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030『小鬼の王[2]』

 目立ちたくない。

 というか、目立つような危機に瀕したくない。

 そう思ってはいても、現実そうそう、上手くは行かない。


 ――いつも月夜に米の飯。


 いつまでも満月眺めながらご飯食べられたら幸せだなぁ。働かなくてもこんな日常が続いていけたら最高だなぁ、と。そんなニートたちの心をうたった一句だ。

 しかしながらこの言葉には『望んでいても手に入らない』という意味合いも含まれていた。


 相手は刻一刻とダメージを回復しつつあるキングゴブリン。

 周囲の冒険者たちは皆倒れ伏し、僕の最高の手札、ホムラも今や地面に倒れて動けずにいる。

 絶体絶命、加えて周囲に冒険者たちがいるため数に任せてキングゴブリンを飲み込むってのも難しい。

 ゴーレムの軍なんて進軍させれば間違いなく冒険者たちを踏み殺すことになる。


「……どうしたもんか」


 剣を構え、苦笑する。

 質で勝てない、量も使えない。

 となると本格的にピンチだ。

 やろうと思えば逃げられなくはないだろうが、それでも僕一人が逃げられても他のみんなが逃げられないのでは意味が無い。人質取られてるようなもんだしな。


「ったく、考えれば考えるほど、こんな初期に相対していい相手じゃないだろ、お前」


 そしてAランクさん方、もうちょい早く援軍お願いします。

 なんかとんでもないアンデッドとバトル繰り広げてるのは分かりますけど、お願いします。さっさとそっち終わらしてこっちの援護お願いします。じゃないと、もういい加減――。


『イイカゲン、オマエ、喰ラウ。モウ、戦ウノハ、飽キタ』


 ほら、我慢できなくなっちゃってるでしょ。

 キングゴブリンの声が響き、次の瞬間奴は僕目がけて走り出す。

 まだ拳の痛みが残っているのか、先ほどと比べればまだ目で捉えられる程度のものだったが……うん速い! ぎりぎり目では追えるけど反応できないな、クソったれぃ!


「くっ……スイミーさん抜きでの防御展開――【超水粘鎧(スライムアーマー)】!」


 召喚術式はこの状態でも扱える。

 スイミーさんという最後の防御壁が行動不能ってのはかなりキツイが、今はないものを気にしていられる時間はない。

 無数のスライム達を召喚。薄く伸ばして身体中へと何層にもなるスライムたちの全身鎧を展開する。

 先程の簡易的な防御とは打って変わって、しっかりと衝撃を吸収、逃がすように考え、準備してあった僕の奥の手!


 両腕を防御するように顔面へと回し――次の瞬間、僕の身体中へと強烈な衝撃が走り抜ける。

 今の一瞬で身体中へと展開していたスライムのうち三十匹近くが死滅する。強く歯を噛み締めながらも、僕は失ったスライムたちの『代わり』をすぐさま補給して全身鎧を維持し続ける。


 ……今のでも分かるだろうが、言ってみればこの奥の手は『スライムたちの命と引き換えに身を守る』という邪道中の邪道。

 本当に奥の手として使いたかったが、この場面は奥の手を切るべき窮地だと判断する。


「スライムたち、ごめん!」


 大きく吹き飛ばされた僕は地面を転がって再度魔力を汲み上げると、右手に大きな盾を召喚する。

 大衆の面前で召喚術も使ってしまったが……仕方ない割り切ろう! どうせホムラだって使ってるんだ。言い訳は後で考えるとして、今は生きることだけ考える!


『ガガ、面妖ナリ』


 キングゴブリンの拳が盾越しに襲いかかる。

 衝撃を受け止められずに大きく吹き飛ばされるが、先ほどと比べてダメージ量はずっと少ない。すぐさま追随してきたキングゴブリンに頬を引き攣らせると、再度盾を前に構えて防御を固める。


『ガ、通用センワ!』


 直後、キングゴブリンの蹴りが僕の盾を蹴り上げる。

 ものすごい衝撃が右手にかかり、思わず盾から手を離してしまう。

 そのせいで大盾が遠くへと吹き飛んでしまい、その光景にキングゴブリンは笑って拳を振りかぶる。だが――。


「召喚、戻ってこい!」


 次の瞬間、手元まで召喚して手繰り寄せた大盾に、奴の拳が直撃する。


『グ、ガァ……ッ!?』


 アイアンゴーレム戦で痛めた右の拳。

 多分利き腕だから咄嗟に使ったんだろうが……残念だったな、キングゴブリン。僕の装備は基本的に所持数『∞』なんだ。壊そうが吹き飛ばそうが、僕から防御を削り取るってのは中々に面倒だぞ。


