003『冒険者ギルドへ!』
その後。
先の一戦を除いてウサギとのエンカウントもなく、僕らはなんとか遠くに見えていた街へとたどり着くことが出来た。
「次の者! ……っと、テイマーか? しかも黒髪に、従魔がスライムとは……珍しいこともあったものだ。身分証明書の提示、なければ銅貨三枚だ」
「あ、はい」
ここに来るまで、それとなく異世界っぽい服を召喚術式で生み出し、着替えておいた。特に怪しまれることも無く門番のおじさんに返事をすると、同様に召喚しておいた腰袋の中へと手を突っ込む。
そして召喚――来い『銅貨三枚』!
チャリンと手の中に三枚の硬貨が現れ、僕は何気ない顔でそれを門番の人へと手渡した。いやぁ召喚術式チートっすね。早速役に立ちました。
「ふむ、一応聞くが、今までに犯罪歴はあるか?」
「ないですね」
「……なるほど、了承した。身分証明書がないなら、冒険者ギルドなどでギルドカードなど発行してもらうように。……まぁ、テイマーでは冒険者家業は難しいかもしれんがな」
そう言うと、門番の人はあっさりと街の中へと入れてくれた。
城壁に囲まれた、それなりに大きな街。
周囲を見渡せば、石造りや木造の家が立ち並んでおり、周囲を闊歩する人々は……これはすごい。エルフとかドワーフとか、なかには獣人らしき人もいる。正しくファンタジーってやつだな。
「にしても、目立つな」
ニート目指してる僕からすればちょっと避けたいところだが、さすがにスライム連れてると目立つみたいだ。しかも門番の人の口振りからすると黒髪ってのも珍しいみたいだし。
少し歩いて邪魔にならない場所まで移動した僕は、壁に背中を預けて少し考える。
とりあえず……まずは安定した収入が欲しい。
しかし、僕にはその収入を解決できる力がある。
そう、召喚術式だ。
先程の守衛さん相手に行ったように、僕の召喚術式は無機物……たとえお金だったとしても平然と召喚できるのだ。
街に来るまでの間に試してみたところ、僕の召喚術式は大まかに二種類……どこからか呼び出す『召喚』と、無から有を生み出す『召喚』があるみたいだし。具現化する方の召喚なら誰にも迷惑が掛からないから大丈夫……。
ーーと、万事解決とならないのがこの世界。
さすがに無職の引きこもりがどこからともなく出自不明のお金出してたら怪しまれるどころの話じゃない。
そうなれば逮捕からの事情聴取からの『勇者様!?』だ。ニート生活なんて夢のまた夢と散る。
世界って残酷よね。
すぐ目の前にニート生活があるって言うのに、楽な方へ楽な方へと逃げてしまえば捕まってしまう。
おかしいよ、僕を働かせる気としか思えない。
せっかく転移させられるなら、職という文化そのものがない世界が良かったよ。
そう血涙を流しながら、僕は決意する。
誠に遺憾だが、職を探そう、とな。
ほんと、ニートがなにやってんのって話だし、そもそも職に就くって考えただけで鳥肌が立つが……まぁ、後々の基盤作りだと考えれば我慢出来る。これを乗り越えればニート生活が待っている。そう考えれば頑張れる。
「本来なら商業系……につきたいところだけど」
『……!』
肩のスイミーさんが否定の雰囲気を込めて体をふるわせる。
まぁ、それに関しては僕も同感だ。
ぽっと出のぽっと出野郎が『あ、物凄い遠くの地でしか作られていない、王族とか貴族しか口にしないような塩ありますけど要ります? あ、ちなみに王族とかが使ってる塩よりも多分白いですよ』とか言ってたら即怪しまれる。下手すれば僕を召喚した側にまで情報が伝わって『黒髪! もしや勇者様!』も有り得る。……うん、お金召喚の二の舞ですね。
ということで。
先ずはベーシックに冒険者ギルドに登録しようと思う。
僕みたいな雑魚が登録できるのかと思うが、そこら辺はテイマーとして総合力的な判断を下してくれることを願おう。まぁ、ぶっちゃけテイマーでもなんでもないんだが、似たようなもんだろう。
でもって、しばらくは情報収集と地位、名声を高めることに専念する。
そも、女神様から貰ったこのスキルがこの世界でどれくらいの『ヤバさ』に有るのかも定かじゃない。だから、まずは今の僕がこの世界において普通なのか、それとも異常なのかを確認する。
同時に『あぁ、アイツなら塩売っててもおかしくねぇだろ』とか思われる程度には地位を上げ、名前を売ってておきたい。そこまで来ればあとは商会立ち上げて部下に全部仕事放り投げてニートである。
……正直、あまり目立つことはしたくないが、それでもニート生活と比べれば、僕の心情など些事に落ちる。
そう、全てはニートのために。
「うし、ニートが見えてきた!」
目標までの距離はしっかり測れた。
なら、あとは我慢して仕事するだけ。
「それじゃ、早速ギルドの場所聞いて回るか」
『……!』
スイミーさんの同意も得られたことで、早速僕はギルドを探して歩き出す。
――の、だったが。
☆☆☆
「ここは……何処だ?」
それから十分後。
気がつけば、なんか薄暗い路地にいた。
……え? あれっ、……えっ?
いや、どした? なんでこんな所に迷い込んでる?
背後を振り返ると、もはやどこをどう辿ってきたかも分からない、薄暗ーい道が続いている。
……もしかして、迷った?
