031『小鬼の王[3]』
「ホムラ、これ持ってけ」
そう言って、腰布の中から取り出(したふうに見せて召喚)したのは、赤い炎のエンブレムだった。
ペタン、とどこにでも貼れるシール型。
彼女の被っていたヘルメットに貼ってやると、それを見上げて彼女は不思議そうに首を傾げる。
「……なに、これ?」
「あぁ、名付けて『強心のエンブレム』。精神的な状態異常を防ぐ、って感じで作ってみた。そして、これも貸す」
腰から『魔剣モドキ』を鞘ごと抜いて、ホムラに手渡す。
最初は、いくら強くとも数で削れば勝機はあると思っていた。けど、あの回復力を見て気が変わった。あのキングゴブリンは、ちまちまやってても永遠に勝てはしない。
「……い、いの?」
魔剣モドキは、なんだかんだ言いつつ僕のお気に入りだ。
弱い僕が、敵を倒せる唯一の武器だ。
それを預けるということは、つまり、僕自身に辛うじて備わっていた攻撃力を捨てるということ。
ホムラは困ったように僕を見上げる。
けど、今更そんなこと気にすんなよ、ホムラ。
「なぁに、僕の一番の矛は、お前だよホムラ。だから、全部任せるし全部預ける。僕の全てをお前に委ねる。だから、お前は胸を張れ」
僕の言葉に、ホムラが大きく目を見開いた。
遠方でキングゴブリンの咆哮が響き渡る
されどもう、ホムラは動じない。
頬を朱に染めた彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせるが、すぐに気を取り直したように前を見据える。
「敗北なんてありはしない。だってホムラは、他の誰より強くなる」
彼女の背中へと手を添えて、僕は笑った。
「さぁ、父さんにホムラの勇姿を見せてくれ」
「ん、任せて、父様」
かくして彼女は、大地を蹴り走り出す。
僕は、信頼を込めて彼女の背中を押し出した。
☆☆☆
駆ける、駆ける。
目で追うのも難しい速度で、ホムラは駆ける。
速く鋭く、されど直線的ではなく縦横無尽に大地を駆け抜け、キングゴブリンの眼球がギョロリと彼女の動きを追っている。
『ガァッ!』
キングゴブリンが拳を放つ。
同時に銀色の光が瞬き鮮血が弾ける。
それは、ホムラの頬から流れた血だった。
拳の一閃は鋭く彼女の頬を切り裂いており、顔を歪めた彼女は大きく距離をとり、心を落ち着かせるように息を吐く。
『ガ、ガガガ……! ソノ程度、カ! ヤハリ貴様二用ハナイ……。ソコノ男、食ラウ! 血ノ一滴二至ルマデ、喰ライ尽クス!』
「……ッ!」
キングゴブリンの視線が僕へと向く。
その瞳にはひたすら食欲だけが映っていたが……次の瞬間、ホムラから溢れ出した【炎】を感じて目を細めた。
『……貴様』
「……お前、今、誰を、どうする……言った?」
ギルマスに対してブチ切れた時とは話が違う。
その身体中からは空気を灼く程の灼熱が迸っており、彼女の握る魔剣モドキから尋常ではない威圧感が溢れ出す。
「お前……父様を、殺すって、言った?」
背筋が凍りつくような恐ろしい声。
されど、その言葉にキングゴブリンは笑みで返した。
『――アァ、殺ス!』
キングゴブリンがそう叫んだ――次の、瞬間。
僕には、何が起きたか分からなかった。
ただ、気がつけばキングゴブリンの片腕が宙に舞っていて、いつの間にか剣を振り抜いた姿のホムラが奴の背後に立っていた。
『……ッ!?』
「ならもう、お前は死ね」
振り返るホムラ。
キングゴブリンは痛みに顔をゆがめながら後方へと下がると、同時に奴の胸へと真一文字の斬撃が浴びせられる。