『キ、サマ……ッ!』


 再び鮮血の吹き上がった右拳。

 まだ回復が間に合ってなかったみたいだが、多分今与えられた痛みだって直ぐに回復するだろう。そうなれば再び暴力が雨アラレと降り注いでくるはず。

 僕は防御を固め、憤怒に顔を赤くしたキングゴブリンは大きくもう片方の拳を振り上げる。


 ――そして、その背後から炎が揺らめいた。


『――ッ!?』


 もはや直感。

 本能に従ってその場にしゃがんだキングゴブリン。

 直後、数瞬前まで奴の頭のあった場所を紅蓮の刀身が通り過ぎてゆき、奴は硬直から回復した彼女――ホムラを見て舌打ちを漏らす。


「ソーマ、遅くなった」


 彼女は僕のすぐ隣へと降り立つと、同時に身を起こしたキングゴブリンの背中へと無数の矢が突き刺さる。

 見れば他冒険者たちも次々と硬直から立ち直っており、その光景に奴の喉から不機嫌そうなうめき声が漏れる。


 硬直時間としては……約数秒ってところか。

 スキル『王者の咆哮』。

 ノータイムで使える発動速度と、周囲一帯を巻き込むことが出来る効果範囲。それらクソみたいな反則能力の裏返しとして、その『効果』自体はさほど強くないらしい。

 ホムラで五秒、他冒険者で十秒前後。

 ……まぁ、戦場では致命的な秒数ではあるか。

 比較的低レベルの人達はまだ硬直から回復できてないが、この感じだと僕なら至近距離から受けたところで一秒も硬直時間はないだろう。なにせこれでも勇者ニートですし。


「ま、僕の場合は一秒も動けなかったら死にそうだけど……!」


 盾を構えたまま大きく後退り、同時にアイアンゴーレム七体、エレメンタル三体、計十体を召喚、キングゴブリンへとけしかける。


「アイアンとエレメンタルで足止めと妨害! ホムラ、冒険者たちと協力して殺れ! 僕の守りは気にするな!」

「ん、わかった!」


 ホムラが凄い勢いで走り出す。

 復活したスイミーさんを含めて超水粘鎧(スライムアーマー)を強化すると、僕の周囲へと数名の冒険者たちが寄ってくる。


「おいソーマ! お前魔力大丈夫なのか!? 後先考えずにやられて後でガス欠になられても困るぞオイ!」

「……奥の手ですけど、秘蔵の魔力結晶(マナタイト)使って超過使役してるんですよ」


 魔力結晶(マナタイト)

 魔力の詰まった超希少鉱石。

 品質によっては魔法使い一人分よりさらに大きな魔力量を保有しているらしく、僕の言葉を聞いた冒険者たちは『マジかよ』って顔で驚いていた。


「ま、マナタイト……、と、とりあえず分かった! 何分持つかはその都度教えてくれ、俺らは急いであのデカブツを片して来らァ!」

「ええ、こっちからも援護はしますので……ッ!」


 キングゴブリンの頭への魔法が直撃する。

 大きな炎が吹き上がり、キングゴブリンの体勢が崩れる。

 炎自体のダメージは少ないみたいだが、炎で視界が潰れた隙にホムラがキングゴブリンの足の腱を切り捨てたらしい。


『グ、ヌァ……』


 足の腱を切られたことで、キングゴブリンが膝をつく。

 その光景にホムラを初めとして周囲の冒険者たちが一気に攻め入り、その体へと無数の刃を叩き込む。

 吹きあがる鮮血に、悲痛な呻き。

 両腕で急所こそ避けたようだがキングゴブリンの体中には無数の剣が突き刺さっており、その姿を見たホムラがもう片方の短剣を奴の首へと振り上げる。


 ――取った。


 傍目に、そう思った。

 されど次の瞬間、感じたのは先程と同じ悪寒だった。


『【グ、オアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!】』


 響き渡る『王者の咆哮』。

 咆哮と共に腕を振り回して暴れ狂うキングゴブリン。

 その両腕に奴へと集っていた無数の冒険者たちが弾き飛ばされてゆき、硬直の状態で食らった一撃に冒険者たちのほとんどが意識を失い、力なく地面に倒れ伏す。


「ホムラ……ッ!」


 先ほどの咆哮よりも、威力で見ればずっと低い。

 距離もあって咆哮による支障を受けなかった僕は、偶然にも僕の方へと吹き飛ばされてきたホムラを受け止め、声をかける。


「ぐ……、ソー、マ。あれ、思ってたより、強い」

「……だろうな。なんせ魔物の王様だ」


 レベル差は三十近い。

 全ての能力値において劣り、彼女の力が『炎撃』に対して、奴はノータイムで敵全体に『硬直状態』を与えてくる。加えて経験も豊富で……、レベル、能力、技量、経験、スキルいずれにおいてもキングゴブリンはホムラの上を行っている。

 ――けれど。


「……それでも、潜在能力(ポテンシャル)なら負けてないだろ?」


 そう笑い、彼女の肩をがっしり掴む。


 地球のファンタジー文化には、お約束ってのがある。

 曰く、成長速度の早い主人公は、()()()()()()()()

 正確には、進化としか思えない速度で急成長を遂げる。


 ……まぁ、ぶっちゃけたところ、僕は無理だ。

 成長速度はあっても潜在能力が皆無だし、いくら急成長を見せたところで底が見えているんならすぐに限界カンスト。成長が止まって即、死に至る。

 が、彼女は違う。

 正真正銘、僕の血を継いだ『勇者』の後継者。

 僕の成長速度を引き継ぎ、僕の持たざる潜在能力を保有している。

 そんな彼女ならば、あるいは――と僕は思うのだ。


 僕の言葉を受けた彼女は、自信満々に頷いてみせる。



「ん。ぜんぜん、負ける気はない」



 我が娘ながら、根拠の欠けらも無い自信だった。

というわけで、投稿開始より一ヶ月。

第一章完結間際ですが、事前にお知らせしていた通り、次回より週に一度の投稿になります。


次回更新は、来週の日曜日、いつもの時間です。


ぜひお楽しみに。

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