぁ! も、ももも、もちろんですとも!」
その言葉を聞いて確信した。あ、忘れてやがったなこいつ、と。
おいおいしっかりしてくれ奴隷商。大きなため息をついて額を押さえると、一応彼女らへと直接聞いてみることに。
「ええっと、それじゃあ自己紹介と、どんなこと出来るか。あと料理は上手かどうか教えてくださ」
「エリザベータよ! 古代エルフの末裔にして希少種! 生物という枠を超越したハイエルフをやっているわ! 出来ることはなし! 料理なんてしたことないわ!」
「…………うん」
早速一番手の……というか、なんで一番最初に発言したのか分からないけど、なんかエルフの少女がそんなことを言い出した。
ちらりと奴隷商の方を見ると。
「……と、そんなことを自称する頭の可哀想な娘です」
「嘘じゃないわよこの豚商人! この私、エリザベータと言えばエルフの中でも高名も高名! 知らぬ者はいないを通り越して知る人ぞ知るってレベルなんだからっ!」
そんな言葉を聞いて、再び頷く。
「次の方どうぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今の説明聞いてなんで私を選ばないのよ!」
そんなことをエリザベータさんが言ってくるが、とりあえず無視。
なんというか、うん。本当の事言ってるんならすごいと思うし、嘘言ってるんならそこまで自信満々でいられる精神力をすごいと思うが、とりあえずさ、僕達って料理できる人探して来てるんですわ。
僕が完全に無視の体勢に入ったのを見たか、ぽつりぽつりと、遠慮気味にほかの奴隷達が自己紹介を始める。
だが、しかし。
「えっと、料理は出来ません……すいません」
「料理はやったことがありません」
「料理って、火で焼く以外になにかあるんですか?」
「料理など、料理人に任せておりましたのでやったことありませんわ」
等々……舐めてんじゃねぇのかってレベルの不適合加減。
おいおいおい、と奴隷商を見ると、何だか顔を真っ青にしてる彼の姿がある。どーせ『料理ができるなんてあくまでも建前だろう』とか、そんなこと思ってたんだと思うけど、さすがに深読みし過ぎたなぁ……。
「……はぁ、選び直してもらった方がいいのかコレ」
確かにみんな美人揃いだ。
が、全員が全員箱入り娘。料理の『り』の字も知らないときた。
僕は頭を抱えてそう呟くと。
「あ、あのぉ……、私、料理なら出来るっすよ?」
そんな、遠慮気味の声が耳に届いた。
「……ぅん?」
もう半ば諦めてた手前、予想外で変な声が出る。
顔を上げると、そこには控えめに手を上げる一人の獣人族が立っている。
程よく焼けた褐色の肌に、肩まで伸びた栗色の髪。
不安げに揺れる青い瞳が僕のことを見据えていた。
「えっと、彼女は――」
「は、はいっ! 名前はアレッタ、元々は料理屋の娘でしたが、両親が病死、借金だけが残り奴隷へと身を落とした経歴がありますッ!」
ここぞとばかりに奴隷商がセールストーク。
しかしそんな彼を無視して少女……アレッタの方へと軽く身を乗り出すと、改めて僕らの目的について説明をする。
「僕に買われたと仮定して、仕事内容は単純だ。しばらく僕の元で料理の勉強をして、ひと段落ついたら店を開いて働いてもらう。まぁ、もちろん小さな移動式の奴だが、店を開いてからは全部好きにしてくれて構わない。もちろん僕らに相談するのも自由だし、他の誰かに教えを乞うのも全て自由だ」
僕の言葉に、奴隷達が驚いたように目を見開く。
「そ、それって……」
「ろ、労働条件とかは……」
「ん? あぁ、この子達と同じく三食昼寝付き。やって欲しいのは料理の勉強と店が出てから働くことだけ。もちろん売上は働いただけ渡すし、もちろん奴隷としてそれ以外の仕事を与えることも無い。宿屋も望むなら個室を与えよう」
奴隷たちが一斉に身を乗り出す。
腕の中にいたハクが身を竦めるほどの威圧感。というか僕もちょっと身体が竦んだ。まるで獲物を見つけた肉食獣のような目だ。
「わ、私っ! 勉強熱心なので料理でもなんでもすぐ覚えられます!」
「私もです! 多分料理の才能眠ってると思います!」
「い、一生懸命頑張ります!」
「わ、私沢山レシピあるっすよ! 私の家けっこー繁盛してたんで色んな仕入れルートとか、裏技とか知ってるっすよおぉぉぉ!!」
中でも必死なのは、やはりアレッタ。
両親が死んで、店が潰れて……か。
そこに舞い込んだこんな話。もう一度店を構えられるだなんて彼女からしたら手から喉……じゃなかった。喉から手が出るほどに望ましい状況だろう。
もちろんそれに同情して……とかでは決してない。
が、それを抜きにしても『料理屋の娘』ってだけで既に決まったも同然だった。
僕は奴隷商へと視線を向けると、軽く笑ってこういった。
「奴隷商、アレッタさんをください」
アレッタは、『うっしゃおらぁぁっすぅ!』とよく分からないガッツポーズを突き上げた。
【豆知識】
〇当街の奴隷商。
奴隷商、という言葉からは考えも及ばないほどクリーンな商売をしているお店。クロスロード公爵家も全面的に認めるくらい真っ白。
扱っている奴隷は皆、優秀な者が多いとの評判。
若干一名、ハイエルフを自称する頭の痛い子がいつも売れ残ってる、という噂も流れているが、それ以外はとてもまとも。
アレッタもまた、尋常ならざる料理の才能を持っていることで、かなり高額な値段で売買された。