奴は大きく揺らぎながらも何とか体勢を整えると、改めて目の前で剣を構えるホムラを睨む。
そして、その睨み合いを見つめてるだけの僕。
僕も女神の質問に『働きたくない』なんて言わず『勇者として世界を救いたい』とでも答えてればあんな感じになってたのかね? だとしたら失敗したかも…………とは、不思議と思わない。
僕は、ああやって答えたからこそホムラと会えた。
ハクたち三人を助けられた、公爵家と繋がりを持てた。
ただの『勇者』じゃ、きっと『今』はなかったんだ。
僕は、今の自分を誇りに思う。
「……さて、働きたくなんてないけれど」
僕はニートだ。
言い訳もない、親のスネかじって生きてたんだから。
だから、プライドなんてとうに無い。ずっと昔に捨ててきた。
なら、僕は正々堂々胸を張って、奴の妨害するまでだ。
「さぁ、これ終わったらたくさん寝るぞ! アイアンゴーレム!」
『『『『ゴオォォォォォ!!』』』』
もう、出し惜しみは(あんまり)しない。
召喚した総勢十五体のアイアンゴーレム。周囲の冒険者たちが驚き、心配するようにこちらを見てくるが大丈夫。
キンゴブに殴られた痛みで脂汗ダラダラ。スイミーさんが吸収しきれなかったダメージで目眩もする。今にも気絶してしまいそう。
けど、せめてホムラの足だけは引っ張るまい。
僕なんざどうだっていい。プライドなんてないんだから。
でも、仲間だけは命張ってだって守り通す。
「孤独なニート生活なんざ、僕の望む【最高】には程遠い」
僕は、最高を目指すって決めてんだ。
そこにホムラがいないのはありえない。そんなつまらない生活など最高の二文字には到底届かない。だから、僕は最初から最後まで、徹頭徹尾その目的へと向けて邁進するだけ。
ホムラがこちらを心配そうに見やる。
大丈夫だって言ってんだろ。気にすんな。前だけ見てろ。
「背中は僕が押してやる。だから、お前は胸張って前を見ろ」
同時に弾丸を撃ち放つ。
アイアンゴーレムの群れをすり抜け、偶然にも直撃したその一撃は奴の体勢を僅かに崩す。
『ッ! 貴様――』
「おいおい良いのか? 相手は僕じゃ無いだろう」
僕の言葉に、奴は目を剥く。
僕の弾丸と共に走り出していたホムラ。
奴の眼前まで迫った彼女は大きく剣を振り抜く。同時に鮮血が弾けて奴の横腹が大きく抉れる。間違いなく致命傷だ。
だが。
『グ、ガァァァァァァァァァッ!』
王者の咆哮が、周囲へと暴風を撒き散らす。
そもそも生物ではないゴーレム、耐性を持つ僕、そして強心のエンブレムを所有したホムラ。僕らはなんの影響もうけてはいないが、周囲の冒険者たちが苦しげな声を漏らして倒れてゆく。されど。
「ソーマ! 暴れん坊! 避難はだいたい済んでる! 俺らのことは気にせず全力でやれ!」
キングゴブリンへと続く道に、誰一人倒れる者は居なかった。
王者の咆哮が響いてから次の一発が来るまでのわずかな間。その間に冒険者たちは一斉に避難を開始していた。正確には、前衛で倒れている者達の避難を進めていた。
そして、つい先程全て完了した。
「助かる……これで、やっと物量勝負出来るんだから!」
『『『『ゴオォォォォォォォォ!!!』』』』
僕の声と共に、ゴーレム達がいっせいに進軍する。
その圧倒的な物量にキングゴブリンは大きく顔を引き攣らせ、直後、顔面目がけて振るわれた剣を間一髪で回避する。
『馬鹿ナ……! 何故効カナイ!?』
「父様パワー! 詳しくは不明!」
続けざまに剣を振るうホムラ。
その速度は、明らかに最初と比べて上がっている。