表通りの出店で『すいません、ギルドってどこにあるか教えて貰えますか? あと串肉二本ください』と聞いたところ、『従魔……? なるほど珍しい。どこから合言葉を仕入れたかは知らんが、まぁ及第点だ。この先の通路を行きな。その先に俺らのギルドが建っている』みたいな話を――って。
よく聞いたらものっすごく胡散臭いなあのオッサン。もしかしてギルドはギルドでも犯罪ギルドの組合員だったんじゃないだろうか。
「いや、十中八九そっちだろ……」
むしろ何故気が付かなかった僕。
あんなあからさまな『おかしさ』に気が付かないほどニート生活が待ち遠しかったのか、あるいはそこまで仕事するのが嫌だったのか。……うん、たぶん両方だな。くそっ、これも全部仕事って言葉が悪い!
断じて、焼き鳥が美味しかったからスルーしていた僕のせいじゃない! 僕はなんにも悪くない! 何もかも労働を強制しようとするこの世界が悪いのだ!
……と、一通り心の中で叫び飛ばして。
「……帰るか、スイミーさん」
『……!』
結局、僕は来た道をそのまま辿ってみることにした。
道は分からないが……まぁ、何とかなるだろ。
不幸中の幸い、食料なら怪しいおっさんから買ってきた串肉がある。それでも足りなくなったら召喚術式で作り出せばいいだけの事。
それでも長時間さ迷うようなら……スライム大量召喚して虱潰しに出口を探していくか?
……ただ、街中で召喚だなんて『よろしくはない』だろうし、いずれにしたってこれは最終手段だな。
そう考えながら、背後の通路へと向き直り――。
「おっ……」
振り返った先で、見知らぬ少女と目が合った。
距離でいえば十メートルくらいだろうか。
ボロボロの服に身を包み、髪から肌から灰色に汚れた小さな少女。
彼女は限界まで目を見開いて僕を見つめており……その足からは真っ赤な血が滴っていた。
「お、おい、大丈夫か……!?」
流れる血は、かなりの量だ。
咄嗟に彼女の方へと駆け寄ると、彼女は足を引きずり、倒れ込むようにして僕の方へと体を預ける。
ふと、感じたのは『軽さ』だった。
中学生、下手すれば小学生くらいだろうか。どっちにしてもあまりにも彼女は軽すぎた。抱きとめた彼女の体は骨ばっていて、異世界の残酷さをありありと目の前に突きつけられた気分だった。
「……っ、なんか来い! ポーション的なやつ!」
右手を構えてそう叫ぶと、光と共にポーションらしき液体の入った瓶が現れる。すぐさま開封して足の傷口へと振りかけると、すぐさま傷跡が蒸気を上げて癒えてゆく。
……斬撃痕。
癒えていく傷跡を見て顔をしかめる。
誰か、あるいは何かに斬られて逃げてきた……?
顔をあげれば、彼女の歩いてきた先へと血痕が地面に残っている。……とくれば、ここに留まるのは危ないか。
かと言って、いくら軽いとはいえ、ニートが少女ひとりを抱えて逃げ切れるか……と聞かれれば断じて否。
少女を見捨てて一人で逃げるのならばまだしもーー。
「いや、それはないな」
過ぎった思考を、すぐに追い出す。
馬鹿を言え。
僕は完全無欠なニートだぞ?
一切のストレスなく。
なんの心残りもなく。
最高の気分で引きこもるために生きている。
そんな僕が、目の前の少女を見捨てる?
んなことしたら、引きこもり生活してる間に『そういえば、見捨てたあの子は無事だろうか……』と心配になって夜も眠れなくなるでしょうが!
嫌よ、睡眠薬飲まないと寝られないニート生活なんて! そんなもんは完璧とは程遠いじゃないの!
そもそも僕は、その程度に収まるために、わざわざニートになった訳では無い!
単に働きたくないからニートになったのだ!
重い過去?
そんなものは無い!
『……!』
めちゃくちゃだよぉ、と肩からスイミーさん。
何を言う、僕は至極真っ当だよ。
全ては完璧な引きこもり生活のために。
僕は手が届くなら、どんな後悔も許さない。
「大丈夫、傷は治った。分かるか? 痛いところは……」
「ぁ……、な、ぁ……、……を」
彼女の口から零れたのは、掠れた声だ。
彼女がなにか必死に伝えようとしているのを感じで耳を澄ませる。
「大丈夫、ちゃんと聞いてる。ゆっくり話せ」
口元に耳を近づけると、つんと嫌な匂いが鼻を突く。
けど、こんな小さな子供を前に顔を顰めるほど、僕も人間終わっちゃいない。
彼女の体をゆっくりと横にすると、彼女は必死に、掠れた声で絞り出すようにして、僕に願った。
「み、んな……を。たす、け……、て……!」
その言葉と共に、通路の奥から大勢の足音が聞こえ始める。
……嫌な予感が的中したかな。
顔を上げた先には明らかに荒くれ者って感じの男達が集まっており、彼らは皆、顔を怒りから真っ赤に染めて少女を睨みつけている。
「手間取らせやがって……ぶっ殺してやる!」
リーダーのような男が叫び、男達が次々と武器を抜き、構えてゆく。
はっはー、野ウサギにも勝てない僕にどうしろと。
思わず笑ってしまいそうになったが、いずれにしたって少女を見捨てる選択肢は無い。
……あぁ、もう。
我ながら面倒くさい性格してんな、僕!
ただのニートが、なんでったってこんな面倒くさそうなことに巻き込まれなくちゃいけないのか。
ガシガシと頭をかいた僕は、不安そうな彼女を前に、苦笑いを絞り出す。
「……なんとかする。あとは任せろ」
さぁて、雑魚VS荒くれ者。
結果の見え切った勝負に挑むとしようか。
ぶっちぎりの世界最弱。
されどその男、世界最凶につき。
次回、犯罪ギルドをぶっ潰せ。
規格外の召喚術士、本領発揮!