032『ニート日和』
「流石はソーマ様ですっ!」
キングゴブリン討伐から数日。
いつもの様に公爵家へと遊びに来た僕は、再会したアイシャからキラッキラとした瞳を向けられていた。
「いやー、それほどでもないよ」
「そんなことありませんっ! だって、私のもとにもソーマ様のご活躍が届いておりますもの!『勇者の末裔にして再来、【黒炎姫】ホムラを影からサポートし、その背中を支える【影の英雄】ソーマ・ヒッキー』と!」
その二つ名を聞いて、浮かべていた笑みが渇く。
なんとなーく彼女の言葉から察してくれただろうが、なんだか面倒くさいことになった。
キングゴブリンを打倒した最低位冒険者、ホムラの名前は瞬く間に町中へと広まった。この調子だと街隣町とか、さらに向こうにまで広まっていたっておかしくない。
まぁ、それはいい。
ホムラが有名になるのは別にいいんだ。
ただ……なんで、なんで僕まで有名になってるんだよォォォォ!?
おかしいだろ!? 僕なんて裏からコソコソやってただけだぞ!? 数発ぶん殴られて気を失いかけて、ホムラがなんかカッコイイ技放ったと同時に気が抜けて気絶した間抜けな奴だぞ!? それがなんで【影の英雄】だなんて二つ名付けられてんだおい!
「かのAランク冒険者、アレックスが語ったそうです!『ホムラさんは確かに凄まじい才能の持ち主です。ただ、僕が感動を覚えたのは、そのホムラさんが道を違えぬよう、隣に立って支えていた彼女の兄、ソーマ・ヒッキーさんに対してです』と!」
お前かアレックスゥゥゥゥゥゥ!!
おいこらお前、なんか目が覚めたら有名になってるなと思えばお前のせいか。お前ふざけんなよぶん殴るぞ。殴ったら逆にこっちの拳が砕けそうだけど。
「『彼女が【近接最強】の才能を秘めているとすれば、彼は【後衛最強】の才能を間違いなく秘めています。確かに、前衛としてやって行くには頼りないですが、常軌を逸した数の魔物を従え、ホムラさんを含め全員を指揮するその姿は正しく【影の英雄】……。現時点でこの戦果、これほどまでに将来が末恐ろしくなった人物は久しぶりです』との事です! 流石はソーマ様です! 感動致しました!」
「ははは……どうも、ありがとうございます」
よし、アレックス、ぶん殴る。
そう心に決めた僕を他所に、アイシャはとても楽しげだ。
同室していたハイザ父様とイザベラ姉様はアイシャの笑顔を見て微笑ましそうに口元を緩ませており、僕は乾いた笑みを浮かべて窓の外を見上げた。
とりあえず、僕に『予定通り』という言葉は無理らしい。
☆☆☆
その後。
騒ぎ疲れて眠ってしまったアイシャ。
魔力病の原因こそ解決したが、それで彼女の体に今まで蓄積されてきたダメージ、傷、疲労が完全になくなるわけじゃない。
まぁ、こうなるのも当然だな……と、眠るアイシャの頭を撫でると、背後からハイザ父様の咳払いが聞こえてくる。
「大丈夫ですよ、さすがに彼女は対象外です」
「ふむ、正面切って娘を対象外と言われるのは腹が立つな、ソーマ殿」
「そうだぞ! アイシャほど可愛く美しい女子がこの世界に存在するものか!」
「はいはいどうどう、とりあえずアイシャが眠ってるんだから静かにね」
イザベラが途端に静まり返り、僕とハイザは二人して笑う。
「にしても……まさかこの短期間でキングゴブリンを討伐とはな。素直に驚かされたよソーマ殿。いや、勇者の末裔、影の英雄ソーマ様、とお呼びした方がいいかな?」
「よしてくださいよ。僕がそういうの望んでないって、これだけ腹割って話してたら察してるでしょう?」
勇者の末裔とか、ほんと切実にやめて欲しい。
といっても? 公衆の面前で『勇者しか使えない』とされていた【魔神剣グラム】を使い、どころか真の姿まで解放し、その上で圧倒的な格上を打倒したのだ。ホムラが勇者の末裔、そして連鎖的に兄である僕も勇者の末裔、となるのは仕方ない面もあるけれど。
「というか、これそんなにすごい剣だったんだな……。普通に物干し竿的なあれで使ってたわ」
「魔神剣グラムを……。お前はなんというか、大物なのか馬鹿なのか、たまにわからない時があるな」
「安心しろ、僕はただの馬鹿だ」
大物? そういうのはホムラとかに使うもんだ。
僕みたいな奴にその二択が迫られたのなら、その時はまず間違いなく後者。ただの馬鹿に当てはまるだろう。
そう考えての言葉にイザベラは呻く。
「そう言えば。もうこれだけ目立ったら色々と諦めますけど、そろそろ王族との謁見について、進展してもいいんじゃないですか?」
ハイザへと問いかけると、彼の眉間にシワが寄る。
もしや今頃になって渋る気か? と嫌な予感をよぎらせるも、どうやらそうでも無いらしい。
「ふむ……そうだな。すくなくとも、アイシャの治療に関しては、影の英雄たる君の功績になるだろう。なにせ、君と【黒炎姫】ではソレをつけていても尚魔力の総量がケタ違いと聞いているからな」