「これは……凄まじいですね、驚きました」
「……個人的には、あの化け物あっさり倒して来たアンタに驚きだよ」
背後から聞こえた声に、呆れて返す。
エレメンタルを通して見ていたが、この男……【滅龍士】アレックスはいとも簡単にあの不死族を倒していたのだ。
そこからゴブリンたちを殲滅しながら僕らの元まで駆けつけてくれたらしいが、そんな彼は今、目を見開いてホムラの戦いを見つめている。
「はぁっ、はぁっ、や、やっと、追いついた……」
「む、速すぎるぞ、アレックス」
彼の後ろからパーティメンバーも到着してくる。
されど彼ら彼女らもまた、無数のゴーレムと共にキングゴブリンを攻め立てるホムラを見て目を見開いている。
「……ゴーレムは、十体まででは?」
「初対面の相手に底を見せるほど馬鹿じゃないんでね」
「……そうですね。こちらにもエレメンタルを送ってくれていたようですし。なにより、あの剣――」
バレてたかコンチクショウ。
そう思うと同時に、彼の見つめているホムラ――の、握る『魔剣モドキ』へと視線を向ける。
そこに在った魔剣モドキは、既に原型を留めていない。
彼女の炎に侵され、溶けるようにして形を変え、姿を変え、禍々しくも神々しい一振りの剣へと姿を変えていた。
「あ、あれは……」
魔法使い、イルミーナが呆然と声を漏らす。
というか、僕も僕で驚いている。
魔剣モドキ。名前も知らずテキトーに召喚した剣だった。
けれど、勇者の力を引き継いだホムラの手にわたり、全力全開の炎を浴びて変質したその姿。その剣を、僕はとある絵本で知っていた。
――勇者の剣、魔神剣グラム。
初代勇者は光属性を使っていた、らしい。
だからその雰囲気、細かい部分こそ異なるが……まず、間違いない。
現に天下のAランクパーティ【撃滅の龍】のパーティメンバーは全員、その剣を見て驚いており、その姿にため息のひとつも漏れそうになる。
そしてそれ以上に、ホムラの姿に感嘆の吐息が漏れる。
「……凄いな、アイツは」
彼女の姿は、もはや目で追えない。
ただ理解出来ているのは、ただ一つ。
徐々に、彼女の速度が増している。
キングゴブリンでさえ対応できない程に。
進化とさえ思える速度で、成長しているということ。
『グ、ゥッ! コノ小娘ガァッ!』
キングゴブリンはそう叫ぶが、既にその姿は満身創痍。
ホムラ単体を相手にすれば、まだ勝機はあるだろう。
キングゴブリンは片腕を失っても、それでもホムラとは30近いレベル差を持っているのだから。だからホムラと一対一で戦えばまず負けることは無い。
が、そこを僕が妨害した。
鋼鉄の盾、アイアンゴーレムを嫌がらせの如くつぎ込んだ。
ホムラを追おうにもアイアンゴーレムが邪魔をする。動こうにも鋼鉄の体が邪魔をする。ダメージはなくとも行動が縛られる。
そして気がつけば、体が炎に焼かれている。
加えて僕の背後には、あのAランクパーティが控えている。
断言しよう。
もう、キングゴブリンに勝ち目はない。
『ガァァァァァァァァァァァ!!!』
奴は、力を振り絞って王者の咆哮を響かせる。
けれど、それはもう通用しない。
はたと、キングゴブリンも気がついたか、目を見開いてホムラのいた場所へと視線を向ける。
が、その時には全ての『ケリ』がついていた。
「これで、終わり」
チャキリと、剣が鞘へと収まった。
ホムラの体を包んでいた炎が消えて、緊張感が霧散する。
背後から響いた声に、キングゴブリンは驚いたように振り返って。
「――【終式・絶閃】」
鮮血と共にその体が両断された。