「まぁ……そうでしょうね」
ソレ、とは魔力の総量を隠す指輪のことだ。
全く、なんでったって隠した上で僕の魔力量が未だに人類最強クラスなのか。ちゃんと仕事しろよな、勇者の指輪。
にしても、仕事と聞くと無性に引きこもりたくなってくる。思い出して引きこもろうとする時点で随分ヒキニートから成り上がってしまったもんだがな。哀れなことに。
「アイシャに関してはそれで問題ないですよ。絶望の……なんでしたっけ? アイツらに関しては、どこかしらから『魔物に潰された』とか、そんな情報が出てきたら面倒ですし、ホムラがメインで僕も加担したことにして、キングゴブリンはホムラがほとんど一人で倒した、ってことにしましょう」
「……ふむ。君の気持ちは分かっているつもりだが……本当に、それでいいのかね?」
ハイザが、確認するように問うてくる。
「正直な話、それら全てを君の功績にすることも出来る。今、民衆の間では【黒炎姫】と同様に【影の英雄】の話も広まりつつある。そこに【魔力病の完全治癒】【絶望の園の壊滅】、その二つの偉業をありのまま広めれば、遠くない内に黒炎姫よりも遥かに有名な人物へと成り上がるだろう」
それは重々承知している。
というか、既に魔力病云々については噂が経ってる。
ここ最近、僕が公爵家に出入りしていること。
僕の魔力量が(見た目だけ)賢者と同等クラスだということ。
ハイザやイザベラの様子が妙に明るいということ。
これらから、既に『魔力病の治癒が順調に進んでいるのではないか』という噂が、今日ここに来るまでもチラホラと聞こえてきた。
だから、彼のいう言葉には確かな説得力が感じられる。
だからこそ。
「おいおい、辞めてくれよそういうの面倒くさいこと」
僕は、目を細めて本音を吐露した。
ハイザは目に見えて緊張をあらわにし、イザベラが喉を鳴らす。
こいつらは知っている、僕の【本質】を。
現存しないものさえも召喚し、賢者ですら匙を投げた魔力病をいとも簡単に治癒してしまえるだけの魔力量を持ち、巨大な犯罪ギルドを片手間に殲滅できるだけの兵力を持ち、加えて魔神剣をも保有している。
つまるところ、この二人にとって僕は『雑魚』でもなんでもないのだ。
「最初から言ってるだろう。僕は平穏しか望まない。最終的に【最高】に至るためにここにいる。今を生きている。だいぶ予定からはズレてるが……それでも最終目標は変わらない。僕は変わらない。いつまでも、だ」
だから、余計な真似はするな。
これ以上、僕の道を歪めるな。
「……分かった。すまないなソーマ殿。どうしても最後に確認しておきたかっただけだ。それに、娘の命の恩人の意志を裏切るなど有り得ない。貴殿が我が国の脅威にならない限り、私は貴殿の味方であり続ける」
「それは助かるよ。ありがとう、ハイザ・クロスロード公爵」
はぁ良かった、この人が普通に良い人で。
よく見る感じで『ありもしない言葉の裏を読まれて勝手に勘違いが進んでく』的な展開だったらどうしようかと思ったわ。
「……にしても、これからどうするのだ、ソーマ殿。これだけの武勲に加えて……本当かどうかは分からないが、勇者の末裔としての情報。私が手を出すまでもなく王都への呼び出しは受けるだろう。その際、謁見後に国王陛下と個人的な対談へと持ち込む形なら貴殿の言う『交渉』も問題ないかとは思うが……」
「問題は、そこまでどうやり過ごすか、でしょう?」
僕の言葉にハイザが頷く。
そう、目立ったことは不本意極まりないが、目標までの道のりは大きな歩幅で進展しつつある。王族との謁見、そして目標となっている土地を得るまで時間の問題といったところだろう。
だからこそ、そこまでの間をどうやり過ごすか。
下手に問題でも起こせば全てが台無し。勇者の末裔 (でもなんでもないんだが)として情けない所を見られてもおしまい。加えて個々人の成長も考えなければ『こんなものか』と見切りをつけられおしまいだ。ホムラにしたってまだ個人戦力としてはキングゴブリン未満だしな。
「……まぁ、色々と考えることはあるけれど」
僕はそう言って、窓の外を見上げる。
雲一つない青い空。
涼し気な風が部屋の中へと吹いてくる。
小鳥が鳴き、蝉の声が響く夏の世界。
そんな絶好日を前に、僕がやることなどただ一つ!
「うし、とりあえず引きこもるか」
難しいことは置いとこう!
面倒くさいことは放置しよう!
全部まとめて、引きこもってから考えよう!
そう言わんばかりの僕に、ジトっとした視線が二つ向けられていたが……全く、何を勘違いしてるんだアンタたち。
僕は勇者でもその末裔でも、影の英雄でもなんでもない。
「だって、僕はただのニートだからな」
そう、僕は満面の笑みを浮かべる。
今日も今日とて、絶好のニート日和だ。
第一章・完
次回より第二章【魔王襲来】編突入!
面白ければ、下記より高評価よろしくお願いいたします。
作者がとっても喜びます。




